第七話:邪竜

 その龍は、邪竜と呼ぶに相応しい、禍々しい気配と見た目を兼ね揃えている。寝ているのだろうか、こちらには一切の関心を示さないが、上の世界から降りてきた俺という異物に、いつ排除という判断を下すかは判ったものではない。


 本能的にまともにやりあっても勝てないと悟った俺は、今いる鍾乳石の側面を掘り、穴を作ってとりあえずの安全地帯を作った。ここならよほど騒がない限りはバレないだろう。


 ここで、俺はあの巨大邪竜を殺す案を練り上げた。と言っても、方法自体はこの空間に辿り着いたその瞬間に、直感的に閃いている。


 よし、これなら確実だ。

 安全地帯の穴の中から、天井に向かって穴を掘る。やがて、穴を途中で90度曲がるようにして掘り進め、出口が地面と平行になるようにした。

 その出口というのが、先ほど落ちてきた滝の穴の内部。つまり、滝の中に接続した形である。


 なぜこのようなことをするのかといえば、滝の水に俺の分泌液を混ぜるためである。


 今はここひとつだけが稼働体制であるという状態だが…天井からは幾つもの滝が流れ落ちている。将来的に分泌液を流し込む場所を増やしていくのもありかもしれないな。

 そんな夢を膨らませつつ、滝の水を経由して、地底の海に分泌液を流していった。
























 邪竜は数万年の間、地底の更に底の底、最果ての海で生き、まさに地底世界の王として君臨し続けていた。


 だから、はじめ矮小な微生物が周囲に液体を垂れ流していたとしても、何も気にしなかった。


〈いずれ、自然に淘汰される。微生物は微生物同士で争う。まことに弱い生き物というのは罪深い。〉


 そのようなことを考えつつ、微睡んだ。


 だから次に意識が覚醒した時、地底の海全体からその微生物の気配がしたのは、寝耳に水のことであった。


 しかし、焦りはなかった。この地底の海は自身の縄張り。どこに核を隠そうとすぐに見つけて見せる。そのように楽観視していたのだ。


 しかし、海の中のどこにも、微生物の核はなかった。気配が感じ取れないのだ。


〈だが…核が分からなかったとしても、分泌液を流し込んでいる場所さえ特定できれば、そこに核があることは明白。〉

 邪竜の思考は正しかったが、ここでは邪竜の巨大さが災いしていた。


 そもそも邪竜ほどの巨体を持つモンスターにとって、微生物の分泌液から感じられる気配というものは、あまりにも微細なものだ。

 それは、人間がダニの気配を感じ取れないのと同じことである。


 話を戻そう。分泌液を流し込む場所がなぜ特定出来ないか。

 海に溜まった分泌液の量は尋常ではないので流石に普通の水との違いは感じ取れるが、どこぞの岩壁などに潜んでちょろちょろと分泌液を流し込んでいるというような場合だと、まともに索敵することはむずかしい。


〈己が強すぎること、そして敵があまりにも弱い生き物であるが故に、自分が手を焼いているとは、なんと皮肉なことか。〉


 滅んだ遺跡の祭壇の上で、邪竜は吠えた。開かれた翼はもう錆びついて飛べやしない。吠えて、吠えて、吠えて。徐々に足元から水位を上げつつある海の中へ、スライムの中へと沈んでいった。

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