第2話「求婚されたんだけどぉー!?」

「……はい!? どういうこと!?」


「それでここまで足を運んだわけだが、勾玉は見つかんねぇ。いたのはお前さんってわけだ」


これは探りを入れている目だ。


さきほどまで穂乃花を幼稚に見ていたのに今は疑いが強い。


深琴ののらりくらりな態度が変わってしまったことに穂乃花は怯えて汗を握った。


「どうして勾玉を探しているの?」


「それ、答える必要は?」


「あるわよ! あれは私のよ! あれがないと困るの!」


切実な叫びに深琴はジッと穂乃花を見つめたあと、腕を組み考えるそぶりをみせた。


そして腕にかけていた外套を広げ、穂乃花の前にしゃがみこむ。


ビクッと肩を震わせて目を閉じた穂乃花の頬にしっとりとした指先が滑った。


前に流れた髪を耳にかけたかと思えば、肩に重みが乗った。


おそるおそる目を開けば深琴が着ていた外套が穂乃花の肩にかかっている。


間抜け顔になっていると深琴がニヤッと口角をあげて膝を推して立ち上がった。



「そんなハレンチな恰好では人里にも降りられないだろう」


その一言に穂乃花は青ざめる。


穂乃花が身にまとうのは白い衣一枚。


足は何も履いておらず、とても男性に見られて平気なものではない。


唇を奪われただけでなく、貞操を奪われた気分になり穂乃花は顔面蒼白に頭を抱えた。


せわしない穂乃花に深琴はおもしろがってニヤつくばかり。


だんだんと穂乃花は腹が立って勢いで深琴の袴を掴んだ。


「あなたひどいわ! こんな乙女の唇を奪うだけでなく、肌を見られるなんて……!」


「だからそれは誤解……」


「もうお嫁に行けない! 乙女失格よぉぉ!」


さめざめと泣く穂乃花に責められ、深琴はたじろいでしまう。


どうしたものかと空を見上げて、ふいに目を丸くして後ろに振り返る。


「なによ」


「いや。……なんでもない」


やけにハッキリしない言い方だと穂乃花が目を鋭くしていると、深琴は穂乃花の背に手をまわし、あやすようにポンポンと叩いた。


穂乃花が短い悲鳴をあげてのけぞると、深琴が意地になって穂乃花を抱き寄せる。


あまりの至近距離、いやゼロ距離に穂乃花はもう限界だ。


反抗の言葉一つでなくなると、深琴がよしよしと穂乃花の長い黒髪を撫でた。




「よし、オレと夫婦になろう」


「……はい?」


突然の告白に穂乃花は間抜けた顔をして深琴の顔を見る。


何の冗談だと思ったが、視線が合うと深琴はからかいで言っているわけではないようだ。


「何言って……。夫婦ってそんな急に」


「出会いとは突然訪れるものさ。オレはあんたに惚れた」


「ほ、惚れっ……ひぁっ!?」


酸素を思いきり吸い込んで声が裏返る。


面と向かった求婚に穂乃花は恥じらって耳まで赤くなった顔を反らした。


「めっ……夫婦って意味わかってる? 一生を添い遂げるという誓いよ!?」


「わかってるって。嫁に行けねぇってんならオレが娶る。一目惚れってのは罪深いねぇ」


髪の毛に触れていた手が穂乃花の頬にまわり、額に顔が寄せられる。


気づいたときにはすでに深琴に額への口づけまで奪われていた。


穂乃花がわなわなと震えていると深琴は「かわいいなぁ」とゆるく笑っていた。



「……ふざけないでよ」


穂乃花は視線を落とすと頬に触れる深琴の手を振り払う。


「そんなの責任でもなんでもないんだから! この乙女の敵っ!」


「ちょっ……! 待てって!」


「触んないで! 勾玉探さないといけないの! あなたと夫婦なんてごめんだわ!」


(そうよ。こんなことに時間を使っていられない。勾玉を集めないと……!)


深琴に背を向けたところで穂乃花はハッとして足を止める。


空気がひんやりとして小袖だけではかじかんでしまう。


寒さだけでなく、こんな裸同然の恰好で人里に出られるはずもないとその場にしゃがみこんだ。


(なんで怖がらなくちゃいけないんだろ)


世の中泣きたいことだらけだと鼻をすすり、袖で顔をこする。


うずくまりながらさっさとどこかへ行ってくれと念を送っていると、頭上でクスッと笑う吐息が聞こえた。


「きゃっ!?」


両腕を持ち上げられて無理やり立たされた穂乃花は背を深琴の胸に預ける。


視線だけ後ろに向ければ深琴が二ッと口角を上げていた。


「あんた、勾玉を探すんだろ? だったら同じものを探してるってわけだ。一緒に旅をしたって行きつくところは同じさ」


「だっ……だからなによ!?」


一向に反抗し続ける穂乃花に深琴はやれやれと肩を落とす。


「その恰好でどうするってんだい。あんた、金持ってないだろう?」


持っていない。


穂乃花にあるのはたった一枚の薄っぺらい小袖だけだ。


こんな身なりで穂乃花が一人で歩いていられるほど清廉された治安は存在しなかった。


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