第20話 よし、未読スルーしよう
「で、どっちなんだ?」
「スゥゥ……」
いや、まさか膝枕してくれた子のお父さんがこのクランのオーナーだなんて誰が想定できるんだよ。
俺は正座したまま、いい言い訳がないか全力で思考を巡らせる。
「あ、あれは不可抗力で……俺が目を覚ました時にはもう既に――」
「――不可抗力? お前、うちの眞白が見知らぬ男に膝枕なんてするわけないだろッ! どうせお前が眞白を脅してやらせたんだろッ!」
今すぐにでも拳が飛んできそうな雰囲気だった。
確かに2回目は脅したみたいな感じだったかもしれないけど、元は膝枕の子――眞白ちゃんがやってきたわけだし……。
あまりにも、理不尽が過ぎないか?
そう言いたい気分だが、今、そんなことを言おうものなら、クラン加入の話は帳消し……それどころか、ありとあらゆる手段を使って俺を殺しにきそうだ。
俺がそうやって途方に暮れていると、一筋の光が差し込んできた。
「お、お父さん! お客さんになんて酷いこと言ってるの?!」
「ま、眞白?! いやこれは妬まし――眞白を守るためにやってるんだぞ」
なんか一瞬、本音が漏れてなかったか?
「お父さん、柊さんが言ってることは本当だよ……も、元は私が間違えて膝枕しちゃったの」
「そ、そんなッ?! 眞白……まさか、お父さん以外の男を自分から誘ったのか?!」
「だから! 間違えて膝枕しちゃったの……それにさ、誘ってないし!」
「そ、そんな……!?」
さっきまで魔王のような風格をしていた大翔さんは別人のように元気を失い、ガクッという音が鳴りそうな勢いで地面に膝から崩れ落ちる。
あんなに怖かった大翔さんをここまで鎮めるなんて。
こ、これが娘の力か……。
俺が感服していると眞白ちゃんがこちらを向く。
「柊さん、お父さんが迷惑をかけてごめんなさい……ほら、お父さんも謝って!」
「なっ! お、俺はこんなぽっと出の男なんかに娘を譲る気はないぞ!」
ええ……何を勘違いしているのだろうか、この人は。
もしかして、俺が今日、眞白ちゃんとの結婚の許可を取るためにここに来たとでも思っているのだろうか。
「変なこと言ってないで謝って! じゃないと私、もうお父さんに膝枕してあげないよ?」
へ?
「そ、そんなぁ!!!」
大翔さんは膝から崩れ落ちた状態で手を地面についた。
え、嘘でしょ。この人、父親なのに娘に膝枕してもらってたの?
横を見ると、緋色さんがあまりの事実にドン引きして、ゴミを見るような目で大翔さんのことを見ていた。
正直、ちょっと大翔さんがキモい。
「眞白の膝枕がないと眠れないのに……」
え、つまり……毎日、膝枕してもらってるってこと?!
訂正、かなりキモかった。
「ほら、お父さんも頭下げて」
眞白ちゃんが大翔さんに、まるで母親が子供を叱るようにそう言った。
大翔さんは苦しそうな表情をしながら頭を少し下げ――
「す、すまなかった、急に怒鳴ったりして……だが! 俺は認めんぞ、こんな薄っぺらそうな芯のない男と眞白が結婚するなんて!」
「「は?」」
俺と眞白ちゃんの声が重なる。
緋色さんは口元を手で隠しながら爆笑していた。
「それに! 君は恐らくまだ、学生だろう?! 私の娘が欲しいならあと5年……いや、7年?……いや、10年か? それくらいしてからにしてもらわないと!」
どれだけ親バカなんだよ。
「ひ、大翔さん……! 違うよ」
緋色さんは笑いを堪えながら大翔さんにそう言った。
「あははっ……ふははっ!……やばい、面白すぎて息が」
しかし、何かがツボに入ったのか、さらに笑い始める。
「お、お父さん……柊さんはそういう理由で来たんじゃないよ。ていうか、私と柊さんはそういう関係じゃないし!」
「嘘だっ! 膝枕なんて恋人同士でしかやらないものだろッ!」
「――ふぇっ?! そ、そうだったの? じゃあ私、今まで――」
途端に眞白ちゃんの顔が赤くなり始める。
あ、ついに気づいてしまった。
眞白ちゃんはトマトよりも赤い色で顔を染めると、プシューという音が鳴りそうな勢いで力を失い、ふらふらと地面に倒れ込む。
周りを見渡すと、そこには地面に倒れ込んだ眞白ちゃんと、怒りと嫉妬に支配された大翔さんがいた。
「ごめんなさい、柊さん。今日はもう多分、あの二人、両方ともまともに会話できないと思う……」
緋色さんは一通り、笑い終えたのか普通のテンションでこちらに向き直し、申し訳なさそうにそう言う。
「だから、また日を改めさせてもらってもいいかな」
「まあ……」
「じゃあ、また別の日に連絡するからよろしくね」
この時、俺は既に決めていた。
よし、連絡を未読スルーしよう。
そして、どこか別の場所に引っ越そう。
真実に気づいてしまった眞白ちゃんとは気まずいし、敵視されてる大翔さんには無茶振りとかされそうだし……正直、当分、クランはいいや。
俺は決意を固め、意気揚々と帰宅した。
さてと、明日の配信はモンスター狩りにしようかな。
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