失う

渡世鮫爽

「滑稽だよな、俺らは」

 煙草に火を着ける傍ら、目の前の男はそう言う。

 先程の激しい雨はすっかり止んでいたが、空が晴れわたるでも無く清々しい気持ちになるでも無かった。現状、空は曇りに曇っていて、晴れる様子は無かった。砂浜は遠くから見ても湿っていたし、身体はずぶ濡れ。ライターが着く事以外は、状況にあまり変わり無かった。

 海岸は荒れていて、もう少し近づけば荒波に呑まれてしまうだろう。

「俺らは奪い過ぎた」

「……」

 俺は目の前の男に何の反応も出来なかった。

「金、ブツ、…命。色々なモノを奪っていった」

「生きる為に…しただけだ」

「そうだ。俺たちは生きる為に奪ったんだ。生きる為に殺したんだ。だが、俺たちは死んじゃいないんだ」

「何が言いたい」

「俺らマフィアには償いが必要だと考えるんだ、死んでいない人間が死んだ人間に出来る事と言えばそれしか無い」

「老いてじっくり考えた結果がそれかい」

 どうも余計な一言だったか。

「だがな、今更償ったってどうしようもねえよ。俺たちは奪い過ぎたんだ。お前も言ったろう?残り少ない余生を贖罪に捧げたとて、それは贖罪になり得ないだろ?」

「だから少しでもするんだ」

「だがなそれには意味は無いかもしれない。天国は無いかもしれない。地獄だって。償う相手はもうどこにも居ないのかもしれない」

「……面倒だな」

 男はうわ言の様に呟いた。

「もういい。真意を言おう。あんまり深くは無いがな」

「だろうな。この期に及んで綺麗事なんて、組長さんが言う訳無いもんな」

「お前に償わさせる為だけに言った。償う必要があるなんて考えなんか更々ない」

「…女房の事まだ恨んでんのか」

「当然。まあ要はお前に復讐する為の口実を作りたいだけだったんだよ」

 ガラガラと鎖の先に存在する刃を鳴らす。

「俺は30年、30年堪えてきたんだ。30年分、復讐の為に費やしてきたんだ」

「それはまあご苦労なこった」

 刃は俺の両腕を叩きつけて金属音を奏でる。それと同時に腕が再生する。

「……ンッ…」

「これからお前は永遠に咲に償うんだ。30年どころじゃないレベルで贖罪をするんだ」

 男は足で俺を蹴り飛ばす。動けない俺は物理に従って海の方へと向かうしか無かった。

「だがお前だけに償わさせるのはフェアじゃない。俺はお前のプライドを奪った。その償いは、当然するべきなんだ」

 先程の綺麗事をまだ引きずっている。コートからごそごそと銃を取り出し、投げる。丁度俺の手元にそれはやってきた。よく見れば自分の愛銃だった。いや、良く見なくてもその黄金を纏ったフォルムは、俺の所有物を名乗っている様なものだった。

「だからほら。最期に俺の事を一発撃て。頭でも良い、心臓でも良い。好きなところを狙え」

 男は煽る様な仕草をした後、両手を上げて武器も手放す。

 弾は一発しか入っていない。

「こんなモノで足りると思ってるのか?」

 銃をヤツの胸に向ける。

「当然、足りないな」


 パン。


重く輝いた銃声が海で反響する。良く響いたが、人里へは聞こえなかったらしい。

 弾は男の心臓に命中した。タバコをポトリと落とし、濡れた地面に着地する。男は尻もちをついて倒れる。

「頭じゃないのか」

「お前の汚い死に顔なんか見たら夢見が悪いんだ。元々汚いんだからな」

「そうかい」

そのまま立ち上がり、男はまた俺を蹴った。ゴロゴロと転がる先は、大海だった。

「これからお前には夢見なんてモノは無いぞ」

最後に一蹴りをかまし、そういった。

 それは渾身の蹴りだったのか、俺は数メートル先まで飛んだ。とても重症の人間が出来る蹴りでは無かった。

 そのまま俺は、海の底へ沈んだ。

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