第26話 お主にやってもらいたいことがあるのじゃ
俺はピクシーの爺さんの口元を見つめる。
「どうしたのじゃ、そんなにワシを見つめて」
そう心配そうに言う爺さんの口元は動いていなかった。
どこかで聞いたことがある。スキルの中には念話と呼ばれる頭の中だけで会話できるスキルがあると。
俺は試しに口に出さずに言いたいことを強く念じてみる。
『聞こえているか?』
「聞こえておるぞい」
『爺さんってもしかして認識阻害のスキルを使っていないか?』
「ほう、よくわかったのう。これは中々高度な魔法なんじゃがな」
これで爺さんが何らかの力による幻覚であるという可能性は消えた。
『一つだけお願いがある』
俺は気づけばそう念じていた。
きっと俺が深層から抜け出せる糸口はこのピクシーの爺さんにある。
『この森から出る方法を教えて欲しい』
「……残念ながらそれをワシは知らんな」
『100年もここで暮らしてきたんだろ? 何か些細なことでもいいから情報はないのか?』
「うーむ……そういえば探索隊が少し前に外に繋がると思われる階段を見つけたと言っていた気がするのう」
『それはどこだ! どこにあるんだ?!』
俺は爺さんの小さな手を縋るように両手で掴む。
RTAの条件でソロでやらないといけない? こんな一歩間違えれば死ぬような状況で律儀にルールなんて守ってられっか。
「そう急かすでない。それにワシは探索隊から詳しい場所を聞いたわけではないから場所の詳細はわからぬよ」
『そうか……それならその探索隊の人に会わせてくれないか?』
「いいぞい」
ピクシーの爺さんは快い返事をする。
なんだ、意外と物分かりがいいじゃないか。
「ガルラ、人間のお客さんがお呼びじゃぞ。姿を現してやってくれ」
爺さんがそう言うと
「ったく……ようやくかよ」
突然、そんな恨み言を吐きながら、何もなかったはずの場所に槍を持った若い男のピクシーが現れた。
『へ? ど、どこから……?!』
もしかして、認識阻害のスキルで今までずっと隠れていたのか?!
やられた! つまり、他にもピクシーが隠れている可能性があるのだ。
もしそうなら、隠れながら一方的に俺を攻撃することができるピクシーたちに対して俺の勝ち目はほぼない。
やけに友好的だなと思ったが、謀ったなこいつ!
「ここからの出口が知りたいのか、人間」
『ま、まあ。そりゃあもちろん』
「そうか……だが、それはできない」
「ッ!……」
「なぜなら、まず俺たちにはメリットがない。それに、10年前、俺たちを襲ってきたお前ら人間に手を貸す義理は全くない」
『襲ってきた? まさか……』
10年前……その言葉で思い出すのは10年前に失踪したSランクパーティだ。
まさか、あのSランクパーティがピクシーをモンスターだと認識して攻撃を仕掛けたのか?!
「確か、Sランクパーティなんて言っていたっけか。その中の五十嵐冬夜っていうやつが俺たちを見つけた瞬間に色々問い詰めてきてなぁ」
そう言いながら彼は俺の方を一瞥する。
なんか、見覚えのある行動だなぁ……。
俺の背中に冷や汗が流れる。
「その後、食料と情報をせがんできてな。まあ、こっちとしても初めての人間だったから友好の印として、そいつらにある程度の情報と食料を提供したぜ……けどな、そいつら、最後には俺たちを襲撃してきたんだ」
『嘘……だろ?』
いや、あり得るのか?
確か元々そのSランクパーティのメンバーは素行や女癖が悪いことで有名であり、過去に学校での虐めや、コンビニでの万引き、詐欺の片棒を担いでいたこともあったと聞いたことがある。
「そのせいで俺たちには大量の被害が出た。特に若い戦士たちの多くは戦死しちまってよ。賢者であるこの爺さんと、その弟子……そして俺でなんとか追い払うことができたんだ」
『……』
何の言葉も出なかった。
いくら素行が悪いと言われていたといえど、そんな酷いことをしていたなんて思いもしなかった。
……いや、もしかしたら彼らはピクシーたちをモンスターだと認識したのかもな。
モンスターは絶対悪、見つけたらできる限り殺すべき……それが今の時代のルールだ。
それはそうと、そんな事件があったのに何故、彼らは俺を殺そうとしない?
俺が一人といえど襲撃してきた奴らと同じ人間……彼らお得意の認識阻害で奇襲すれば簡単に殺せたはずだ。
「おっと、流石にお主もワシらの真意に気づいたか?」
『嘘だろ、まさか……』
俺は少し後ろに後ずさる。
最悪な未来が脳裏をよぎった。
「お主にやってもらいたいことがあるのじゃ」
強者が弱者を殺さない理由、そんなの利用価値がまだあるからだ。
ピクシーの爺さんは『断ったらどうなるかわかってるよな?』と今にでも言いそうな雰囲気だった。
そして、爺さんは思案顔をし――
「頼む、このダンジョンを攻略してくれんか?」
そんな荒唐無稽なお願いをしてきた。
しかし、俺にはそれがお願いの化けの皮を被った命令にしか思えなかった。
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