この最後を迎えるのなら

もなかでん

第1話 -死という名の希望-



「偉大なる王よ!我らの光よ!」

高貴なローブを身に纏い、塔のバルコニーから 群衆達の歓声が巻き起こっているのを鑑賞し、人々の信仰を広め、この国を支配する…………


だがその信仰も束の間、この塔は直に崩れていった。そして新たに信仰を植え付け、僕に復讐する者が現れた……

月明かりに照らされた茶褐色のファーが付いた真紅色のマントに身を包み、王冠のような漆黒の仮面を付け前に結んだ無数の白髪の短い三つ編みが風で靡く。






それは僕の弟だという''ヘレル''であった―――






投獄されてから半年が経とうとしていた。

カツ…カツ…カツ……冷たい石壁に囲まれた薄暗い牢獄に、ナイフのように鋭利なスティルツの跫が響き渡り、僕の耳を劈いていく。

この音を聞く度に全身に痛みが電流のように走る。

槍斧にぶら下げられたランタンは、いつも通り橙色の灯りを放っていた。しかし、明かりには必ず影が伴う。僕はその影だ。今は、だが——


ランタンが近づき、部屋を部分的に照らし出し、冷たい石のタイルと、湿気と汚れで黒ずみ所々に苔が生えているのを露にした。だがその灯りは決して温かみのあるものではなく、これから拷問が始まるのだという事を示唆していたのだ。


「やぁ、兄さん。今日もいい天気だね。」

その声は王の威厳と悪魔の無慈悲さを同時に宿していた。

ほのかな灯りに照らされた色白い顔には、笑みが浮かんでいた。だがそれは僕に向けた嘲笑で、何も共感を求めている訳ではなく、無力な僕を見て、嘲笑っているだけだった。


その正体は徐々に近づき、遂には目先まで距離を詰め、仮面の凹凸が鮮明に見える。

「ねぇ兄さん、何で何も言わないで睨んでくるだけなの?」その見下し方は死にかけの狼を見る様だった。


「………………………」

「今日の兄さんは何も言ってくれないんだ…」

闇の中、鋭い爪が迫って来る。そして首筋に氷のように冷たい手が触れる。

「兄さんは暖かいね。」

手で首全体を軽く掴み、体温を奪ってゆく。

そして再び口を開いた。

「僕と大違いだ。少し…羨ましいな」

段々と手に力が籠る………

「うっ……」

その瞬間、息が詰まるような感覚が襲ってきた。

視界がぼやけ、喉の奥から絞り出されるような苦しい息遣いが、自身の耳に響く。

手の力が強まるたびに、意識が薄れていくのを感じた。心臓の鼓動が耳元で激しく鳴り響き、全身が痺れるような感覚に包まれる。

目の前の灯りが次第に暗くなり、まるで深い闇の中に引きずり込まれるかのようだった。


だが、僕は抵抗しなかった。抵抗出来なかった。

何故なら、此処で殺してくれた方が、この獄中で何回も何回も、何日も何日も待って、待って、拷問される苦しみから解放される—— と思っていたからだ。それが暗闇にいる僕の唯一の希望であったから——


その時ヘレルのぼやけた顔が目に写り、見えたのは、残虐を楽しんでいるような狂気な笑みだった。

意識が途切れる——そう感じた瞬間、手の力が緩み、空気が一気に肺に流れ込んだ。

喉の奥が焼けるように痛み、咳き込みながら必死に息を整えようとする。


視界が徐々に戻り、ぼんやりとした灯りが再び目に入ってくる。全身が痺れ、力が入らないまま鎖に自身の体重を委ねる。

心臓の鼓動が耳元で激しく鳴り響き、全身が震えている。首にはまだ手の感触と、あの冷たさが蛇の様に絡まって離れない。


「今日はこの辺にしておくよ。明日の為にね。」

目が霞んでいたが、気味の悪い笑みを浮かべているのだけは見えていた。




あの希望が来るのを……

また音が聞こえるのを、待つだけだっだ―――

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