道中
◆
フィルスは服の乱れを直しながら「本当にもう」と呆れていた。
ゲドスはまるで性欲の権化だ。
自身の体のあらゆる箇所にゲドスの痕跡が残っている事を考えると、何とも言えない気持ちになってしまう。
「もういいよね、こっちの体だとすぐ疲れちゃうから戻るよ」
フィルスはゲドスの返事を待たず、神秘を発動させた。
すると淡い翆色の光がフィルスの身を包みこみ──
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「フィルス殿は奇跡を使おうと使うまいと、そこまで変わりがありませんな。女と言われれば女に見えるし、男と言われれば男にも見える」
「それって僕が男らしくないって事?」
フィルスは少しむっとしたように言う。
「そういうわけではないのですがね。貴殿は見た目はともかく、
そんな事言われても、とフィルスはむくれる。
──だって、本当に怖かったんだ
フィリスは抗い様もない死の具現の様な相手にしか見えなかった男の事を思い出す。
──それをゲドスは
文字通りの鎧袖一触。
「僕も、ゲドスみたいになれるのかな」
「儂のように? ぐ、ふふふ。それは中々難しいでしょうなあ」
あざ笑うような口ぶりに、「だよね」と落ち込むフィルス。
するとゲドスは何を思ったか、じり、じり、とフィルスに近づいた。
またやられるとおもったフィルスは大いに慌てる。
「ちょっ! ちょっと! ぼ、僕は男だ! 今は男なんだからやめてよ! も、もしかしてそんな趣味があったの!?」
メスに甘んじる事はあっても、ホモに甘んじる事はできないオスとしての最後のプライドである。
「なんと臆病な!それでは魔王討伐は叶いませぬぞ、グハハハ!」
ゲドスは大笑いし、そしてやや表情を引き締めてフィルスを見た。
「業前云々の話ならば、伸びしろは十分。いつかは儂が貴殿を護るのではなく、儂が貴殿に護られる事がありましょうな。儂の様になるどころか、儂を超えていくでしょう。勿論相当の研鑽は必要ですが。ともかくこのゲドス、歯に衣着せぬ男です。貴殿の勧誘に対しても率直に答えたでしょう? 無意味な世辞は言わぬゆえ安心されよ」
確かに、とフィルスは思ったが、アレはないよとも思う。
──『その肚の据わり方、中々見込みがあるとみました。よろしい、金三万にて同道しましょう。……ふむ、ないですか……しかしですな、これでもまかっているのです。どうしても支払えぬという事であれば、代わりにその体で支払われよ──要するにヤらせろ、好き放題にさせろということです。言っておきますがな、少なくともこの場で魔族の首を千も落としている猛者はこのゲドス以外にはおりませんぞ。この取引はとてつもなくお得と言えましょう』
でも、とフィルスは思うのだ。
──ゲドスは強い。お金も……ある。彼の事は良く分からないけれど、女の人に困ってるとは思えない
村の皆の仇討ちの為に、なんとしても魔王を倒す──そんな志を抱いて旅に出たフィルスにとって、魔族殺しの冒険者として名高いゲドスは非常に心強い仲間だ。
だからこそ思う。
──なんで僕についてきてくれたんだろう
直接尋ねれば良いという向きもあるが、そうするとゲドスは決まってグブグブと汚く笑ってフィルス♀をいじめだすのだ。
◆
馬車は順調に行程を消化していく。
青々とした草原や遠くに連なる山々、そして時折現れる小さな村落をフィルスは飽きずに車窓から眺めていた。
「ええと、今はこの辺……なのかな?」
フィルスは地図を見て、ああだこうだと独り言を言っている。
そしてゲドスはと言えばグウグウと寝ていた。
やがて街道に人の行き来が増え、街が近づいている事がフィルスにも分かった。
「ゲドス──」
フィルスはゲドスを起こそうと思って声を掛けようとすると、「おお、着きましたか。いやあお早うございます」と、首をごりごり鳴らしながらゲドスが目覚める。
「良く寝てたね、少し疲れがたまってるのかな。街についたらまず宿を決めようよ。はい、水飲む?」
水袋をゲドスに渡しながらフィルスが言った。
「これはこれはどうも……」
まだ眠いのか、ゲドスの口調はややおぼつかない。
器を取り出し水を注ぎ、一気に飲み干す。
「フィルス殿も飲みますかな?」
「そうだね、少し喉乾いたかも」
フィルスが言うと、ゲドスが手を差し出した。
器を出せということだろう、フィルスが器を渡すとそれにも水を満たし──
──『凍てつく風、月の死吹きよ』
短い
するとどういうわけかフィルスの器に満ちた水に霜が張り、温い水はたちまち冷水となった。
これもまたゲドスが修める "月の魔術" だ。
死を司る月の光は魂まで凍てつかせる風を喚び、浴びた者の命の火を吹き消すという。
本来ならばこんなカジュアルな事に使うべき魔術ではないが、ゲドスはどちらかと言えばビジネスライクに魔術を使うタイプなので余り気にしていない。
ゲドスの魔術を見るフィルスの瞳には、明らかな尊敬の念が滲んでいる。
そして期待も。
ルーサットで彼はゲドスから魔術を指南してもらう予定なのだ。
「さあどうぞどうぞ、ぐぐっとお飲みくだされ」
「いつもありがとう」
手渡された器を、フィルスは一気に呷る。
「ぐぶぶぶ……その水を飲むということは、儂と接吻しているのと同じですぞ」
そんなゲドスの気色悪い言に「何を今さら」と思うフィルスであった。
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ところでフィルスは常々、自分は男だと自身に言い聞かせている。
自認は男だ。
だのに、男──しかも中年親父であるゲドスとの接吻を「何を今さら」で片付ける事の深刻さがわかっているのかどうか。
しかし少なくとも、ゲドスにはその深刻さがよくよく分かっている様だった
フィルスが器を呷る姿に一種の美を見出したゲドスは、ぺろぺろと自身の唇を舐めている。
ゲドスにはゲドスでフィルスに同道する目的があるのだが、その目的とは別に卑しい欲望を満たしたいとも思っているのだ。
だからあれこれと世話を焼き、適度に信用を重ねる様にしている。
しかし、とゲドスは気持ちを引き締めた。
──余りにも厚く信頼関係を築いてしまえば、何をしても受け入れてしまう肉人形が出来上がってしまう。それではつまらぬ。多少は抵抗してくれぬとな……それはそれとして、業を鍛える事もまた喫緊の課題。まずは剣から教えるか
ゲドスは大真面目でちゃんとした事とクソみたいな事を平行して考えていた。
優れた魔術師は異なる思考を並列して走らせる事が出来るのだ。
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「ルーサットが見えてきましたな」
ゲドスの言葉に何となく感慨深いものを覚えるフィルス。
ルーサットは一応の目的地である。
「冒険者ギルドには他の勇者もいるって言うし楽しみだな」
冒険者という言葉に、フィルスは若者らしく胸を躍らせている様だった。
しかし、横目でそれを見るゲドスの想いはフィルスとは異なる。
──他の勇者、ねぇ。まともな者だといいんですがなぁ
ゲドスも他の勇者を見た事があるし、関わった事もある。
その結果導き出した結論は、「どうやら神は見る目がないらしい」というものだった。
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