第4部 再来日と裁判の結果(2 続き) 再来日・住まい・職探し(看護助手勤務)・労災の認可

 第2章 再来日・住まい・職探し(看護助手勤務)・労災の認可


 再来日


 19945年5月14日 バリダ航空RG834便で久子は成田空港に到着した。5か月振りの再会だった。「鈴木さん、こっち、こっち。お帰りなさい」私と娘、孫と3人で迎えにきた。久子は温かい家族と共に過ごし英気を取り戻し約束通り再来日したのだ。よろよろしながらの前回の帰国の時とは見違えるようだ。私の孫にお土産とブラジル人形を持ってきてくれた。これは真由美さんが見立ててくれたそうだ。「まさか借金で買ったのではないでないでしょうね」「大丈夫よ、冨さん。しっかりヘソクリしていたから」と二人で大笑いをした。再会の出だしは良好だ。


 以前にもましてインフレの進むところから、お世話になった人へとお土産を持ってきてくれた。


 再来日の直後(1994年5月)またまたブラジルでは新通貨に変わった。久子はブラジルに電話をして次男に尋ねた。「二郎、ママによく分かるように説明してよ」 でも彼も全然分からないと言った。通貨が短期間に9回も変わるなど日本では考えられない。この時の久子と二郎君の電話での会話を思い出すと確かに9回目の変更であった。


  久子は〈日本は平和な国ね、マーケットに並んでいる品物の値段が前日と同じだもの〉と思った。労災が未だに下りていないので働かなければ食べていけない。

ブラジルに残った一夫の嫁とその子等の当面ので生活費を稼がなくてはならない。


 早速、住まいと職探しが始まった。




住まい


 住まいは運よく数か月の内に改装される予定の病院の寮に入れてもらえることになった。冨の夫の叔父の病院である。「今空いている部屋があるから是非いらっしゃい」と叔母に言ってもらい、とんとん拍子で住まいは決まった。

 

 叔父の久保田きよしは消化器外科の開業医である。叔父は温厚で優秀な医師で、休みの日には薪割りや庭樹の手入れをする庶民的な人だった。その当時東京では珍しい薪で焚くお風呂であった。五右衛門風呂である。(これは豊臣秀吉がこの種の釜で石川五右衛門を処刑したとされることから名づけられた。鉄製の釜を直接薪で温め、入浴者は底板を沈めていた)叔父はステテコ姿で薪割りをした。パカーン パカーンという音が耳に残っている。ある時薪を電気ノコで切る際叔父は誤って左薬指を切り落としたが、すぐに近くの大学病院に走り、幸いにもつなげてもらった。この話は何回も聞かされた。豪快な人でした。


「私もその話、聞きました」と久子さんも言っていた。久子さんが他の病院で働き始めた頃、ちょっと患者さんのシモの世話で愚痴った時、『慣れれば何ともなくなるものだ』とアドバイスをもらこともあった。気楽に会話ができる叔父と久子さんでした。実の父娘のように。


 一方、叔母の久保田恒子は人の世話が大好きでボランティア活動にも熱心だった。 とにかく勉強が趣味で、看護師、マッサージの資格は勿論、大型特殊車両、無線従事者、建物取引主任者、それに小型船舶操縦士、モーターボートレーサーなど20種類の免許を取得していた。異才の持ち主であった。


 過去に医者を目指して勉強していた長男をバイク事故で亡くされていたので、久子の一夫を失った痛みをよく分かってくれ、親しく接してくれた。


 久子が借りたのは玄関を通り階段をあがったところの部屋だった。陽当たりが良い部屋で、窓からは都会の真ん中にもかかわらず美し樹々の緑が見えた。向こうの方に都心を囲む環七が走っているのが見えた。この寮がしばらくの住まいとなるのだ。住まいが決まり久子は本当にホッとしたと思う。私も嬉しかった。

 

 週末には叔父、叔母、そして久子の3人はまるで家族のようにリビングでテーブルを囲んで食事をしていたと後に叔母から聞いた。


 久子がここに住み始めた頃、叔母が『ハイ、これは私からのプレゼント。このリンはお店で一番いい音色だったの。毎朝あの世とこの世を結んでくれる’チーン’よ』と黒塗りの立派な位牌と祈祷用の鈴をくださった。久子はとても感激して、『毎朝職探しにでる前に必ず’チーン’とお参りすると何だか一夫が守ってくれている気がする』と言っていた。


 叔父、叔母には本当にお世話になりました。


 こうして住まいの問題は解決した。

(第2章 ’職探し’に続く)




















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