さいわい な ひと

 琴葉はアフタヌーンティーの食べる順番、知ってる?

 サンドイッチ→スコーン→ペイストリー、つまり、しょっぱいものから甘いものって感じだね。俺としては、どう考えても最後はしょっぱいもので終わらせたいんだけどなあ、少数派かな。甘いもの、嫌いじゃないけど口の中がもったりするから。

 もちろん、ここは人気だけど、そんな格調高い店じゃない。ほら、周りを見ても、若い人ばっかりだし、みんな好きなものからテキトウに食べてるよ。だから、気にしなくていいんだよ、自由に食べな。

 ただ、一つだけ、アフタヌーンティーで守らなければいけないのは、本来の目的。アフタヌーンティーの発祥は19世紀、ビクトリア時代のイギリスだ。当時の貴族たちは、朝と夜、一日二食しか食べていなかった。食事と食事の間には、十時間以上も開くことさえあった。

 ベッドフォード公爵夫人であるアンナ・マリアは空腹と、貴族の間で主流だった締め付けのきついコルセットにはうんざりだった。それで、夕方ごろに早々にコルセットを外し、寝巻に着替え、使用人に支度させ、ベッドルームで軽食を楽しむことを日課にした。ただ、いつまでも一人きりではつまらない。だから、仲の良い友人を招いて同じことをし始めた。その優雅で楽しい女性だけのお茶会が話題になり、色々な貴婦人たちが真似をするようになった。

 つまり、本来の目的は、友人同士の交流の場だ。

 どういうことかというと、決して一人でなんか食べてはいけないんだよ。

 甘いものが大好きで、スイーツの情報を集め、店舗に行き、記事を書く。A子さんはそういう、グルメライターだった。

 あるとき、評判のアフタヌーンティーをやっている店の情報を口コミで聞く。特に、スコーンは本場イギリスで食べるのより美味しいのだとか。

 それでA子さんは、その店に一人で行った。取材だと言ったら、店側も喜んでOKしてくれた。

 A子さんは開店前の、まだ誰も一般のお客さんのいない店内に入り、店主と内装の写真を何枚か撮って、それからアフタヌーンティーが出てくるのを待った。

 しかし、十分経っても店主は提供してこない。少し不満だった。予め取材だと言っているのだから、準備くらいしてあるはずだ。アフタヌーンティーはあくまで軽食なのだから、出来立てを提供されるものでもない、それなのになぜ、と。

「すみません、遅くなりました」

 女性の声が聞こえて、A子さんは顔を上げた。むっとしていたが、無理に笑顔を作る。心の中では、少し悪い評価をつけよう、そんなことを思って。

 しかし、その声の主は店主ではなかった。

 長い黒髪。ふんわりとした苔色のワンピース。色白で上品な、若い女性だった。

「えっ」

 女性は、A子さんの戸惑いの声を気にすることもなく、対面に座った。

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