風が運ぶ日々のかけら

@a_________

第1話 母の腕時計

母はいつも同じ腕時計をしていた。

文字盤が小さくて、正確な時間を知ろうとすると、いちいち眼鏡をかけなくてはならないくらいの。


そんな不便なものなのに、母は他の時計に替えようとしなかった。

ある日、私は尋ねた。


「どうしてその時計なの?」


母は少し微笑んで、「壊れないから」とだけ答えた。

それっきり、また炊事に戻ってしまった。


それからしばらくして、ふとした拍子に私は気づいた。

母の腕時計、実はもう止まっている。


なのに、母は毎朝それを腕にはめて、時間を確かめる素振りさえ見せる。

きっと、時間なんてどうでもよくて、ただその時計がそこにあることが大切だったのだろう。


母が亡くなった後、その腕時計を見て、私は初めて母のこだわりが何だったのか少しわかった気がした。

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