第36話 カインゴモスの長いお話し①

 カインゴモスはユリアンに、ゆっくりと落ち着いた口調で語り掛ける。


 「そのノア君の事だけど、ユリアン君から見て、本当に彼はこの世界が滅ぶのを望んでいるのかな?」

 「そうは見えないから救いたいんだ。 ノア自身は確か…… “どう考えても行き突く先は同じ” “どんな生命でも死、以上に平等な事はない” みたいな事を言ってたと思う」


 「うんうん、わかるよ。 ノア君と同じ事を吾輩も考えた事はある」

 「カインゴモスもそう言う事を考えたりしてたって事は、やっぱりこの世界は滅びるべきだとか思ったりするのか?」


 「吾輩は勿論、違う考え方をしているよ。 吾輩もこの世界が理不尽で、一つ一つの生命が平等だとは思っていない。 けどね、成り立っているのだと感がている」

 「成り立っている?」


 「そう、成り立っている。 みんな生き残る為に利己的な行動を起こす。 それは自分の為であり、他者の為ではない。 例えば、ユリアン君から見て、小さな草食動物が大型の肉食獣に捕食されているのを目の当たりにして、どんな風に思う?」

 「まあ、仕方ない事なんじゃないか? 食われた草食動物が可哀想って気持ちはあるけど……」


 「そうだね。 大方そういう風に思う事は間違っていない。 でも実はね、そう言った行動一つ一つが、誰かの為になっているんだとしたら、どう思うかな?」

 「ええ? 大型の肉食獣が草食動物を狩るだけで、自分以外の誰かの為になるのか?」


 「なっているよ」


 カインゴモスはユリアンに、食物連鎖の事を丁寧な口調で説明し、一見釣り合う事のない頂点捕食者とピラミッドの下層にいる虫なども、巡り巡ってそれぞれの為になる働きをしているのだと話し、それは神様がちゃんとそれぞれに役割を与え、世界が成り立っているのだと説明した。


 「なんだよそれ! 本当に世界はそんな風になってるのか! なんとなくでしか理解してないけど、なんか凄いって思った! そりゃそうだよな! 強い捕食者ばっかりが得をしてるって事だったら、そいつ等以外がいなくなって、そいつ等自身も飢えていなくなっちまうもんな!」

 「うんうん、そんな感じで理解出来ているのなら十分だ。 それじゃあ、次は人間のお話をしようか」


 「人間? 人族はその話だと、なんだっけ? 頂点捕食者って言うんじゃなかったか?」

 「段階ごとに区切りをつけた、ピラミッドの頂点にいるのが頂点捕食者。 確かに人間はそこに当てはめる事が出来る。 だけどね、吾輩はそうじゃないのだと結論付けて、ピラミッドの上に三つの雲を浮かべた。 一つはピラミッドの左側に描いた雲で“支配者” そして、真ん中に浮かべてる雲は“破壊者” 最後に右側に描いた雲は“調整者” と言う」


 「三つか…… 俺、そろそろ理解が追い付いて行けなくなって来たんだけど。 ピラミッドの中じゃなくて雲になってるのは何か意味があるのか?」

 「大丈夫、難しい言葉はなるべく省くからね。 ゆっくり着いておいで。 何故ピラミッドの中ではなくて、雲にしたのか。 それはね、そこには他の神様が関与していると感じたから、生態系に携わる神様が作ったであろうピラミッドから外したんだよ」


 「生、態、系……」

 「ああ、ごめんね。 細かく言えば違って来るけど、生態系はさっき説明した食物連鎖の事だと思っていればいい」


 「他の神様が関与してるってのはどういう事だ?」

 「うん、それじゃあ“調整者” に着いてまず説明しようか。 代表格としてここではエルフを例にあげよう。 ユリアン君はエルフ達の事をどんな種族であると見えている?」


 「森が好きな亜人種で、魔法も得意な奴が結構いる?」

 「そうだね。 エルフ達は独自の魔法を使える者が多くいる。 けど、今はその事ではなく、森が好きって所に注目しようか」


 「わかった。 そう言えば、奴隷として売られていたエルフが、森を見て発狂したみたいになった事があったんだ。 これってカインゴモスが俺に伝えたい事と何か関係あるんじゃないか?」

 「そのエルフに取っては可哀想な事だったと思うけど、ユリアン君にとって、それはいい経験になったね。 その通りだよ。 エルフは森が好きだ。

 だから、その森を“調整者” として守り抜こうとする本能がある。

 それは、人間、今は人族と呼ばれている種にとって、母性や愛情に近い感情なのだと思う。 だから森の事に対して、他の種族からみるとビックリするような態度を示す事もある。 エルフ達は森の事に対して凄く敏感なんだ。

 吾輩は長きに渡って、エルフ達を観察してある事を発見したんだ」


 「ある事?」

 「うん、エルフ達は意識した事がないのかもしれないけど、吾輩は確信を持って言える。 エルフ達の食の好みは、森に取って最も有害な者を対象としている。 これが“調整者” と決定付けた所以でもある」


 「森にとって有害な奴等を捕食して、調整しているって事…… だよな?」

 「まさにその通り。 ドワーフも同じく“調整者” で、鉱山なんかで同じような現象が見られた」


 「あれ? それだと…… なんか妙だと感じるんだけど? 生態系? に携わる神様とは別の神様が関与してるんだよな?」

 「偉いね。 よく覚えてた。 実はエルフが“調整者” として生み出されたのは、人族が誕生した後の事なのではないかと吾輩は思っている」


 「そう、なのか? エルフの方が長生きだから、人族なんかより古い歴史があるんだと思ってたけど」

 「吾輩でもはっきりとは言えないけど、生態系に携わった神様の変わりに、人族達から森を守るために出来た種族と考えている」


 「確か、大昔にエルフが森を守る為に人族と戦争をしたとか聞いた事があるけど、それって人族から森を守ってたって事か……」

 「それよりも、もっと古い時代から戦っていたと思われるけどね。 それじゃあ、その事を理解する為に、今度は“支配者” のお話を始めようか」


 「ああ、うん。 理解できないかもしれないが、ちゃんと話は聞いているから続けてくれ」

 「“支配者” に当てはまるのは人族や獣人だね。 この種族達は“調整者” であるエルフと違うのはどう言う所だと思う?」


 「んー、“支配者” って言うくらいだし、そういえばどっちの種族も他種族の奴隷にしたりするな」

 「良い視点だね。 どちらの種族も奴隷、つまり支配する側の立場を好む習性がある。 そんな種族が利己的に物事を進めると、やがて侵略が始まる」


 「ああ、それは分かるぞ! 人族なんかは居住地域を広める為に、勝手に森を開拓したり、山を切り崩したりするよな!」

 「うんうん、そう、侵略する。 侵略して己の適した環境に染めていってしまう。 それが環境を変え、生態系に絶望的ダメージを与える事もある」


 「それで“調整者” が現れたんだってカインゴモスは考えたんだな!」

 「そうだよ。 飲み込むのが早くなってきたね」


 「なんか、ちょっとだけ頭が良くなって来たような気がする! それじゃあ、最後に“破壊者” だったか? 破壊者って言ったら…… アリスがそんな感じの存在な気がするけど」

 「アリスか。 アリエッタが封印した魔人と呼ぶ存在だね。 確かにアリスは“破壊者” 意外に当てはまる場所はない、しかし、吾輩はもっと違う突然変異的な個体だと思うね。 情報が乏しいからはっきりした事は言えないし、もっと分かりやすい“破壊者” のお話をしよう。 “破壊者” として分かりやすいのはドラゴンだね」


 「ドラゴンとはあった事がないから分からないけど、頭が良くて凄く強い生物ってイメージだな。 後は…… 国を滅ぼしたとかって言う御伽噺とかあったんじゃなかったか?」

 「御伽噺の事は知らないけど、ドラゴンはこの世界の調和が乱れる時、破壊によって調和を保つ者なのだと吾輩は考えている。 一応、吾輩達魔族も、“破壊者” だから、普段は温厚だけど、“支配者” である人族や獣人とはよく戦争をしているだろう?」


 「よく戦争をしているってのは、生まれて20年そこそこの俺には分からないが、そんなイメージはあるな」

 「うん、この辺りは歴史を知ればおのずと理解出来ると思うから、興味があれば調べてみるといいよ」


 「わかった。 色々な話が聞けて面白かったよ。 でも、待てよ? “破壊者” に関しては、なんか分る気がするけど、“支配者” って…… 話を聞く限り、滅んでしまった方が世界の為になるような気がするし、生態系の雲側にいるって事はなにかしらの神様が関わってるんだよな?」

 「うんうん、よく気が付いたね。 偉いよ。 じゃあ、今度は“支配者” に関わる神様についてのお話だ」

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