待ちかねた魔王は勇者を探す旅に出た

ラッセルリッツ・リツ

Ep.1:あ゛ー! いつになったら勇者来るんだよ!! もう魔法全部マスターしちゃったよ!!

 僕が事故で死ぬ直前までやり込んでいたゲームがあった、『ダースクエスト12』 プレイヤーが勇者となって魔王を倒すために旅をするゲームだ。

 長い旅の過程で主人公は仲間と出会い、ともに冒険を楽しみながらも、各地の異変を解決し、勇者として覚醒していく。様々な強敵と戦いに一喜一憂して、最後の敵である魔王を倒したときには、その達成感と嬉しさを噛みしめ、けれども今までの冒険を振り返っては悲しさに溢れる。

 ああ、なんと素晴らしいゲームだろうか、未だに思い出しては泣いてしまいそうだ。もう一回やりたい。生まれ変わってもう一周だけプレイしたい――――のに、


 「魔王様、突然泣いてどうかされましたか?」

 「ああ……お前を倒すのには苦労したなって思って」

 「世迷言でしょうか?」

 「なんだ、こんな魔王じゃ世も末ってか? むしろ俺たちにとっちゃ希望に溢れてるだろ!!」

 「ピアリク! あーピアリク!!」


  軍師モローは魔王ゾルドにピアリクを唱えた!! しかし、効果はないようだ――――あ、しかしMPが足りない!

 

 「アホか、俺は正常だ! あと唱えすぎ、緑色のエフェクトが喧しい!」

 「そうでしたか。それなら早くそうと。おかげでこっちはしばらく魔法が使えません」

 「なんだと? 魔法が使えない?」

 「ええ、だから勇者が来たらピンチですよ!!」

 「ヤバい!! 急いでプランBを用意しないと!!――――ってこれ何回目だよ」

 「ちょうど五万六千七百八十九回目です」

 「数えなくていいよ。はぁ……」


――――俺は魔王に転生した。転生って何? しかも魔王? って最初は困惑しすぎて魔王城を塵にしそうになったが、でも魔王ってカリスマあってカッコいいし、一番強いじゃん、カッコいいじゃんって考え方変えて、魔王に専念したんだ。

 勇者が来たときにちゃんと戦えるように毎日剣の稽古は欠かさなかったし、難しい魔法使ったら勇者驚くよなって一杯勉強したし、どんなセリフ言ったら勇者が怖がるのかなって色々考えて――――十年、二十年――――もう五十年経った。


 「あ゛ー! いつになったら勇者来るんだよ!! もう魔法全部マスターしちゃったよ!!」

 

 玉座の間、広い広い、そして暗い暗い玉座の間。床はピカピカ、毎日掃除してる。いつ来てもいいように毎日箒で掃いてる。てかもうそれくらいしかすることなかった!

 

 「今日は元気ですねぇ~魔王様、あーピアリク! もういっちょ!」

 「止めろぉ!!」

 「そうですね、勇者が来たら――――」

 「もうそれ五万六千七百九十回目! 勇者来ねえよ!!」

 「いつの間にか勇者をお祓いする呪文をマスターしていたとは、さすが吾輩、軍師万歳!」


 玉座の間に二人きり。不機嫌に頬杖と貧乏ゆすりする俺、魔王ゾルドと、何故か笑顔で万歳してる軍師モロー。

 今日も一日、何も起こらず、来るかもわからない勇者を待つ――――ホント、いつになったら倒しに来るんだ?


 「あー、もうしんどいわー、なんで来ないんだよー」

 「まぁまぁ魔王様、そんな焦らずとも、たったの五十年ですよ。魔族の我々にとっては些細な時間でしょう? 気長に待ちましょうよ」

 「些細な時間かー、でもRTAの最短記録4時間だぞ? 平均クリア時間30時間だぞ? 五十年もかかんねえよー」

 「なるほど、ちょっと何言ってるかわかんないですけど、勇者も用心深いという事でしょうか?」

 「用心深い? 用心深い……そうか! 一番最初の村のスライムだけでレベル99まであげてるのか! だから遅いんだ! なるほど!」

 「そうそう。あっちは人間、しかも勇者、我々の考えに無いことをしてくる可能性はありますよ! 大いにありますよ!!」

 「そうだよな! 勇者だもんな!」

 「そうですとも! あっちは勇者です! となればこちらも準備せねば、ささ、久々に魔法の特訓でも――――」

 「だからもう全部覚えたわ! てか五十年もあればとっくにレベル99に達してるだろ! 全部のステータス999でもおかしくねえよ!」

 「ま、魔王様!? ピアリク!!」


 モローがまた俺にピアリクを唱えてるが、もちろん効果はない。この怒りと嫌悪と憎しみと、その他いろいろな感情が呪文の一つで消し去れるわけがない。消し去っていいわけがない。

 もしも目の前にあるあの扉が少しでも開いたら、勇者でなくても城ごと吹き飛ばしてしまいたいくらい、こっちは待ち草臥れてるんだ。毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、退屈なんだ、もう飽き飽きなんだよ――――せっかく魔王になったのに、これじゃただ引きこもってるだけじゃねえか。


 「あーなんかもう、いいわ。辞めだこんなの!」

 「どうされましたか、魔王様?」

 「どうされた? ああ、あっちが動かないならもうこっちも待ってられない。人間どもを根絶やしにしてやる!」

 「ま、魔王様! ついにやるのですか!」

 「ああ、やってやるとも」

 「では命令を!」

 「よし、じゃあ命令だ!」


 魔王の眼光、その隻眼。王ゆえの貫禄、我が身を包む闇のオーラ。

 魔王は下に使える者共へ命令するとき、夥しい気迫と威圧感を纏う。それはまさに征服者のカリスマ。支配者の権力。

 玉座の間はさらなる暗闇の霧に包まれ、その場にいる者に、また訪れるものに服従を強制する。


「魔王軍師モロー! 魔王将軍共! 出てこい! そして聞くがいい! 我らは今から!! 人間どもを一匹残らず殺戮し――――――――あれ? 魔王将軍共??」

「あ、魔王様、魔王将軍全員、現在席を外してます」

「……は?」


 せっせと、すぅーっと、暗闇の霧も闇のオーラも帰ってしまった。シャンデリアはびっくりしたのか、明かりを灯していた。


 「え? いない? 嘘だろ? 第一将軍のトビーは?」

 「現在、東の国で剣の特訓中です」

 「じゃあ第二将軍のブラフォードは?」

 「現在、西の国で王政を」

 「だ、だったら第三将軍のラリア――――」

 「現在、バカンスを。他、上からアムセム、ネオス、バルン、オガルッパッパ、ウルガノ、パニーも諸事情で」

 「……マジかよ、いやでもさパニー、パニーは昨日いただろ? な、なんで?」

 「えーパニーは今日、結婚式を」

 「それは俺も呼べよ!」


 なんなの。なんでいないの? もしかして俺って嫌われてる? 部下になんかやっちゃってた? その悪評が勇者まで広まっちゃった?


 「なので魔王様、現在の状況では人間の殲滅は……参加可能なのはせいぜい魔王様と私、そしてあちらにいる召使ほどしか――――」

 「魔王様ぁー、おやつをお持ちしましたー?」


 召使って魔族の少女だし、戦闘能力ない。実質俺とお前だけじゃねえか。しんどいわ。色んな意味で。


 「今日のおやつはポトフとイカ二貫ですぅー」

 「イカ二貫? 懐かしいの、あとポトフはおやつに入らないよ?」

 「文句言わずに喰いやがれ、腐れニートがよぉー?」


 何この子、怖い。僕って魔王だったよね?


 「ともかく、魔王様、今の戦力で人間殲滅はかなり疲弊するかと」

 「あ、ああ、そうだな、フーッ、確かに難しいな、フーッ、ペロッ――――ポトフ熱すぎだろ!」

 「なので、やはり我々は勇者を待つのが良いかと」

 「そ、そうか。あ、ポトフ美味しい……てか勇者って魔王軍とか全然倒してないじゃん。やる気あんのかよ。はぁ……」


 まぁ、そうだ。モローの言う通り待てばいい。そういえば結局、勇者がここに来て、魔王倒しちゃえば別のボス倒さなくてもクリアできる仕様でもあるし、だからこっちがわざわざ軍を動かさなくても――――、


 「っていいわけあるか! もう五十年経ってんだよ!」

 「ああ、ポトフがぁー」

 「魔王様!? ピアリク! ポトフにもピアリク!!」

 「ピアリクもういいわ!」

 「ま、魔王様!? どこへ行かれるのですか!?」


 玉座から立ち、ポトフを踏みつけ、カーペットを真っすぐ進んで、でっかい扉を開けた。

 もういつまで経っても勇者は来ない。物語は終わらないし、始まらない。だったらやるのは一つだけだ。


 「俺は勇者に倒されに行く!」

 「え? 魔王様!? 落ち着いて!」

 「あーポトフ踏んだぁー」

 「止めるな! もう待つばっかの毎日はクソ喰らえなんだよ!」

 「ま、魔王様……しかし、ちょっと!――――」


 俺はモローの声を無視して、魔王城の外へ出た。広がる荒野、断崖絶壁、暗黒の大地。その向こうにある人間の大地。そこに勇者はいるだろう。

 待ってろよ、勇者!! 絶対に探し出して倒されてやる!!――――揺るぎない決意と共に、魔王は大きな一歩を今、踏みだした。


 「あ!」


――――踏み外した。そういえば魔王城の前って足場なかったわ。魔法の架け橋じゃないと渡れなくて、落ちたら奈落の底だったっけ。


 「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!(グギッ!)」

 「あーだから止めたというのに。魔王様? 戻ってこれますかー?」

 「ムリー! なんかめっちゃ体中痛い! なんでー! 自己再生とか自動治癒はー?」

 「えっとー! 昔に注意したはずなんですが―! 魔王様は玉座の間では最強なんですけど、外に行ったらあんまり強くなくなるんですよー!」

 「はー? そういうの早く言えよー!」

 「いやだからー! 止めようとしたら先走って行ってしまわれたんですよー! それで、戻れますかー?」

 「だから戻れないし、痛いし、てか立てないしー!」

 「わ、わかりましたー!」


 モローは魔王城の入り口の絶壁、隣にいる召使のほうを向いた。


 「召使さん、」

 「はい? なんでしょーかぁ?」

 「えっとあの魔王様の治癒するので、ついてきてもらっても?」

 「えーめんどいー、魔王死んでもいいー」

 「おいー! 聞こえてんぞー!」

 「いやそう言わずに、誰だって最初はそう思いますが、それでも――――」

 「おいー! 今何つったー? お前もそっち側か―!?」

 「ともかく、ついて来てください」

 「わかりましたー、あとで金寄越しやがれー」


――――この後、こっちに降りてきた召使の回復魔法によって傷は癒され、俺は動けるようになった。

 勇者を探しに行くって決めたけど、能力下がることを忘れてたし、とりあえず魔王城に帰って考え直そうかと思ったのだが、そもそも力なさ過ぎて魔王城に帰えれなくなって――――もうなんか腹いせに勇者を倒してやろうと歩き出した。


 「これ全部勇者のせいだ!!」

 「さすが魔王様! その不道理さですよ!」

 「そうだー! そうだー! 全部勇者が悪いんだぁー!」


 魔王ゾルド、魔軍師モロー、召使。俺たち三人は勇者を探す旅を始めた。

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