恒例の
◆
「さて、ここです」
ゲドスとフィルスは街の中でも一際大きい建物の前に立っていた。
宿屋と同様の石作りだが、ギルドのそれはしっかり磨かれている。
「おっきいねえ!」
「地下を含めて複数の階層で作られておりますからな。魔術師を含む様々な分野の技師が建築に携わっているそうですぞ。各階層にはギルドに求められる機能が分散して配置されております。まあルーサットのギルドは冒険者ギルドという組織全体で見ても相当大きいですからな、他の地域のギルドではそうはいきますまい。地下訓練所や酒場まであるギルドは、少なくともこの地域ではルーサットだけですな」
「酒場まであるの!?」
「冒険者とは儂のように紳士ばかりとは限りませぬ。むしろ荒くれ者が多いのです。そういった者らが一般の酒場で呑めば、トラブルが起きるのは必定。ですがギルド直轄の酒場ならば内々でどうにでもできますからな。では入りましょう」
ゲドスは巨大な木製の扉に手を掛け、ぐぐと押していく。ちなみに紳士という所で少し思う所があったフィルスだが、余り深くは考えない事にした。
◆
扉の向こうに広がっていたのは、広々としたホールのような空間だった。
建物の作り自体は全体的に石造りで、固い雰囲気を感じる。
ただ、ギルドを訪れている冒険者たちの活気がそんな固さを粉砕していた。
様々な姿の冒険者がフィルスの視界に飛び込んでくる。
剣士にしたってこれみよがしに大きな剣を背負った者や、いかにも安物でございという風の長剣一本を腰に佩いた者。二刀流どころか両腰に二本、背に三本という五本使い──様々なスタイルの者たちがいる。
ホールの右手には大きな石階段があり、それぞれ上階と下階へと続いているようだ。
奥に進めば受付各種が並んでおり、それぞれのカウンターにはギルドの職員が忙しそうに対応しており、ゲドスがそのうちの一つを指さした。
「あの緑色の衣服の者が新人受付係ですな。見れば分かるかとおもいますが、それぞれ着ている服の色が違うでしょう。緑は安心感を与えるとされております。赤は攻撃的な感情を呼び覚ますとされ、魔物関連の依頼業務に携わっております。青はまあ……強いていえば安全でしょうか。非魔物関連の依頼業務ですな」
「そうなんだ、色々考えているんだね。えっと……黒は?」
フィルスの声には僅かな緊張があった。
黒い服を着たギルド職員の元にも冒険者が並んでいるが、彼らは他の者とは違い、不穏な気配を発している様にフィルスには見えたのだ。
他の冒険者はそれぞれ談笑を交わしたりしているのだが、件の冒険者たちは会話を交わさない。それどころか、避けられているようにさえ見えた。
「ぐふふ、如何にもという感じですからな。まあフィルス殿が緊張するのも無理はない。とはいえ、違法な業務を取り扱っているわけではございませぬ。彼らは主に賞金首関連の業務を取り扱っているのです」
ただ、とゲドスは難しい顔をして続けた。
「ギルド職員は問題ないでしょうが、冒険者にはやや注意が必要かもしれませぬな。人を殺した者なら分かる事ですが、人を殺すと自分の心が少しずつ欠けてくるのです。欠ければ当然痛みますな。しかし、殺し続けているとその痛みが段々と麻痺してくる。それだけなら良いのですがね、達成感などを得るようになってくると危ういですな。そういった者は目的の為に殺すのではなく、殺す為に殺す様になる。儂からすれば、そういう者は魔族よりタチが悪い」
その話を聞いてフィルスは、「ゲドスは平気なのかな」と思った。
ゲドスは人を殺す。
もう、凄い勢いで殺す。
ゲドスがフィルスと同道するようになってからは、魔族や人間とわず、非常に多くの暗殺者が送り込まれてきた。
そしてゲドスはそのすべてを殺害した。
フィルスはゲドスが「タチが悪い」者だとは思っていない。
ゲドスの心が人殺しに対して麻痺してしまっていたとしても、軽蔑にはあたらないと思っている。
でも、とフィルスは思うのだ。
痛くはなかったかと。
今も心が痛んでいたりはしていないかと。
・
・
・
──なんて、考えている顔をしていますな
とゲドスは内心思い、あまっちょろすぎるフィルスにやや呆れながらも、フィルスの中での自身の存在感が大きくなっていっている事にほくそ笑んだ。
亡国ホラズム王国の魔導戦士団長ゲドスは、フィルス以上に魔族に恨みがある。
しかしゲドスでは魔王は倒せない。
実力の問題ではなく、節理の問題である。
だから勇者を
──そうは思ってはいたものの、勇者とくればどいつもこいつも……
ゲドスは内心で舌打ちをする。
ようやくみつけたまともで見込みのある勇者こそがフィルスなのだ。
──確かに今の実力ではそこらの緑小鬼にすら撲殺されかねませんが、筋は良い
ついでに体も、とゲドスは唇をべろりと舐めた。
◆
「あっさり登録できちゃった。これ貰ったよ」
フィルスは嬉しそうに人差し指大の小袋から金属製の印章を取り出した。
これは一種の身分証として使う事も出来る。
また、先端をインクに浸して書類に押すとサイン代わりにも使う事ができ、まともに文字が読み書きできない無学で無知で粗暴な冒険者でも個人契約が可能になるというわけだ。
その辺の事をゲドスはフィルスに説明し、「後で首からでもかけられるように紐を買いましょうか」と言った。
「うん、無くさないようにしない、とッ!?」
フィルスは背後から迫ってくる気配に気付いた──といってもそんな上等な気配察知の業ではなく、彼の様なド素人でも気付けるくらい派手に足音を立てているという事だ。
「おっと!悪いな!!」
フィルスに向けて、若い男が勢いをつけて突進してくる。
短く借り上げた髪、野卑な顔つき。
それはまごう事なきチンピラであった。
衝突する前に謝罪しているあたり故意だろう。
フィルスの身のこなしで躱せるタイミングではなかった。
この間、ゲドスは当然反応できたがしかし。
──まあ、フィルス殿が舐められても詰まらないですからな。勇者殿を舐めるのは儂だけで良い、毛の一本も生えていないぷっくり膨らんだそれに、舌を這わせ……ぐ、ぐふ!ぐふふ……!
と、傍観することにした。
フィルスは身を硬直させる。それは
結果は当然──
「わぁッ!?」
衝突を予想して身じろぎするフィルスにぶちあたった若い男──ミロクはフィルスを吹き飛ばす事なく、自分が吹き飛んだ。
「惜しい!ぶち殺せませんでしたか!あの感じですと精々骨が一本イカれたかどうかといったところでしょうな」
そうゲラゲラと嗤うゲドスにドン引きしてしまうフィルスであった。
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