満月の夜、響く歌

輝く月

あの岬で、あの満月の下で、君と笑い合いたい。

もう一度、君の歌声を聴きたい。

わかっているよ。そんなことを言ったって、無駄だって。

もう、君はこの世にいないのだから――。


あの日も、満月の日だった。

あの日、月待つきまち黒馬くろま――そう、僕は死のうとしていた。

いくらたっても周りから認められない自分の存在。流されてしまう自分の意見。

自分だけを取り残して進む周りにうんざりして、学校に行くのをやめた。

周囲とかかわることをやめた。

だからと言ってやりたいことも特になく、色あせた日々を過ごす毎日。

あぁ、なんて退屈なのだろう。

だから、この道を選んだ。

夜の岬、そんな場所に人は来ないだろう。

僕は、独りで死ぬことができる。

邪魔されず、邪魔することなく。

岬の先にあるのは、断崖絶壁。

落ちたら二度と戻ってこられないだろう。

後ろから吹く陸風が、僕をせかしているかのようだ。

別に、急ぐこともないだろう?

あと少し、その時間は僕が今まで生きてきた人生に比べたらなんてことないものなのだから。

いつもは絶対に近づくことのない崖っぷちに座る。

もしここから落ちたって、僕の人生が終わるだけ。

もう少し生きているはずだった時間が消えてなくなるだけ。

別に、どうってこともない。

もういいのだ。

目を閉じた、その時だった。


「――ジャーン……。」


どこからか始まるメロディー。

なぜか頭の中に暖かく響き渡る。

後ろをそっと振り返ると、少し遠くに一人の少女がいた。

月夜に照らされる黒髪は光り輝き、音が奏でられているギターは彼女が持つことによって何倍も美しく見えた。

整った桃色の唇が少しだけ開かれる。


「ラ~ララ~~……。」


暖かいメロディーと共に響く、高く澄んだ美しい歌声。

月光というスポットライトはこの世界中でただ一人、君だけを祝福しているように見えた。

――羨ましい。

ふと思ってしまった自分の感情を否定する。

そんな感情、もう感じることはやめたんだ。

感情のままに動いたら、厭われる。

もうあんな思いは二度と、しない。


曲が終わる。

音楽になんて全く親しみのない僕にでもわかる。

この歌は、特別だ。

君は、特別だ。

メロディーの余韻を楽しむように閉じられていた瞼がそっと開く。

その瞳は、満月よりも煌めいていて、妖しい魅力があった。

その瞳が夜空を見渡すように周りを駆け巡る。

あ、見つかってしまう――。そう思ったときはもう遅かった。

僕を見つけた君の瞳は、見る見るうちに大きくなっていった。

この瞳に移るのは、驚愕? それとも……怒り?

この歌をもっと聞いていたかったのに、な。

閉ざさないといけないと思っていた感情が胸の中を駆け巡る。

君はどんどんこちらへと近づいてくる。

もう、無理だ。

こんなところで歌ってたってことは、人に見られたくなかったってことだろう。

怒られる? 殴られる? ……最悪の場合、殺される?

ここは岬。

夜だから、突き落とすだけ突き落とせば証拠なしに僕を殺すことができる。

もともと死のうと思ってたし、な。

目を閉じる。

もともと暗かった世界から光がなくなる。

後ろの波音が恐怖を駆り立てる。

前からする足音が怖い。

僕は、殺されるのかな?

そう思っていた思考は数秒後に劇的なる変化を遂げた。

こんな言葉、かけられると思ってなかったよ。


「ねぇ、私の歌どうだった?」

「えっ……?」


僕に聞かれるのが嫌だったのではないのか?

衝動的に口から声が漏れて、目を開ける。


「やっとこっち向いてくれたね。」


よくできました、とでもいうように彼女は笑う。

屈託のない笑みは先ほどの君よりも、ずっと輝いていた。

君の名前は日輝ひてるつきといった。

僕と同じ、高校一年生だと言う。

夢は歌手だけど、親に反対されて困ってるんだ、ってさっきの君とかけ離れた困ったような笑みをうかべていたっけ。

彼女の夢を、僕は応援すると誓った。


「次の、満月の日ね。」

「うん、絶対。」


あの岬での約束を、僕は忘れない。

――そう、一生。

絶対に。

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