〈 6の1 〉

『魔物なんてこの世には存在しない』

 そんなものはいない。霊的なモノなんてこの世には存在しないと思っていた。魔物とか幽霊なんて、夢や空想、書物の中にだけ存在するのだと。


 だけど、今は考えが変わった。魔物は間違いなくココに存在している。そう、人間こそが魔物であるのだと。


 左横の窓ガラスから見えるのは、揺れる木々と雲が光の全てを包み込んで隠す夜景。

 目立つのは、外の風と私の足音ぐらい。

 静寂した空気が辺りに漂う。

 時刻は深夜。

 騒音からは遠くかけ離れた山奥での無音に等しい世界。

 その中で目立つ笑い声。

 風も確かに笑っているのだろう。そのことに違いはないと思うが、風と共に他のモノが笑っているといった表現が正しい。

 それは風を発生させるモノ。忌み嫌われているモノ――恐れの対象。

 人が寝静まる時間に、別の生き物の存在――生き物と呼べるとは分からないが、意思を持ったナニかがこの土地には住み着いている。それが動き出す。

 肉体は朽ちていようとも怨念を撒き散らしながら自分の首を探すナニか。影のように闇に潜みながら獲物を探しては捨てていくモノ。

 

 刃を磨く。首を落とせるまで。

 殺意を尖らせる。相手の守りを突き破れるように。


 笑っているように聞こえるのは、そのモノのせいなのか、この場所がそうさせるのだろうか?

 首狩り天狗が祀られている土地であり、数年前に複数の殺人事件があった場所。そしてまた連続殺人を起こす場所。

 今度は私の手と意思によって。


 通路の角を左に曲がったところで、私の心臓が大きく打つのを感じた。あと数メートル。動機が激しくなる。静かすぎる空間に場違いほど激しくなるビート音。眠りに就いているはずの他の者たちに起きて来られるのは拙いし、私が部屋に入るまでに彼女が部屋から出てしまうのも拙い。この大きな鼓動をなんとかしなくては――、

 深呼吸。大きく息を静かに吸うが、逆にその呼吸が私を苦しめる。

 私は目を瞑り、逆に息を吐きながら、その反動でゆっくりと細かく空気を取り込む。徐々に落ち着き、気分が楽になる。

 冷静に考えれば、心臓の音がそんな遠くまで聞こえるはずもないし、強制的に眠りにつかされた者たちが起きてくるわけがない。

 

 小説の中の殺人者や実際に犯行を敢行する彼らは、どんな精神状態なのだろうか? 私の情けない今の状態と、心境と似ているのだろうか?

 自分意思を貫き通すということは、他人を意思という刃で貫くという意味でもある。最悪な事故、死という結末――死が最悪のケースだとは必ずしも言えないが、重い結末であることは事実――を相手に与えても最後まで意思を持続出来るのか。質の悪い覚悟ではたり得ない。想いの強さ、密度の濃い覚悟でなくてはならない。

 だが、今はどうだ? このザマは?

 連続殺人をするための意思と行動が、最初の一人目でぐらついてしまってはいけない。答えを求めるための計算で、数字を書き間違えてしまうようなものだ。

 無理やりにでも結果は出さないといけない。そのためだけに生きてきたのだから。死の結末からアイツラ逃がすわけにはいかない。

 鋼の意思、ミスに動じない柔らかい適応力、ロボットのような細かい手順。全てが無理だとしても、計算が間違えても答えという結果だけは正しく出さないといけないのだから。


 扉を開けるとそこには二人目・・・の犠牲者。


 そして、私の体の中でスイッチが切り替わる。

 

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