第3話 ローレベルな男の気晴らし

田中の唯一の楽しみは、月に一度の給料日後に行くメイドカフェだ。店内に入ると、メイドさんたちの明るい声が響き渡る。「おかえりなさいませ、ご主人様!」と、田中は一瞬だけ現実を忘れ、笑顔で応じる。メイドさんとのチェキ撮影が、このささやかな幸福の頂点だ。シャッターを切る瞬間、メイドさんが「おいしくなーれ、萌え萌えきゅん!」とおまじないをかける。田中はその瞬間だけは自分が特別な存在であるかのように感じる。


しかし、現実は残酷だ。まだ29歳だというのに、田中の生活は不規則で、腹は出てきている。ストレスや不摂生で髪も薄くなってきている。鏡を見るたびに、若さを失っていく自分にため息をつくが、何も変える気力が湧かない。


ある夜、田中はメイドカフェからの帰り道、ぼんやりとした心で歩いていた。そのとき、前方から忙しそうに電話をかけながら歩いてくる男がいた。よく見ると、それは高校時代の同級生だった。高級そうなスーツを身にまとい、ビジネスバッグを片手に持ちながら、堂々とした歩き方。まさに成功者のオーラを放っている。


田中は一瞬だけ足を止めたが、相手は全くこちらに気づく素振りもない。電話の向こうに話している内容は、重要なビジネスの取引についてのようだ。成功と充実感に満ちた声が、夜の静けさに響く。


その瞬間、田中の心に深い敗北感が押し寄せる。同級生が成功者の道を歩んでいる一方で、自分はプラスチックバッグにシャンプーを詰め、メイドカフェで少しの癒しを得るだけの日々。まるで自分の人生がどこかで大きく道を踏み外してしまったような気がしてならない。


目を伏せて、田中は再び歩き始める。ポケットの中で震えるスマートフォンには、今日撮ったチェキの写真が保存されている。だが、それを見てももう何の慰めにもならない。彼の胸の中には、ひたすらに重たい無力感が広がっていく。

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