挿話: カンパンと缶ビール Kinkan Wit


 このところ、いかにも暴飲暴食が過ぎている。

 ほぼ毎日毎晩、お腹をぽんぽんに膨らましてへべれけで眠りに就くのは、別にダメなことじゃないが、自分が考える私のキャラクターじゃない。

 別に清貧をムネとしているわけじゃないし、贅肉が魔法の実力に影響することもない。

 でも、私自身の「こういう感じではありたい」って姿があるわけで。つまり。



「断食してきます。2,3日、お外で。」


「見張られてて出歩けへんのと違うたん?」


「街の外の野山まで行くから、聖堂の連中は大丈夫。」


「それはそれで危なっかしいのと違うん?」


「なんの、もともとは街の中より外がホームグラウンドのヨランタさんだよ。2泊3日、実家に帰るくらいのイメージね。

 だから、何かお腹にたまる缶詰はないかしら。」


「断食は?」


「完全に食を絶ったら死んじゃうよ。名前は断食だけど宗教でもない、一種の瞑想法だね。寝る前にはそれなりに食べるし、お酒だって飲んじゃう。

 だから、缶詰のお酒もください。」



 無頼を気取っても根が真面目なマーチンなので、大雑把な師匠流を言って聞かせるとすごく微妙な顔をする。

 そんな顔をされても、お酒抜きで行く気はない。ほら、あれ、缶ビール。



「腹にたまる缶詰っちゅうたら、これかな。天災あるいは戦災用の保存食、カンパン。それから、コレも付けてあげよう。ラ…ラン、チョ? …あー、スパム。ソーセージの缶詰。あの時に肉の缶詰の発想がなかったから無理に高いものを買わせたんで、サービスで付けてあげよう。」


 何を言おうとしてど忘れして誤魔化したか知らないけど、ほう、ソーセージ! これは上等だ!ならば7日から10日は山に籠もれそう。いや、しないけれど。それより、お酒を!


「酒、ねぇ。瓶詰めならナンボでもあるけど、缶となるとねぇ。しかし

…日本酒缶は無いこともないけどウチには常備してないなぁ。ビールも、神様パワーで湧いて出る生中以外はだいぶ割高のクラフトビール缶やね。OK?」


「あぁー、あのえぐいほど苦いやつ?甘いのってないの?」


「うん。苦いのは、たぶんIPA系やね。たぶんコレと違う?〝インドの青鬼〟」

「それ! どうなってるのそのデーモン模様。毒にしか見えないし、味だって毒だよね!」



「失礼な。この苦みエグみが旨いのに。…ゆうて、フルーツビールなんかは仕入れてないしなぁ。

 そもそも俺はビールと言ったら大手メーカー品という風潮も苦々しく思うててね。その点クラフト、昔で言う地ビールは個性と主張がハッキリしてて好ましい。飲んで選ぶ楽しさも地酒に通じるものがあるからお気に入り。


 …で、ある分でオススメしたら…あ、これがあった。近江八幡は二兎醸造の〝Kinkan Wit〟。」


「もー!まぁたタヌキ!絵が! マーチンが〝オウミ〟って言ったら警戒する癖がついちゃってるよ。何なの、オウミ。しかもセクハラ!これは酷い!」

「落ち着け。それは近江への濡れ衣や。狸の女の子が足元に金柑キンカンの実を並べてるだけの絵ぇやん。フルーツビールではないけど、爽やかで良いビールよ。」


「コレは保留! 他!」


「日本酒ちゃうねんし、そんなに無いわ。それか生中サーバー用の金樽担いでく?これもある意味で缶詰やから通るかもよ。

 …冗談は程々にして、そうでなくてもクラフトビールは流通がローカルやし、基本的には一期一会スタイルの物でね。旨いのは保証するからコレで我慢おし。いや、キミに痩せる気がないと思うて冗談のつもりで仕入れてた。悪いね。」


「しょうがない、我慢してあげる。ひとつ〝貸し〟よ!」


「指差しの決めポーズされても、そんな借りは受け付けません。でも、ハイ毎度。それにしてもホンマ大丈夫か。」

「まかせて!」



 マーチンの店がある丹墳メルクリアリス通りの界隈は治安が悪いけど、そのぶん私などには安全ともいえる。聖堂の連中は入り込みたがらないからね。そこから、冒険者通りに入る。

 冒険者たちはたいがい誰もがどこか後ろ暗いので、横のつながりが濃い。ので、ここもまず安全。

 ただ、近隣の〝堅気市場〟〝腹黒市場〟は聖堂の縄張りだから近づかないほうがいい。後ろ暗い人々は〝スラム市場〟の方まで回り道する。そういえば私が最初に桃缶売りに行ったのは、浮かれ気分だったので堅気市場だった。それがちょっとマズかったのかもしれないね。


 その辺をこっそりやり過ごして、大手通から正面城門を抜ける。この界隈の治安は聖堂じゃなくて王国直轄領主の領分なので、国の法を犯していない冒険者なら大丈夫だ。堂々と正門をくぐって場外に出られる。

 要は、聖堂の縄張りの市場と居住区を避けてこっそりしていれば、普通に警戒しながら逃げ回っていれば問題ない、はず。



 そういう厄介の種をくぐり抜けて、森に入って獣道を踏み越え、すこし遠くで人も獣も近寄らない何もない峰を目指す。初めての道でもないので、水と燃料補給のポイントもバッチリだ。

 無心に歩く。

 無心になるだけならお芋の皮を剝くのでもじゅうぶんなのだけど、最近は加速度的にマーチンへのキュンキュン度合いが増しているので店の中では瞑想ができない。

 彼の何が良いのか説明するのは難しい、というか自分でもわからない。


 一度、彼に「お金を払うんだから料理をどうしようが私の勝手でしょ」って言ったら、

「俺は金やチヤホヤされるために店をやってるんじゃない! 上司の面倒を見ながら働くのができないからだァーッ!」

 とのたまった謎の勢いに、意味はわからないまでも惹かれるものを感じたあの時が運の尽きだったのかもしれない。


 それに関する自分の気持ちに整理をつけようというのも、今回の断食行の目的のひとつ。



 この峰には肉食獣も魔獣も近寄らない。過去何度かの訪問の際に〝教育〟しているからだ。いうなれば私がこの峰のヌシ。

 水場も果樹もない、岩と痩せた針葉樹と洞穴ほらあなだけの一角だからそもそも空き地なのだともいえる。でも、時おり手負いの負け犬が迷い込んでくることもあるから、その都度呪って追い払わなくちゃいけない。安全地帯ではないのだ。


 この洞穴で数日間、断食瞑想サバイバルだ。

 だが、その前に、まず。さすがに歩き疲れたので休憩と腹ごしらえ。

 保存食の缶は、焼き菓子かな?甘くはないね。でもこの国のパンよりも上等だ。おいしい。これが非常食って生意気な……ポリポリワシワシ…いや、口の中の水分が全部持っていかれた!ヤバい、油断した!エール、エール!ぷしゅう。しゅわり。


 ぐびっ、ゴッ…苦ッ!いや、爽やかに柑橘も香るからマズくはない。これはこれで癖になるかも。ラベルの絵さえ、無難であれば。

 ガブ飲みするもんじゃないんだね、きっと。6缶しか持ってきてないから大事に飲もう。重かったんだ、これが。水分って、本当に。


 肉の缶は後日の楽しみに置いておこう。こっちは蓋を開けたが最後、あらゆる生き物を招き寄せる罠になりそう。慎重に、慎重に。

 さて、カンパン。ん? 別の白いものが入ってる。硬い。甘い。飴かな?あ、これは金平糖コンフェイトの親戚だ、たぶん。重ね重ね、贅沢だね。なるほど、つばが湧く。これでパサパサを和らげるんだ。良い。そしてエール。旨酸っぱ苦い。良い。

 荒野サバイバルとは思えない、最高じゃないか。



 さあ、腹もくちく・・・なって、あらためて瞑想に入ろう。ぐぇーㇷ。あぁ、吐息も苦さわやか。…マーチンはアルコール入りの瞑想に懐疑的だったけど、むしろ調子がいい。本格派は罌粟の煙だって使うんだ。でもアレは私の主義じゃないから使わないよ。ダメ、絶対。


 そんな思考を流しながら、身体の感覚を広げていく。手指の先から空気に溶かして空に昇っていく感覚。自分の存在が広く、薄くなっていく。この解放感が素晴らしい。町で群れているよりも、こうしている方が性に合うことは確かなんだ。


 もう少し頑張ったら自分が消えてなくなってしまいそうな、この感覚に耽溺してはいけないと師匠からは再三、言われたものだ。でも、将来的にいずれはこうして空気の中に消えてしまうのも悪くないと、以前は思っていた。

 今では、そうやって消えるには充実した日々を楽しみすぎている。マーチンだって寂しがるだろう。



 ふと、かつて師匠がぼやいていたことを思い出す。


「人はものを抱えず身軽なのがいい。

 ハチという虫がいるが、アレには大きな巣と群れを抱える種類と、基本は単独で生きるものがいる。人を刺す、戦うのは前者だ。後者は、強大な敵に襲われれば軽々と逃げていく。


 守るものを抱えれば、襲われた時に戦わざるを得ない。が、戦うその心は恐怖に満ちている。そしてささやかに一矢報いたことを誇りに死んでいく。身の丈に合わんことはするもんじゃない。

 ……ただ、そうだな。こればかりは、己で後悔しない限りわかることでもあるまい。精々、殺されないうちに後悔しておくことだ……」



 知らんがな。マーチンならそう言ってくれるかもしれない。私は、笑えないかな。さて、これからの瞑想で心は晴れるだろうか。

 


🍶







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