お堂

壱原 一

 

そのお堂おがまない方が良いですよ。


ああ。いえ。すみません。あなたお見掛けしない方だ。この辺りの方ではないでしょう。ここらにそのお堂を拝む人は居ません。


格好いいバイクですね。ご旅行ですか。お1人で。ははあ、それは随分とおくから。でしたらご存じないのも当然です。そのお堂は拝まない方が良いです。


事故で亡くなられた方の供養にお地蔵様を祀っているお堂です。この道路で不幸に遭われて、ほら、下の用水路へ。流れの中へ俯せに落ちて、土手の藪に隠れてしまって、見付かるまでに、かなりあって。


だからって訳ではないでしょうけど、何度も事故が起きるようになって、ガードレールや外灯なんか何遍も修理されました。


一面たんぼだし、用水路もありますから、霧が出やすいんですね。


それでこう、こんな田舎でしょう。夜は真っ暗で。車や何かが通って、風で霧が動くと、外灯も1つきりしかない所為で、誰かが居るとか、横切ったとか、ガードレールや外灯をね。見間違えてしまう。


あと…まあ、ご家族や友人がずっと心配して探し回っていたので、その方が見付かってから、とても心を痛められて。


入れ替わり立ち替わり、お花やらお供えやら、お線香に色紙ですか。どっさり欠かされませんでした。それもこう、目を引いてね。


もちろん当たり前の人情ですけどね。ただ、実際、いろいろ物が積まれて、特に夜、霧の中でひらひらしたり、反射したり、つい気を取られてと言うのもあるだろうと。


それで、諸々をひっくるめて、お堂を建てたんです。良かったと思いますよ。確かな物が建って、弔いの人達の気持ちの拠り所にもなったのか、物を持ち寄るのが減って、来るのも少しずつ休み休みになって。


何年も掛かりましたが、最近ようやく安らいだようで、事故は無くなりました。


なんだかんだいつまでも人が来ていたら、当人だって出迎えに留まらなくちゃいけなくて、折角りっぱなお墓があってもおちおち引っ込んでいられないと言うか。


さぞ無念だったろうとか、会いたいとか、寂しいとか、さめざめしくしくされると、そんなの自分こそ堪らなくなって、伝えよう応えようと躍起になるでしょう。


勢い付いて力が増してしまう。


だから拝まない方が良いです。


別にさっきのはたとえ話で、本当にその人がそうと言う訳じゃないですが。何年も何年も欠かさず来ていた人達がやっと全員消えたのに、また手を合わせて祈られたら起きてしまうと思いませんか。


そんな訳は無いですけどね。もしそんな事があったとしたらの話ですよ。あるわけ無いじゃないですか。もう死んじゃったんだから。


そうじゃなくて、掛かった労力や手間の話です。お堂を建てて、お地蔵様を祀って、友達、恋人、みんな励まして前を向かせて、親まで見送ったんですよ。


分かりますか。大袈裟なようですけれど、人生を費やしてきました。親友だからこそです。


そもそもわざとじゃなかった。霧が濃かったし、藪に隠れて良く見えなかった。俯せにぷかっと浮かんで動かない。死んでると思っても仕方なかった。


死んだと思ったし、暗くて周りに誰も居なかったから。


でも充分つぐなったと思いませんか。


どれほど経ったと思ってるんだか。少しでも意識を向けられると、誰彼かまわず訴えようとするんです。


わざとじゃない。冗談で、ちょっとって。事故で、仕方なかったのに。


だから拝まない方が良いです。


寝た子を起こすな。藪をつつくな。余計な真似をして済んだ事を掘り返さないでください。


迷惑です。


こんな夜中に。


――え?


なんですか。


転倒しただけ?


バイクで。


見たり聞いたりしてないんですか。


ああ…そうですか。


じゃあさっさといってください。



終.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お堂 壱原 一 @Hajime1HARA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ