第7話 な、なんだよお前ら、俺の心配してんの?



「〈ショックブラスト〉」


 火竜のブレスと〈ショックブラスト〉が衝突した。

 圧縮された風の塊は目前まで迫ってきていたブレスを蹴散らさんと前方に向かって大きく破裂する。


 ――ボォォォォン


 辺り一面が〈ショックブラスト〉によって吹き飛ばされた炎で覆われ、衝突の余波で体がズリズリと後ろへ動かされる。

 しかし、どうやら〈ショックブラスト〉はブレスに相殺されたようで


「GYAOOOOO!」


 すぐさま、またブレスが俺を襲ってきた。

 さらに今度のブレスはさっきのよりも速く、威力が高く見える。


 火竜に勝つためにはこの高火力のブレスを押し返し、そのまま火竜に攻撃を当てて、攻撃を中断させなければならない。

 そうしない限り、火竜は体力の続く限りブレスを放ち続けるだろう。


「はっは! こういうのを望んでたんだよ!」


 嘘です、本当は今すぐ逃げたいです。

 ショックブラストで弾き飛ばすことによってなんとかブレスの直撃は避けているもののチリチリと肌が焼け続けている。

 それが地味に痛く、俺の動きを鈍らせるのだ。


 だが、逃げれば俺が正気であることが視聴者にバレ、視聴者を騙していたとして俺は登録者30万人の恨みを買うだろう。


 そんな崖っぷちの状況で俺がすることはただ一つ。


「〈ショックブラスト〉!」


 こいつと戦って勝つ。

 俺はさらに力を込めて〈ショックブラスト〉を放つ。


 ――ボォォォン!


 しかし、さっきと同じようにブレスと相殺されてしまった。


「ならば最大出力でやってやんよ」


 俺は間髪入れずに俺の出せる最大出力の〈ショックブラスト〉を叩き込む。

 風の塊はぐんぐん業火の中を突き進んでいき――


「っ……!?」


 爆発した、火竜に届く前にブレスの圧に耐えられずに。


“え……?”

“最大出力なんて嘘だよな?”

“あーあ、調子に乗り過ぎたな”

“ざまぁ、やっぱ脳筋はいつかやらかすと思ったんだよな”

“多分、柊は知らんと思うけど火竜のブレスって溜めが長いだけあって、Sランク探索者も簡単に殺せる威力あるんだぜ?”


 一度押し返された火竜のブレスは俺の隙をつくように先ほどの何倍ものの速さで俺に迫ってくる。

 俺は急いで〈ショックブラスト〉を発動しようとするが、そのために必要なスキル名の詠唱が明らかに間に合わない。


「ショッ――」


 もう、ブレスは目と鼻の先に迫ってきていた。


 世界がスローに感じる。

 今から俺は死ぬのか?


「――ク」


 詠唱を半分までしたところでブレスは俺の鼻の先に届き、鼻を焦がした。


 配信を見ている誰もがこれから起きる惨状を確信した。

 何度目かわからない推しの配信者の死に絶望したり、ただ指を咥えて見ることしかできない悔しさで拳を握ったり……中には自分よりも人気者が死ぬことに喜ぶものもいた。


 ついに炎のブレスは俺の顔を包み込み――


 霧散した。


「残念でしたー! 火竜君、俺が死ぬと思ったか?」


〈ショックブラスト〉……それは圧縮された風を放つだけのユニークスキルだ。

 しかし、使い方次第では自身を加速させたり、体内に撃つことで敵をぐちゃぐちゃに内側から破壊させたりできる。


 この半年でそんな万能な〈ショックブラスト〉を俺が強くしないわけがなかった。

 しかし、俺が強化したのは威力だけではない。


「〈ショック〉」


 半分しか詠唱していないにも関わらず、俺の顔の前に風の塊が生成される。

 スキルを使って戦う探索者にとって詠唱というのは一番の隙である。


 だが、その詠唱はスキルの熟練度次第で半分にまで減らせるのだ。

 そこまで熟練度を上げるのは結構大変だから、それができる人は殆どおらず、そもそも存在自体を知らない人の方が多いだろう。


「こちとら、一年半ほぼずっと同じスキルばっかり使ってきてるもんでな」


 再び襲ってくる炎のブレスを前に俺は両手を突き出す。


 もうこれでファンサはおしまいだ。

 ここからは全力で潰してやろうじゃないか。


「〈ショック〉〈ショック〉」


 俺は短縮詠唱でいつもの2倍の速さで〈ショックブラスト〉を放つ。

 まだだ、これで終わりではない。


「〈ショック〉〈ショック〉〈ショック〉〈ショック〉」


 0.5秒間隔でマシンガンのように〈ショックブラスト〉が火竜に飛んでいく。

 それも、全てが俺の最大出力である。


 火竜のブレスは徐々に押し返されていき、ついに全てのブレスを打ち消した。


「〈ショック〉」


「GYAOO!!!」


 体力の限り、炎のブレスを打ち尽くした火竜は回避行動をすることもできずに〈ショックブラスト〉が口の中に直撃した。


 口の中に入り込んだ風の塊は火竜の口内を蹂躙し――


 ――パァァァァン


 内側から火竜を破裂させた。


「っしゃぁぁぁ!!! 勝ったぞ、火竜のブレスに正面から勝ったぞ!」


 うぅ……実は結構、死ぬかと思った。

 俺はカバンからポーションを取り出し、少し焦げた顔面にかけるとたちまち治っていく。


 さあ、どうだ。我ながら最高のドキドキハラハラのエンタメを提供したんじゃないのか?

 俺はコメント欄を確認すると――


“よ゛がっだぁぁぁ、死んでなかったぁぁぁ”

“お前マジでざけんなよ”

“また、推しを失くすかと思った……”

“ヒヤヒヤさせんなカス”

“あともうちょっと遅かったら柊兄貴の救助依頼出すところだった”

“最初っから使えよそれええええ! マジで心配したじゃねえかッ!”


「え、えっと……な、なんだよお前ら、俺の心配してんの?」


 てっきり、『うぉぉぉぉ』とか『流石兄貴!』とか『柊最強!』とか言われるのかと思ったら予想の何倍も心配されてて反応に困るんだけど……。


“たりめえだろ”

“誰であっても推しの配信者に死んで欲しいわけがなくない?”

“もうちょっと命大事にしてくれると助かるんだけど”

“お前、やっぱ狂ってるわ、まあそこがいいんだけど”


「そ、そうか」


 俺は照れそうになる顔をカメラに映さないように、顔を逸らして誤魔化すように火竜の死体を見る。


 ドロップ品は……火竜の火袋と鱗、あと魔石か。

 どうせ拾えないのだが俺は狂人のフリができるようになるまで、じっとそれらを見つめていた。




 ――――――


【スレッド:狂人バーサーカー配信者柊について語ろうか】


 313 名無しの狂人ファン

 流石に今回の配信はひやっとしたわ


 314 名無しの人

 マジで驚かせんなよォォォ、また推しを失くすかと思った


 315 名無しの探索者

 でも、短縮詠唱ってエグくないか? Aランクの探索者でも殆どできない技だぞあれ


 316 名無しの狂人ファン

 >315 そもそもなにそれ


 317 名無しの探索者

 >316 最大半分まで詠唱を端折れるんだよ、相当そのスキルの熟練度高くないとできない


 318 名無しの狂人ファン

 流石、柊だわ


 319 名無しの人

 でも、最初っから短縮詠唱してて欲しかったわ……心臓止まるかと思った


 320 名無しの探索者

 >319 まあ、柊はバーサーカーなとこもあるからギリギリで倒したかったんじゃない?


 321 名無し

 >320 それかエンタメとしてギリギリを演出したとかな


 322 名無しの狂人ファン

 >321 兄貴に限ってそれは無いだろ、狂人だぞ?


 323 名無しの探索者

 てか、今日、なんか火竜倒した後で視聴者に心配されてちょっと照れてなかったか?


 324 名無し

 >323 だよな? そう見えたの俺だけかと思ってた


 325 名無しの狂人ファン

 >323 実は俺もそう思ってたんだよ


 326 名無しの探索者

 案外、柊ってまともな心持ってるのかもな


 327 名無しのファン

 あれ、まともな人って笑いながらモンスター轢き殺すっけ……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る