この最後を迎えるのなら

最中でんでん

第1話 -死という名の希望-



「偉大なる王よ!我らの光よ!」

高貴なローブを身に纏い、塔のバルコニーから 群衆達の歓声が巻き起こっているのを鑑賞し、人々の信仰を広め、この国を支配する…………


だがその信仰も束の間、この塔は直に崩れていった。そして新たに信仰を植え付け、僕に復讐する者が現れた……

月明かりに照らされた茶褐色のファーが付いた真紅色のマントに身を包み、前に結んだ無数の白髪の三つ編みが風で靡く。






それは僕の弟だという''ヘレル''であった―――






投獄されてから4ヶ月が経とうとしていた。

カツ…カツ…カツ……冷たい石壁に囲まれた薄暗い牢獄に、ナイフのように鋭利なスティルツの跫が響き渡り、僕の耳を劈いていく。

この音を聞く度に全身に痛みが電流のように走る。

槍斧にぶら下げられたランタンは、いつも通り橙色の灯りを放っていた。しかし、明かりには必ず影が伴う。僕はその影だ。今は、だが——


ランタンが近づき、部屋を部分的に照らし出し、冷たい石のタイルと、湿気と汚れで黒ずみ所々に苔が生えているのを露にした。だがその灯りは決して温かみのあるものではなく、これから拷問が始まるのだという事を示唆していたのだ。


「やぁ、兄さん。今日もいい天気だね。」

その声は王の威厳と悪魔の無慈悲さを同時に宿していた。

ほのかな灯りに照らされた色白い顔には、笑みが浮かんでいた。だがそれは僕に向けた嘲笑で、何も共感を求めている訳ではなく、無力な僕を見て、嘲笑っているだけだった。


その正体は徐々に近づき、遂には目先まで距離を詰め、漆黒の目が鮮明に見える。

「ねぇ兄さん、何で何も言わないで睨んでくるだけなの?」その視線は死にかけの狼を見る様だった。


「………………………」

「今日の兄さんは何も言ってくれないんだ…」

闇の中、鋭い爪が迫って来る。そして首筋に氷のように冷たい手が触れる。

「兄さんは暖かいね。」

手で首全体を軽く掴み、体温を奪ってゆく。

そして再び口を開いた。

「僕と大違いだ。少し…羨ましいな」

段々と手に力が籠る………

「うっ……」

その瞬間、息が詰まるような感覚が襲ってきた。

視界がぼやけ、喉の奥から絞り出されるような苦しい息遣いが、自身の耳に響く。

手の力が強まるたびに、意識が薄れていくのを感じた。心臓の鼓動が耳元で激しく鳴り響き、全身が痺れるような感覚に包まれる。

目の前の灯りが次第に暗くなり、まるで深い闇の中に引きずり込まれるかのようだった。


だが、僕は抵抗しなかった。抵抗出来なかった。

何故なら、此処で殺してくれた方が、この獄中で何回も何回も、何日も何日も待って、待って、拷問される苦しみから解放される—— と思っていたからだ。それが暗闇にいる僕の唯一の希望であったから——


その時ヘレルのぼやけた顔が目に写り、見えたのは、残虐を楽しんでいるような狂気な笑みだった。

意識が途切れる——そう感じた瞬間、手の力が緩み、空気が一気に肺に流れ込んだ。

喉の奥が焼けるように痛み、咳き込みながら必死に息を整えようとする。


視界が徐々に戻り、ぼんやりとした灯りが再び目に入ってくる。全身が痺れ、力が入らないまま鎖に自身の体重を委ねる。

心臓の鼓動が耳元で激しく鳴り響き、全身が震えている。首にはまだ手の感触と、あの冷たさが蛇の様に絡まって離れない。


「今日はこの辺にしておくよ。明日の為にね。」

目が霞んでいたが、気味の悪い笑みを浮かべているのだけは見えていた。




あの希望が来るのを……

また音が聞こえるのを、待つだけだっだ―――

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