口づけからはじまるかりそめ夫婦、道中お気をつけて ~契約でのかりそめ夫婦のはずが、なぜか夫から本気の求婚をされながら勾玉集めの旅をしています〜

星名 泉花

第1話「可憐な乙女の唇うばわれました」

目が覚めてから5秒ほど考えて。


「いやあああっ! 変態!!」


「ぐぅっ!?」


悲鳴とともに眼前にいた男を拳で殴り飛ばした。


身体を起こして腕をさすりながら地面に仰向けに倒れた男を睨みつける。

男は殴られた頬を抑えながら身体を起こした。


「いたた……。急に殴るとかひでーな」


「こっちのセリフよ! 眠っている乙女の唇を奪うなんて最低最悪!!」


「んんん!? いや待って、ちょっと顔をのぞいただけ……」


「寝ててもわかるわよ! たしかに口に……」


そこまで口にして顔を真っ赤に染めて唇を両手で覆い隠す。


目をぐるぐるさせながら鮮明に思い出せるしっとりさ。


眠りから覚めてもすぐに目を開くことが出来なかった。


まどろむ思考のなかでゆっくりと唇が離れ、目を開けば見知らぬ男。


とっさの反応で思いきり殴り飛ばしたというわけだ。


(どう考えても犯人はコイツよ!)


「やっぱり最低! もう戻らないんだから!」


「はあぁ。そんなキスの一つや二つ……」


「そんなってなによ! 乙女には大事なことよ!」


考えれば考えるほど涙を我慢することが出来ない。


ついに目尻からポロリと落ちて、止めることが出来なくなって頬を着物の袖で乱暴に拭った。


「はじめてだったのに……」


はじめての口づけは好きな人と。

そう思っていたのに寝ている隙に奪われてしまうとはショックで立ち直れない。


ポカンと間抜け顔をする男に、なおさら涙がこぼれて喉が苦しくなった。


「それは災難なことで……」


「あなたがしたんじゃない! ううぅ……!」


乙女失格。


唇を重ねて恥じらいに頬を染めることも出来なかったと嘆きに嘆く。

泣きじゃくっていると男は後頭部をかきながら上目に見てきた。


「わ、悪かったって。女子には大事なことだ、うん」


「ぐすっ……。あなた名前は?」


(こうなったらとことん追い詰めてやる!)


鼻をすすりながら鋭く睨むと男は吹きだすように笑い、やたら煌びやかに目を細めた。


「深琴(みこと)だ。あんたの名前は?」


「穂乃花よ。……女性の名前みたいね、あなた」


「あいらしいだろ? 褒めてくれてもいいぞ」


「褒めないわよ!」


ぷいっと顔を反らすと深琴はおだやかに微笑んで立ち上がる。


キリッとした顔立ちのわりに笑うと甘い菓子みたいだと穂乃花は深琴を上から下までジト目で観察した。


ずいぶんと変わった形(なり)だ。


重厚な黒い外套に、飾りのように巻き付ける白藍色の布。

瑠璃色の石の耳飾り。


(下は……なにあれ。袴に……皮の靴?)


草履でもカラコロ音の鳴る下駄でもない。


髪型もざんばら頭と呼ぶにしてはいささか整っていた。

帯刀していることから身分の高い人だろうかとついつい凝視してしまった。


「なんだい、惚れたか?」


ニヤッといたずらに笑う姿に穂乃花はカッとなって立ち上がる。


「惚れるわけないでしょ! 唇泥棒!」


「はいはい」


反省する気もない。


適当に返事をして聞き流す深琴に腹が立ち、穂乃花は眠っていた棺から飛び出して深琴の胸ぐらをつかんだ。


「あなた何でこんな山奥に? ここはもう立ち寄る村もないはずよ」


「んんん~。ちょっと探し物をしてて」


「……探し物?」


そこで穂乃花は深琴から手を離し、自身の小袖の合わせを引っ張って中を見下ろす。


冷汗が流れる。


穂乃花が身に着けていたあるべきものがないと気づき、焦って深琴に手を伸ばして外套を引っ張った。


前をとめる金具が外れ、さらに着物を引っ張って形を崩す。


(……ない)


さらに奥に隠しているのだろうか。


外套にポケットはないかと確認したあと、着物の内側に着る詰め襟のシャツを掴んだ。


「それ以上見ちゃうかい?」


深琴が艶っぽく微笑んで穂乃花の手を取った。


そこでようやく自分が何をしているかに気づき、手を振り解くと両手を握って後ずさる。


感情のふり幅が大きいと深琴は楽しそうに外套を脱ぐと両腕を広げた。


「気が済むまで調べてみ?」


「……」


穂乃花に触らせるあたり嫌味な男だと恨みがましく睨む。


ふてくされて荒々しく深琴に手を伸ばし、一番気になる襟元を確認して何もないと息を吐く。


他に調べるところがあるかと考えて視線が下降した。


袴を見て五秒ほど制止する。


パッと顔をあげるとニコニコするばかりの深琴。


穂乃花はあわてて深琴を突き飛ばし、背を向けて小袖の胸元をたぐりよせた。



「お前さん、何を探してんだ?」


深琴の問いに穂乃花は目を反らしたまま振り返る。


「勾玉(まがたま)よ。身に着けていたはずなのにないの」


穂乃花の回答に深琴の指先が跳ねた。


スタスタと近づいて穂乃花の顎を掴む。


切羽詰まった穂乃花にその手は振り払えなかった。


身を固くする穂乃花に深琴は静かに手を引いていく。


緊迫した雰囲気と、深琴らしくない静寂に穂乃花は力が抜けてその場にへたり込んだ。


「オレさ、勾玉を探してるんだよね」


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