戦慄!習字教室を襲う無限ツタ地獄!

サカムケJB

本編一話のみ

字には、人の性質が現れる。

頑固な人は、角ばった力強い歪な文字。

自信が持てない人は、俗にいうミミズ文字。


小学五年生になった勇樹は、汚すぎてそもそも解読すら困難なため

親からは「象形文字」と言われていた。

では勇樹はよくわからない人物ってこと?古臭いやつってこと?

それとも貫禄が漂う?


ただのわんぱくな少年だ。わんぱくという言葉が服を着て歩いている。そんな感じだ。給食は必ずおかわりするし、冬はもちろん短パンだ。高速でんぐり返しが得意だとか。ウラガンキンかな。


そんな勇樹の将来を案じ、親は彼を習字教室に通わせることにした。それが将来のために勇樹の文字を整えようとしたのか、はたまた人格を矯正しようとしたのか。それはご両親のみぞ知る。


ちょうど最近ご近所に習字教室ができたらしい。大通りからは少し離れたところにある小さめの習字教室。その立地により子供を一人で通わせる不安に思う親御さんも少なからずいたが、その教室の代表、もとい講師を晴れやかな笑顔を前にすると、みな安心して入会させるのだ。勇樹の親も例外ではなかった。


初受講日当日、

「こんにちは!勇樹くんがちょうど10人目の生徒さんだよ!ありがとう!」

そう微笑みかけるのはこの教室の代表であり、皆から斎藤先生と呼ばれている30代の男性だ。教室内は想像通りの狭さで、あらかじめ生徒10人がこの場の上限であると想定されていたのではないかと思わされるほど、10人でちょうどいい広さだった。生徒は二列で一列五人の構成で横ならびに正座しており、その正面に生徒たちと向き合う形で先生の長机が設置されている。

テキストに載っている手本を見ながら一つの文章を繰り返し書き、事前に決められた回数その文章を書いたら、先生の所に持って行ってアドバイスを受ける。そういったシステムだった。


人生がわんぱくという名で構成されている勇樹。正座を強制されるうえに同じ文章を何回も書かされるなんていう苦行に耐えられるはずもなく、彼の頭の中はイラつきの感情で満ちていた。

「来週は絶対ここには来ないぞ...」

そう心で何度も念仏のように唱え、今はただひたすらこの苦痛の時間に耐え続けていた。


イライラすると、なんだかトイレに行きたくなる。まだ若いのにイライラのせいでトイレが近くなった勇樹は、尿意に従うようにスクッと立ち上がりトイレを目指した。


脳内念仏に集中していたせいで、先生が席を立って教室の外かどこかにいなくなっていたことにはまったく気が付かなかった勇樹は、気分転換にと思い先生の長机の机上を見てみた。普段はよく見ていなかったが、こうしてみるといろいろなものが置いてある。思ったよりごちゃついている。


そんなごちゃつきの中で、唐突に勇樹の視線を独り占めしたものがあった。


一枚の小さなメモ書きだ。

赤い文字で「10/10」と書かれている。

十月十日のことなのか、シンプルに10分の10を表すものなのか。

勇樹のイラつきで満たされた脳内に、疑念が介入してくる。


それとほぼ同時だっただろうか。窓の外が真っ暗になったのは。

陽が急に沈んだのではない。何本もの植物のツルによって、窓が瞬時に覆われたのだ。教室内の小学生たちが騒ぎ出す。未知の恐怖に唐突に飲み込まれたのだ。無理はない。

これで終わりなら、人気芸人が『どっきり大成功!』の札を持って子供たちの前に現れても幾分か自然なことだったのだが、そうではなかった。

ツルはどんどんと教室内にその魔の手を伸ばしていき、ついには子供たちに巻き付いた。悲鳴がこだまする。金切り声の連鎖だ。それだけではなく、なんとツルの先にはヒルのような口がついており、それがパカリと口を開け捕まった子供たちに吸い付いた。子供たちの栄養が吸われているのだろうか、すでに数名は叫ぶ元気を失い、若々しくみずみずしかったはずのその肌も少しずつ枯れてきていた。


日頃のわんぱく生活のおかげでギリギリツタから逃れていた勇樹は、皆を救うべくツタの発生源をたどることにした。飛んだり跳ねたりしてツタを避けながら発生源を探っていくと、教室の建物の外にある小さな物置にたどり着いた。

どうやらここらしい。


ザァー!っと勢いよく扉をスライドさせ、その物置のプライバシーを無下にしたところ、中にいたのはこの教室の責任者、斎藤先生だった。

ツタに覆われている、というよりも斎藤自身がツタ状になっていると言ったほうがいいだろう。


「おぉ!勇樹くん!来てくれてうれしいよ!君が来てくれたおかげでガキが10人揃ったんだ!10人分のエネルギーを吸えば僕はより強大な力を得ることができる!」


こんな状況下でわざわざすべてを説明してくれるのは強者の余裕といったところだろうか。


「せっかくここまで来てくれたんだ、君は直接僕が食べてあげるよ!!」


そう叫ぶと、斎藤はものすごい勢いでツタを勇樹に伸ばしてきた。さすがの勇樹もこれは逃れることができない。あっけなく捕まってしまった。

ツタに捕まった勇樹はそのまま宙吊りの状態で斎藤のもとに近づけられていく。

「いただきま~~す」

斎藤の人間的な頭部が花びら上にガバッと大きく、それは大きく開き、勇樹を捕食する体制に入った。

万事休す...


と思いきや、意外なことが起こった。いや、もしかしたらこれは必然だったのかもしれない。

そもそも勇樹はおしっこをするために席を立ったわけだが、その尿意が、とてつもない恐怖により遂に解き放たれたのだ。それだけではなく、年がら年中短パン(しかも下着はトランクス💛)のおかげで、勇樹のおしっこは衣服に吸収されることなく、シャーっと勢いよく、その大きく開かれた斎藤の本当の口に注ぎ込まれた。


「ごばばばばばばば」

尿に溺れる斎藤は思わずツルから勇樹を手放す。教室のほうからバタバタと音が聞こえる。どうやら向こうでもツルにつかまった子供たちが一時的に解き放たれたらしい。


「くそがきが、きたねぇ真似しやがって!!!!」

『きたねぇ真似』と言って、そっちの意味で汚いことはあまりないが今回に限ってはそっちの意味だ。怒りに震える斎藤は、先ほど同様ものすごい勢いでツルを伸ばす。

避けた。勇樹は避けた。でんぐり返しでだ。ただのでんぐり返しじゃないぞ。ウラガンキンを彷彿とさせる、勇樹名物の高速でんぐり返しだ。先ほど一度つかまった経験のおかげで目が慣れ、ツルを見切れるようになった勇樹はそうしてコロコロ転がりながら斎藤を射程圏内に捉えた。

なんの射程圏内?

文鎮だ。習字の時につかう重い金属の塊。紙を抑えるやーつ。

それを勇樹は少年野球の遊びの中で習得したサイドスローで、ビュンとひとつ投げた。

斎藤のその大きく開かれた本当の口の中心、そこに文鎮は見事に的中した。

喉チンコのあたりだ。喉チンコに文鎮一個が、がっちんこだ。


「ぐぉぉおぉぉぉぉ!!!!」

急所を狙われた斎藤は大きなうめき声をあげる。少しづつ斎藤が人間体に戻っていく。

今だと意気込んだ勇樹はもう一つ文鎮を投げる。今度は思い切り眉間に突き刺さった。


勝負ありだった。斎藤は完全な人間体になったまま、泡を吹いて倒れた。


その後斎藤は生徒の一人が逃げ込んだお宅の奥様により通報され、逮捕された。監禁やら暴行罪やら何かといろいろ付くらしいが、難しいことはよくわからない。



字は、人の心を表す。

でもそれは、人間に限ったお話なのかも。

だって、植物妖怪だった斎藤の字は、とても美しいものだったのですから。

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