第15話 しらゆりちゃん。
少し私の話を聞いてもらいたい。
私の名前は白戸 小百合。しがないフリーのミキサーだ。ミキサーという裏方の仕事ではあるが、「しらゆりちゃん。」という名義で活動している。いわゆる芸名みたいなものだね。これでも多少は有名なんだぞ?いや、もはや有名だったって言うのが正しいのかな?
私が高校生の時、自分が作曲した曲をAIが歌ってくれるソフトが流行ったんだ。自分で歌うわけじゃないから、歌が苦手な人でも人に曲を聴いてもらえたり、そもそも歌を歌ってくれるAIが画期的だったりと、流行ったのには色んな要因があると思うけど、やっぱり1番大きな要因は機械音であるが故に、調整次第では男性が歌っているように聞こえることでは無いだろうか。
そんな背景もあり、このソフトは爆発的にヒットした。動画投稿サイトにも日々沢山の動画が投稿され、たくさんの人を魅了した。
わたしもそううちの一人。なんとなくおすすめに出てきた動画を見てみたら一瞬でハマってしまった。
そこからはボーカルアンドロイド、略してボカロの世界に没入して行った。そして色々と調べたりするうちにいつの間にかミキサーに興味を持つようになった。そんな私が高校卒業後、音響系の専門学校に進学したのは自然な事だった。
音響の勉強は楽しかった。好きこそ物の上手なれとはよく言ったもので、いつしか私は同級生の中でも優秀な成績を修めるようになった。
自分の学びたい事と好きな事、自分に向いている事が一致したからこそ、こんなにいい成績に繋がった。本当に私は恵まれていると思った。
2年生になった。
専門学校は2年制なので今年は就職活動を見据えて、みんな気合いが入っていた。私も負けないようにみんなと切磋琢磨しながら、日々を過ごした。
そして無事に内定が決まった。しかも学年全員が、どこかの会社でミキサーや、サウンドエンジニア、劇場や結婚式場等の音響スタッフとして就職が決まったのだ。これがどれほど凄いことか、分かるだろう?専門学校に通ってどんなに学んだとしても、希望の仕事に就くのは簡単じゃない。夢半ばで、道を諦める者も少なくない。そんな中、学年全員が働きたい業界で働くことができるようになったのだ。これほど喜ばしいこともないだろう。私達はより良いものを作ろうと、毎日毎日みんなで話し合ったり、時にはぶつかったりして切磋琢磨してきた。悔しい思いも沢山した。心が折れそうになった時もあった。でも、いつでも仲間がいてくれた。だからこそ、みんなで確実に1歩1歩上を目指せたんだ。本当に感謝しかない。
私はとある音響制作会社に内定が決まった。業界でもそこそこ有名な企業だ。大手企業に内定が決まったのは私が初めてだったらしく、先生方も仲間たちもとても喜んでいた。まるで自分の事のように。本当に、最高の2年間だった。
春、私は内定が決まった音響制作会社に入社した。新人研修を終え、配属チームも決まり、そこでの仕事のやり方を教わる。これから私もプロのミキサーとしての自覚を持って仕事に取り組まなければいけない。肩に責任という言葉がのしかかる。でも、あの2年間で学んだことを忘れなければ、きっと大丈夫!
チームに入ってしばらく経った。今はお勉強として、チームリーダーから貰った宿題をしている。注文通りに課題をちゃんとこなせるかを確認し、仕事を任せても大丈夫かの判断をするためのテストでもあるので気合いも入る。
テストは難なく合格した。これで今日から私もお仕事を任せてもらえる。私のミスはチームの、会社のミスになる。気を引き締めなきゃ。
私が入社して、早いものでもうひと月が立とうとしていた。ようやく仕事にも慣れ、振られた仕事もこなせるようになってきた。そして先日、会社が音響制作の依頼を受けていた作品が完成し、もうまもなくオンエアされるそうだ。ほんの少しだが、私も関わらせてもらった。そのため、私の名前もクレジットに乗せてもらえるらしい。とても光栄な事だ。
その時上司に聞かれた。クレジットに載せる名前は本名にするか、名義にするか。悩んだが、私は名義を使うことにした。名義の名前は「しらゆりちゃん。」同僚たちが付けてくれたあだ名だ。本当に少ししか関わっていない作品だが、こうして自分の名前が乗ることになると、音響の業界に入ったことを改めて実感した。
数日後、例の作品がオンエアされた。私は本当にお手伝い程度で音質のチェックや調整をしていたので、どんな作品なのかは知らなかった。
作品はどうやら15分のショートアニメーションのようだ。エンディングのクレジットに、私の名前が流れた。こんなに嬉しいことは無い。
ここだけの話、嬉しくて泣いてしまった。
もっともっと頑張って、私の名前を見ない作品はないってくらい売れてやる!
そんな夢物語のような目標を冗談半分ででもそれと同じくらい本気で掲げてみたりした。
それくらい私の人生の大きなターニングポイントになった。
それからも振られた仕事を確実にこなす日々。大変だけどとても充実していた。
そんな時、上司が私に聞いてきた。5分アニメの音響の仕事をやってみるか?と。
何でも他に大きなタイトルの仕事を抱えていて避ける人員が居ないらしい。そこで新人の私に仕事が回ってきたというわけだ。
もちろんやらせてくだい!と返事をして、作品の設定や世界観などが書かれた資料を読み込んだ。今思えばこの時がいちばん地獄だったかも。でも、同じくらい充実してた。
寝る間も惜しんで制作に没頭した。
その甲斐あって自分でも納得のいく出来になった。同僚や上司、クライアントからの評判も良かった。
アニメがオンエアされた。
その反響が予想外に大きかった。
特に音楽が良かったというコメントが多く見られた。私も時折SNSで評判を見ていたが、ここまで大きい反響ははじめてだ。これがバズるってやつなのかな。
でも、自分が作ったものを褒めてもらえるのは本当に嬉しい。
この経験は私にとって大きな財産になる。もっと頑張ろう!
そう、思っていた。
その日から、私はまた雑用のような仕事しか任せて貰えなかった。どんなに手が空いていても仕事を振って貰えない。沢山話しかけてくれた同僚や上司も、どこかよそよそしい。というか、時折敵意?のようなものも感じる気がする。
そして、会社の人間達があからさまに態度を変える事件が起こった。
ある日私はミスをしてしまった。とは言っても、報告書に誤字が1箇所あった程度の小さなミスだ。そのことに気づいたチームリーダーに呼び出され、3時間以上罵声を浴びせられた。確かにミスはしてしまったが、これ程に怒られるものだろうか?取引用の書類でもなければ、重要な書類でもない。言ってしまえば、今日の業務内容を記した日誌のようなものなのだ。
それが、顔に出ていたのだろうか。リーダーは更に罵詈雑言を浴びせた。
次第にリーダーだけでなく、主任や先輩、同僚、後輩までもがその輪に加わり、私は会社で完全に孤立した。この会社に私の味方なんて一人もいないのだと痛感した。
腹は立ったが、何を言い返しても無駄だろう。でも、私にだってプライドはある。タダで殴られるほどお人好しでは無い。その日から、周りからの嫌味や罵倒などは録音して記録に残した。音声だけだと、言い逃れされそうなので、探偵が使う本格的なスパイカメラを買った。このカメラは眼鏡にカメラが内蔵されているタイプだ。パソコン作業の時、私はブルーライトカットメガネをかけているので怪しまれることは無い。そうしてただひたすら嫌がらせに耐え続けた。
そうしていると、ついに私も我慢の限界が来た。私はブチギレて、部長の机にに退職届を叩きつけた。ここで辞めるのを阻止しようとしてくるのなら、私が今まで集めた証拠を世間にばら撒き、こいつら全員を地獄に送ってやろうと思っていたが、思ったよりもあっさり辞められた。
そうして私は無職となった。しかし、食っていくためには金がいる。ということでフリーのミキサーになった。しかし思うように仕事が来ない。そうしてあれこれ忙しく動いてみた結果、元勤め先の社員たちが、私に仕事が行かないよう、影で細工していることが判明した。業界的に言えば干されるってやつだ。
でも、会社という後ろ盾を失った私にはどうする事も出来ない。どんなに私が正しくても、あの会社が私が悪い、そんな奴を使わない方がいいと言えばそうなってしまう。
こんなことで私は夢を諦めなきゃならないのか、そう思うと悔しくてたまらなかった。
見返してやりたい。自分を馬鹿にしたあの会社も、同僚も、何もかも!
でも、私にはその力が無い。どうしようもないのだ。
そんな時だった。一通のメールが、私の仕事用のアドレスに届いていた。
何にせよありがたい。どんな仕事でも今の私には貰えるだけでも助かる。
そう思いメールの内容を確認して、私は驚いた。
メールの主は矢ヶ崎さんという人。そしてその人はあのシオミズチャンネルのマネージャーをしていると言う。シオミズチャンネルと言えば今や知らない人がいないほど有名になった動画投稿者だ。私もエンタメの世界にいる者としてもちろん認知している。突如現れた男性動画投稿者、しかも自分で歌まで歌うとなれば、世の女性達が熱狂しない訳が無い。
あのクソみたいな会社にも、ファンだと言っている人間も多かった。
そんな人のマネージャーが私になんのようなんだろうかと思いメールの内容を確認して、またもや驚く事になる。
なんと、シオミズチャンネル専属のミキサーを探していて、興味はないかとの事だった。一瞬理解が出来なかった。あまりにも出来すぎている。あの会社の嫌がらせかとも思ったが、今の私には迷っている余裕はない。藁にもすがる思いでメールに返信した。
「是非やらせてください!」と。
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