第9話 死亡フラグ


 アイラとのささやかな憩いの時間も終わり、俺は『マンホールポータル』を使って倉庫へと戻ってきていた。


 比較的メイドらの監視の目が届きにくい夜間とはいえ、見張りが一度であっても様子を見に来る可能性を考えたら、倉庫をがら空きにするわけにもいかないと思ったからだ。


 というのも、留守番を任せていたメイドのアイラはここにいられなくなったんだ。彼女が今何をしてるのかというと、聖人ヨークの祠で修行を始めたところだ。彼女も例の燭台を必死に動かそうとしていて、少し可愛いと思ってしまったのは内緒だ。


 俺のためにとやる気になってくれるのはありがたいが、その分怖さや照れ臭さもある。まあ彼女はあくまでもメイドとして俺を支えてくれるってことだろうから、そこは勘違いしないようにしたい。期待と依存っていうのは甘美だが毒でもあるからな。


 ちなみに、濡れた服に関しては『ホーリーキャンドル』で乾かした。本当にあっという間だった。照明の用途以外にもこういう便利な使い方ができるんだなって自画自賛したくなった。


 ……そうだ。魔力レベルが2になったんだし、早速倉庫内のものを能力に変換してみるとしようか。このテクニック以上の便利な能力を得られる可能性もあるし、今まで変換できなかったものも変えられるようになってるかもしれないしな。


 そういうわけで、俺は倉庫に積まれた箱を開けて手当たり次第に【錬金術】スキルを試すことにした。


 お、幾つか変換にチャレンジしてみたところ、錆びた鏡に『マテリアルチェンジ』を使ったところでウィンドウが出てきた。


『レインボーグラスが強化されました。現時点で自分が死ぬ確率が高くなる条件――死亡フラグがわかるようになります』


 おお、自分の死亡フラグがわかるのか。こりゃいい。


 それにしても、凄い効果が追加されたっていうのに、『レインボーグラス』の名称が変化しなかったのが意外だった。


 ただ、よく考えたら死亡フラグもあくまでも自分の情報の一つであり、額面通りってことなんだろう。あと、死亡フラグといってもそれをやれば死亡するリスクが高くなるってだけで、それをやったらすぐに死ぬってわけじゃないとは思う。


 それでも気になることは確かだし、とりあえず自分の死亡フラグがどんなものか見てみるか。



 死亡フラグ:『呪術に頼る』



「……」


 呪術に頼る、か。なるほど、予想通りだ。俺は原作ゲーム『賢者伝説』の設定を思い出していた。


 そうそう、呪術には二種類あるんだ。自身の体を犠牲にして相手を呪うか、あるいは自身の心を犠牲にして望みを叶えるか。


 呪術を使うには呪術専門の業者に頼る必要があり、心身へのリスクも費用も高い上、それなりに時間もかかる。また、望みを叶えるといっても、その内容が高望みであればあるほど成功率が低くなる。


 成功するまで何度も呪う必要があるため、費用だけでなく心身の負担は相当なものだ。呪術はすこぶる便利とはいえ、その難易度を考えると一般人では頼るのが難しいだろう。


 それに加えて、呪術に頼るってことはアイラを裏切るということを意味している。それだけは絶対にしたくない。


 彼女は思い込みが激しいところがあるとはいえ、本当に気立てのいい子なんだ。原作のルードが呪いの儀式を始めて以降、それをアイラに知られたとき、彼女はそんなことをしてはいけませんと何度も止めようとした。だが、ルードは頑として聞かなかった。


 呪いの儀式を始めた時点でもうルードは精神を病みつつあったから、アイラにはどうすることもできなかったんだ。


 ルードはそれ以降も呪術に頼り続け、その結果望みが叶って魔力レベル2になり、昆虫や動物を魔物に変化させていく。悲劇的な最期へ向けて転がり落ちていくってわけだ。


 仮にこの先、アイラに俺が呪術をやっていると誤解されるようなことがあっても、自分は正気を失ってないので大丈夫だと思う。真心で絶対にやっていないと言えば彼女は信じてくれるだろう。


 ただ、知られないに越したことはない。誰かに鑑定系のスキルで俺が闇の力を持っているのを見られて、それがアイラの耳に入ることも考慮しないといけない。俺は彼女を心配させたくないし、もう辛い思いをさせたくないんだ。一応、ステータスを隠蔽できる能力があればいいんだけどな。


 というわけで、俺は色んなものに『マテリアルチェンジ』を試行する。


 ……お、技能変換に成功した。所々インクで黒塗りされた謎の紙きれにやったところだった。


『クローキングが強化されました。自身の現在のステータスを隠し、デフォルトの状態を示すことができます』


 おお、これはいいな。誰かに鑑定系のスキルで覗かれる可能性を考えたら、この能力があると本当に助かる。現在のステータスを隠してデフォルトの状態を示すっていうのは、つまり他人からは初期の状態に見えるってことなんだろう。ほとんど倉庫に閉じこもってるやつの魔力レベルが2だったら間違いなく怪しまれるしな。


「あ……」


 もっといい能力を獲得できるかどうか、色々と変換にチャレンジしたところ、綿が飛び出した古い枕に使ったタイミングでウィンドウが出現した。


『スリーパーを習得しました。どんな環境でもぐっすりと熟睡することができます』


「……」


 これは一見すると地味な能力に見えるが、少し考えればかなり良い効果だとわかる。倉庫内の硬い床では熟睡できなかったので疲れが中々取れなかったし、熟睡できるようになればさらにレベル上げが捗りそうだ。


 その一方で、眠っている間に誰かに襲われる可能性も考えたが、そこはこれから魔力レベルを上げていけばより敏感になるだろうし、危険に反応してすぐ起床できるようになるはずだ。


 そのあと、幾つかチャレンジしたものの技能変換はできなかった。そうだな。こういう能力を得たことだし、疲れたからしばらく休むとするか……。

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