第25話 見えていない?



「ドロボーッ!!!」


 俺は頭を殴られた衝撃で地面に倒れ込む。


「痛っつう……」


 どうやら俺は何者かに蹴られたようだ。

 俺は蹴られた場所をさすりながら周りを見渡す。


 しかし、周りには誰もいなかった。

 これはもしかして……


「ゆ、幽霊?!」


 気配を感じようとしたが、モンスターの気配も人の気配も全くしない。

 こうなってくると本当にここには幽霊が居るんじゃ――


「誰が幽霊じゃい!!! ここにおるわい!」


 突然、どこからかそんな声が聞こえたきた。

 だが、何度も周りを見渡しても誰もいない。


「ここじゃ、ここ! お前の目は節穴か?!」


「痛たたたたっ!」


 怒り声と共に俺はほっぺたを引っ張られる。

 俺が振り向くとそこには――


「小人?」


 手のひらと同じくらいの大きさの人間が浮いていた。

 彼はその体に相応しい小さなニット帽を被り、口元は真っ白の髭で覆われている。


 しかし、よく見ると人間と明らかに違う点がある……背中から生えている小さな羽だ。


「違うわ! この羽が見えんのか?! それかなんじゃ、お前の住んでいる場所だと羽がついているのは当たり前なのか?」


「あ〜そっか……つまり、小人とは羽蟻と普通の蟻の違いくらいしかないんだな、そうかそうか」


 それなら、小人と大して変わらないじゃないか。

 さてはこいつ、見栄を貼りたいのか、なるほどな。


「待て待て待て、なんだか勝手に納得されているような気がするんじゃが?……一応言っておくがワシはピクシー……妖精族じゃからな?」


「ピクシー?」


 俺は眉を顰める。

 必死で記憶の引き出しを開けていくが、そんな名前のモンスターを聞いたことはなかった。

 つまり、このダンジョンの深層にしかいない希少なモンスターということだ。


 すると、見かねたピクシーのお爺さんが口を開いた。


「勘違いしておるようじゃが、ワシらはそこら辺にいる知能のないモンスターじゃないぞ。ワシらには人間にも負けない知能と人間よりも圧倒的な魔法の技術があるのじゃ」


「へ、へえ……」


 俺の額を冷や汗がつたっていき、地面にポツリと落ちる。


 確かにモンスターの中には偶に人間の言葉を喋る種類、または個体がいる。

 そして、その全てがエンシェントドラゴンや、悪魔などのSランク以上の強力なモンスターたちである。

 もしも、こいつにもそれらのモンスターと同じ力があるとしたら……俺に勝ち目などないだろう。いや、それどころか逃げることすらも叶わないかもな。


「それで、そのピクシーさんはどうしてここに?」


「そんなのわかりきっているじゃろう! お主の持っているその桃じゃ!」


「これ?」


 俺は手の中にある桃へ視線を落とす。


「その桃はワシらピクシーが育てている桃じゃ! 勝手にお主が取っていったからワシは怒っているのじゃ」


 ピクシーのお爺さんは怒り心頭に発している様子で俺の持っていた桃に近づくとそれを掠め取る。

 俺はその様子を見ながら考え込んでいた。


 ……おかしい、明らかにおかしい。

 モンスターは桃の栽培なんて絶対にしないし、人間の言葉が喋れるといってもここまで流暢にネイティブレベルで話せない。

 そして、極めつけはピクシーのお爺さんは怒ってはいるものの武力を使おうとする気配が全くない点だ。


 俺はふと思った。

 本当にこれはモンスターなのだろうか。


「な、なあ、ピクシーのお爺さん!」


「なんじゃ? ワシのことか?」


「あんたは本当にモンスターなのか?!」


 俺がそう尋ねるとピクシーのお爺さんは少し考え――


「……人間の勝手な区別は知らん。ワシらは『妖精族のピクシー』それだけじゃ。それに――」


「それに?」


は詳しいことは覚えとらんのじゃ。妖精族と名乗っているが妖精族が何なのかすらもう覚えておらん」


 どういうことだ。

 ますます謎は深まっていく。


「もしかしてあんた、ボケたのか?」


「ちゃうわ!……この森にワシらが逃げてきた時点でワシらピクシーの全員は今までのほとんどの記憶を失ったのじゃ」


「逃げてきた? 何からだ?」


「それも覚えとらんのじゃよ」


 ピクシーのお爺さんは悲しげにそう言い、俯く。


「ワシらはそれから100年くらい、こうやって桃を育てたり、猪を狩ったりしてゆったり生きているというわけじゃ」


 俺の中の常識がガラガラと崩れていく音がした。


 ピクシーの爺さんは恐らくモンスターじゃない、そして人間でもない。

 俺の知らない未知の生命だ。

 それが奥多摩ダンジョンの深層で暮らしているのだ。


 俺がどうしようか考え込んでいると、視界の端にドローン型カメラが映る。

 そうだ! 配信しているんだった!


 俺は慌ててコメント欄を覗くと絶句した。


“誰と話してるんだ?”

“深層に飛ばされた衝撃で一人で会話してて草”

“ついに頭おかしくなったか”

“もう見てられねえよ……”

“正気に戻ってくれ!”


 視聴者にはピクシーの爺さんの声が聞こえていないし、見えていない?

 もしかして、幻覚や幻聴なのか?

 それか――

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