大学構内にて裸足の女神と出会う

ファラドゥンガ

大学構内にて裸足の女神と出会う

 大学に入って三年、僕は将来への不安で心底しんそこ参っていた。友達は「不安に思うことは良い事だ、後は行動あるのみ」と言うが、僕にはこれといって目標がない。


「僕は一体、何がしたいんだろう……」


 大学に入る前に考えておくべきだったのか。とりあえず進学で、と迷うことなく進路を決めた高校時代が懐かしい。ああ、できればあの頃に戻って、しっかり自分の将来を見据えてやり直したい。


 そうしてトボトボと構内の中庭を歩いていると、

「おい、あれを見ろ!」と近くにいた学生が叫んだ。


 僕は目を見張った。白いワンピース姿にさらりと長い黒髪の、小脇に本を抱えて階段を降りる女学生。ひらりと揺れる裾から見えるのは裸足はだしだ。彼女は靴を履いていない。


 

 近くの学生たちは彼女を見て、

「ヤバッ、一体何がしたいんだろ」とクスクス笑っていた。裸足で学生生活を送る、なるほど、一体何がしたいんだろう。僕は興味を覚えた。


「あのひとの名前は?」と彼らに聞くと、

「さあね。でも皆から”裸足の女神”って呼ばれてる」

 Oh my……。


 と、その時、彼女は苦痛に顔を歪めた。そして片足を上げて足の裏を覗き込んだ。


「ありゃ、何か踏んだな。ガラスかな?」


「靴を履かないからね。自業自得よ」


 彼らはそう言って、そそくさと中庭から去って行った。もうすぐ次の講義が始まる時間だ。いかん、僕もゼミがある。だが、彼女を放ってはおけない。


 彼女は階段に座って足の裏をハンカチで拭いていた。「大丈夫ですか?」と近づいて恐る恐る声をかける。


 彼女はこちらを向いた。「大丈夫です」ときっぱり言った。だが、ハンカチは赤く染まっている。


 僕は財布に絆創膏ばんそうこうを忍ばせているのを思い出した。急いで取り出し、「もしよかったら」と手渡す。


 彼女はきょとんとしていた。親切にされたことがないのだろうか?しばらく絆創膏を眺めてから、「ありがとう」と言った。そして「でも、持ってるから」


 彼女が自前の絆創膏を貼っているのを眺めていると、構内に鐘の音が響いた。


「しまった、ゼミに遅れる!」


 僕は急いで研究室に向かおうと走った。が、どうしても彼女に聞きたいことがあった。僕は振り返って叫んだ。


「なんで、裸足なんですかぁ!」


 彼女は立ち上がって、

「気持ちがいいから好きなの、裸足!」


そう答えてくれた。彼女は微笑んでいた。僕は手を振ってその場を後にした。


 研究室に着いたとき、名前も聞けばよかった、と思った。


「まあ、また会った時に聞けばいいや」


 が、彼女を見ることは二度となかった。中庭にも、図書館にも、大教室にも、その姿を見ることは叶わなかった。


 そうして、一年が過ぎた。



 * * *



「どうしてわが社を希望したのか、その理由を教えてください」


 僕は就職活動を始めた。業種は一つに絞った。僕の掲げる目標は、ただ一つだからだ。


「はい!この街を綺麗で安全なものにしたいと思い、希望しました。もし御社で働けるのならば、街を隅から隅まで、ピカピカにしたいです」


「ハハ、清掃作業が好きなんですね?」


「いえ!裸足になりたいひとがいるんです。そのひとのためなんです」


「……は、はあ。君はそのひとが好きなんですね?」


「ハッ!いや、あの、その……」


「……ふん」


 面接に落ちてしまった。僕は未だ、自分に素直じゃないようだ。面接官にその点を見抜かれ、挙動不審になったのが運の尽きである。


 とりあえず清掃のアルバイトを始めた。床を綺麗に拭いたり、ゴミを掃除機で吸い込むたびに、あのひとの微笑みを思いだす。いつかまたどこかで出会ったときに、あのひとが裸足でいられるように、今は精いっぱい、掃除をするだけだ。


 

 


 


 

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