第8話 ダンジョン協会
「疲れた……」
俺はダンジョンから出て、小さくため息をつく。
わざと最初から本気を出していなかったとはいえ、まさかあんなに速くブレスが迫ってくるとは思わなかった。
スキルの詠唱があと0.1秒でも遅かったら俺の顔面は悲惨なことになっていただろう。
「でも、頑張った分、いつもより多く投げ銭貰えたからな」
今回はいつもの大体、1.2倍くらいの投げ銭が手に入った。
よし、久しぶりに贅沢でもするか。
俺がそう思っていた矢先であった。
――プルルルル
スマホに電話がかかってきたのだ。
誰だろうか、友達か?……いや、ないな。
スマホを確認するとそこにはよく見知った名前が表示されていた。
『お世話になっております、こちらダンジョン協会本部でございます。柊さんでお間違い無いでしょうか?』
そう、探索者なら誰しも関わりがある組織――ダンジョン協会だ。
「お世話になってます、柊で間違いありません……上野さん、ですよね?」
俺はその女性の声に聞き覚えがあった。
いつも俺が利用しているダンジョン協会に併設されたモンスターやダンジョン関連の資料を確認できる資料室――そこでよく俺に親切にしてくれる受付嬢の声とよく似ていたのだ。
『私のこと覚えていてくれたんですか!』
「ええ、勿論ですよ。いつもモンスターの資料を探している時に声をかけてくれてありがとうございます」
『いえいえ、優秀な探索者をサポートするのは私たちダンジョン協会の役目ですよ……まあ、柊さんは探索者登録をしていないので、あまりこちらがサポートできることも多くないのですが』
「それはなんというか、すみません」
『そこでなんですが、その件も含めてダンジョン協会で柊さんのことが話に上がりまして……なにせ、Aランクモンスターをソロ討伐できる上に、火竜のブレスに打ち勝つことのできるスキルを持っている極めて優秀な人材でございますから』
「あはは、ありがとうございます」
まさかの今日の配信を見られていた。
今日はいつもよりも暴れたため、少し気恥ずかしい。
『そこで我々ダンジョン協会から柊さんにお願いしたいことがありまして』
「お願いしたいこと、ですか?」
俺は探索者登録していないため、そこまで他の探索者に比べてダンジョン協会との関わりが薄い。
それなのに俺を名指しで頼み事とは一体なんだろうか。
『実は柊さんがいつも活動している西東京ダンジョンのモンスターが最近、特殊な動きをするようになっているんです』
「特殊な動き?」
俺は今日のダンジョン探索を振り返ってみるが……特に変なことなんてなかった。
『例えば、低級モンスターであるオークが連携してきたり、第1層でいつもより沢山のゴブリンが出現したりです。この特殊な動きは主に上、中層で報告されているので柊さんは遭遇していないのかもしれません』
「それは……スタンピードの予兆では?」
スタンピードとはモンスターが大量出現し、それに伴ってモンスターが階層を移動するというダンジョン内における異常現象である。
スタンピードの予兆の代表的なものとして挙げられるのが上、中層でのモンスターの数の増加だ。
『ええ、私たちもそれを疑ったのですが、どうやら第1層以外ではモンスターの大量出現は確認されていないのです』
なんだそれ、第1層だけモンスターの数が増えるなんて聞いたことがないぞ。
「では、俺は西東京ダンジョンの上層を調査すればいいんですね?」
『いえ、そういうわけではないのです。ダンジョン協会としては、これらモンスターの特殊な動きはスタンピードの予兆に値しないとして依頼を出すほど重要視していません。今日は柊さんには今後、何か些細のことでも構わないので変わったことがあればダンジョン協会に報告してもらいたく電話しました』
「わかりました、では何かあったらこの番号に電話しますね」
『ええ、ありがとうございます。今はいつも西東京ダンジョンを利用しているAランクパーティが軒並み別のダンジョンに出払っていまして、西東京ダンジョンの下層で活動している探索者は柊さんだけだったので助かります』
そういうことか。
俺は別に正式な探索者ではないため、そのようなことをダンジョン協会に報告する義務はない。
けれど現在、下層でモンスターを狩るのは俺一人だけなので俺にも協力を求めたってわけだ。
『それにしても、柊さんは配信と違ってオフだと丁寧な方で助かりました』
突然、上野さんがそうぶっ込んできた。
「い、いやだなぁ。流石にダンジョン教会の人には怖くてモンスター相手みたいに喧嘩売れないですよ」
『ふふっ、そういうことにしておきます。では本日の件、よろしくお願いします』
彼女がそう告げると電話は切れた。
上野さん、完全に俺がわざと狂人のフリをしていることに気づいていたな。
……まあ、仕方がない、流石に配信外でも狂人のフリをしていたらそれは本物の狂人になってしまう。
「さて、贅沢をするんだった」
そう呟いて俺が向かったのはコンビニのスイーツコーナであった。
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