本編
一話
「そういえば家族が増えるぞ」
「……はぁ?」
春休み初日、親父がそんなことを言ってくる。
突然帰ってきたかと思えば、急にそれだけを言ってきた。
いただきますも無しに飯を貪って、食欲を満たす煙草臭い男に、それは何故、と聞く。
「いや、なに。ただ家族が増えるだけだ」
「なんでそんな重大なことをなんの前触れもなく」
「あと、転勤するから、この家は売っ払う。再婚先の家に行って住まわせてもらえ」
「……は?」
あまりにも意味がわからなかった。
売っ払う? 何故? 大家がいるからできないのでは?
「いつの話だ?」
「明日」
「え、明日?」
とても急な話に驚いたが、親父はそれっきり、何も言わずに食器をそのままおいて、どこかへ出掛けていった。
削畑
基本は朝昼晩構わず外出している。謎の多い男だ。
離婚時の親権争いの際に俺を押し付けられて、俺は親父と二人でボロいアパートに暮らしている。
親父は「じゃ」と言ったっきり、音信不通になった。
その後は大家さんと話を進め、解約が決定する。
せっかく溜まったバイト代が引越し業者に消えてしまったが、仕方がないだろう。
支払いの確認を済ませ、飯を食べ、夜になる。
スマホを確認すると、連絡があったことに気付く。
実の妹からのものだ。
俺には家族が、後五人いる。
奏重は俺や、姉達や妹達を産む時も、かなりの早産だった。
姉は双子なのだが、年度初めに生まれ、俺は九月の三十日。
妹も双子だ。三月下旬の年度終わりに産まれている。
世にも珍しい同学年に三人以上の年子。そのうち姉は双子で、妹は双子。こんなのは世界に一家だけと自信を持って言える。
とはいえ、既に両親は離婚している。
奏重は旧姓を名乗り、四宮という苗字で、姉妹を育てたらしい。俺は親父に押し付けられた。
親父は基本音信不通で、家は開けることが多い。
これでも無事に育ってきたのは、俺の大親友で幼馴染のあいつがいるからなのだが……
その前に連絡をくれた妹と会わなくてはならない。
「悠」
俺のことを下の名前で呼んでくる妹と道路脇のベンチで会う。
名前は……
「秋。久しぶりだな」
四宮秋。
いつも冬という双子と一緒にいるのだが、今日は別行動らしい。
秋と冬は対照的だ。
秋は冷静に物事を見極めて判断するタイプで、冬は大雑把に物事を判断するタイプ。
髪型で、右括りが秋、左括りが冬。
肩の下くらいまでの長さで結構長い。
久しぶり、といったのは、実際に久しぶりだからだ。
いつもは四宮家にいて、母と一緒に暮らしている。
だが……
「家を売り払うことになったんだよね」
と。第一声はかなりのものだった。
「え?」と思わず訊き返す。
「お母さん、死んじゃったから」
「え、それは……」
「別に大丈夫。ほぼ育児放棄してたし、仕方ないね」
あはは、と、割と力なく笑った。
「連絡がいってるらしくて、ハルが一回話してくれたんだけど、そしたら、じゃあ結婚するわって」
「……」
「あはは……はは……」
幼い頃に離婚したものの、幼少期の記憶はある。
俺と家族は一応連絡を取り合っていた。
「ってことでさ、悠」
「なんだ?」
「今日はいいんだけど、明日からそっちに住むことになったんだよね……」
「……」
なるほど、だから親父は家を放棄したのか。
「悪い」
「……え?」
「俺さ。明日から、親父の再婚先の家に行くんだって」
「……?」
「……」
これは……
「あはは……」
秋は、思わず苦笑いが溢れたのか、声の字面と裏腹に、顔は引き攣っていた。
俺達は一応同じ学校だ。俺に関しては金の掛からない公立校だからで、秋達は理数科があるからという理由だ。
双子姉妹揃って頭は悪くない。偏差値六十八と言われている理数科に合格している。
ちなみに学内ではかなり有名だ。春、夏の実姉の方は、可愛い双子ランキングで、昨年度優勝の二年九條姉妹に次いで、一年四宮姉妹として二位になっている。
九條姉妹の方は三年に、四宮姉妹は二年に上がる。
といっても、まだ三月の終わりなので、厳密には一年生だが。
家を売り払った(大家がいるので売り払ってはいない)からか、明日からか家なしになってしまった。
俺の場合は最悪、幼馴染兼大親友であるあいつに頼ればいいのだが、肉親はそうもいかないだろう。
纏めるとこうだ。
奏重、死亡。子供は未成年なので親父の方に引き渡される。
親父、転勤が決まる。その後再婚。
再婚先、突如として五人の子供の面倒を見なくてはならない。
……つまり……
暫定的に、家がなくなりました。
いえーい。
いや、家より先に中に入るのは遺影じゃないだろうか、というくらいに危ない状況だ。
かなりマズい状況だ。即日入居で借りれる家を探すついでに、明日のプランを立てる。
すると……
ピンポーン、と。チャイムが鳴る。
視界を百八十度反転させ、玄関先へ。
「はい……」
「あら……」
と、両手を合わせ……
「こんにちは、削畑悠君……いや、これから家族になるんだから、もう少し馴れ馴れしい方が良い?」
柔らかい微笑み。
これは……
「家族? ってことは……」
その女の人は、ぱっと見では学生に見える。
どうやら、再婚先のお子さんの様だ。
「夜分遅くにごめんなさい、今いいかしら?」
「あ、はい……というかもしかして、その声……」
取り分けて柔らかく、高い声。
肩口でウェーブの掛かった髪の毛に、美しい瞳に……国宝級の顔面。
何よりもその尊顔とその推定八十五くらいの胸には見覚えがある。
「会長?」
「あら?」
「あ、いやその……」
「よく分かったわね。ふふ
そう、私は
「……あ」
少し自慢気な声。
このおっとりしている声に、何人の男が落ちただろうか。
顔と声のプロモーションに早速たじろぐ……わけにはいかない。
というか、落ち着いて考えよう。
「まさか、親父は九條家と……?」
「そうみたいなの。
話自体は前からあったらしいんだけど、急に遠いところへ行くって言い出して」
前からあった……?
いや、気にしても仕方がないか。
「親がいない暮らしは慣れてるんだけど、お父様の方の家の契約を破棄して、返金したお金がどうって言ってたかな……
資産の事はお母様が管理するからその不安はあんまりないんだけど、一緒に暮らすのって、嫌? 一人くらいなら養えると思うよ」
「……あー……」
「それに、女しかいないから、男の子がいてくれたほうが、色々と意識が変わるしね。
と。玄関先で割とフランクに話し始める。
俺はこの話を今朝方聞いたばかりだというのに、向こうは少し前から話されていたようだ。
家に迎えることが前提で、話を進めているっぽい。
ただ……
「その……これは家庭の事情、なんですけど」
「家庭の事情? あ、家族なんだから、敬語じゃなくてもいいわよ?」
「あ、はい。ありがとうございます。
実はですね。その、親父が前結婚してた、俺も産んだ女の人の方に何人か子供がいるんですけど」
「離婚した後にどっちについて行ったか、みたいな?」
「まあそんな感じですね。
それで、丁度って言う方もなんだけど……母が死んじゃったらしくて」
「まあ、それは、心苦しい出来事だわ。ご親族の方は大丈夫なのかしら?」
「話すと長くなるので端的に言いますと、死んじゃったので家にいられなくなったみたいで。家の解約が重なりました。明日から俺の姉や妹は家無しです」
九條知火の驚いた顔は、今日初めて見た。
すると知火は、それなら……と呟いて。
「それなら、私達の家に住まない?」
〈次回予告〉
「これからの次回予告担当はワタシ、悠の幼馴染が担当するよ!
重なる家庭の事情で、即日融資、即契約、即入居の家を探すことになった悠。しかしそこに、思わぬ一声が。
次回、『転居』。
こういうのって大抵、思わぬトラブルが付き物だよね!」
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