陰る月

次の満月が来た。

いつもより、足が重く感じられる。

進まない足を岬まで必死に進ませる。

今日の満月は、雲に隠れていた。

いつもの輝きを、失っていた。


――君が、こない。

そうかもしれないと予測はしていた。

こんなショック、受けたこともないだろうから。

月は、オーディションに落ちた。

受かったのは、このオーディションを受け続けて数十年というようなベテランだった。

月は、まだ高校一年生だ。

この先、まだまだ長い道のりがある。

だから、くじけないでほしい。

そんなことを思いながら、岬を後にした。


この一か月、オーディションについてひたすら調べた。

地元の小さい企業、それからこの間のような大きいところまで、全部。

応募要項、オーディション期間、昨年度までの参加人数。

全て調べた。

君のためになれるように考えた。

だから、次の満月にいわれた言葉に愕然とした。


「私、もう歌手になるのやめる。」

「……え?」


君の、夢は?

今までの頑張りは?

この関係は?


「こんな無謀な道を突き進んでまで歌手になりたいわけじゃない。あこがれていただけ。諦める方が、黒馬くろまにも迷惑かけないで済む。だから、やめる。」


聞き間違いでも、なんでもなかった。

この瞬間に月は、音楽の道を閉ざすことを決断した。


「……月の、気持ちは?」


本人も音楽をやめたいと思っているのならそれでいい。

きっぱり諦められたのなら、それでいい。

でも、そんなわけないだろう?

君はあんなに楽しそうに歌っていたじゃないか。

なんで、やめるんだ?

長い間をおいて、月が口を開く。


「……やめたくないに、決まってるじゃんっ!」


出会ってから初めて、月が声を荒げた。


「初めて自分で選んだ道。諦めたくない。ずっとずっと願ってた! 夢が叶うことを! だって、私は音楽これでしか認められない! 音楽がなくなった私を認めてくれる人なんていない!」


切実な叫びだった。

月の思いが痛いほどにひしひしと伝わってくる。

月の瞳に浮かぶ涙は次々と地に吸い込まれていく。

全てを言い終えた後、月は地面にへたり込んだ。


「でも、諦めなくちゃいけない。チャンスは一回だけって言われてた。」


月は親にオーディションに出る許可をもらったと言っていたが、それは一回限りのことだったらしい。


「ねぇ。黒馬くろまは、私が何もできなくても、私の存在を認めてくれる?」


そんな問いを君は僕にかける。


「もちろんだ。」


初めて出会った時は君の歌に惹かれた。

けれど、仲を深めた今は君の全てに魅力を感じる。

君の屈託のない笑みが好きだ。

気遣いできる優しい心が好きだ。

君の全部が、好きだ。

知らぬ間に僕は君に恋をしていた。


「そっか。」


君は大きく目を見開いて、それからへにゃりとかわいらしい笑みを浮かべた。


「でも、歌ってる君の笑顔が一番輝いてるよ。だから、諦めないでほしい。」


そうつけたせば、君は一瞬泣きそうな顔になってから、また笑った。


「うん、一回話し合ってみるね。」


君は今日で一番の笑顔を浮かべた。

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満月の夜、響く歌 うた🪄︎︎◝✩ @umiuta

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