成功のルートを外れた俺が見つけたもの

@gyusuji29suki

序章 - 失敗の連続

 田中修司、27歳。人生の底辺にいると、自分では思っている。職歴もなし、定職もなし、就職試験は連敗街道まっしぐら。就職試験で疲れた体を引きずって、新宿の雑踏を抜け、いつもの薄暗いアパートへと戻ってきた。


「ふう、今日も何も変わらなかったな……」


 狭い部屋に入ると、湿気のこもった空気が出迎えてくれる。いや、歓迎されてるわけじゃないけどさ。見上げると、天井から剥がれかけた壁紙がまるで「お前も剥がれそうだな」と言わんばかりに垂れ下がっている。


 机の上には、読みかけの自己啓発本や就職活動の資料が山積み。……でも正直、あまり役に立ってない感じ。スマホを手に取って、今朝届いた最新の不採用通知を見返す。これで何通目だっけ? 数えるのももう面倒だ。


「はぁ、またかよ……」


 重くため息をつき、ベッドにダイブ。天井を見つめながら、心の中でぼやく。


 俺って、本当にどうしようもないなぁ……。


 そう思わざるを得ない。このままじゃ、どんどん社会から取り残されるだけ。そんな不安が胸に渦巻いて、何も手につかない。


 そんな時、突然、頭の中に浮かんだのは幼馴染の杉原佳代子と井原冬次の顔だ。二人とも昔から俺と一緒に遊んでいた仲で、特別な存在だ。佳代子はいつも明るくて、何でもできるし、俺の面倒をよく見てくれていた。冬次は真面目で誠実、頼りになる奴だった。


 だけど、そんな二人が今では夫婦になろうとしている。俺は、そんな彼らを祝福すべきなのに、どうしても心の中にモヤモヤした感情が残っている。


 そうだ。彼女のこと、俺、好きだったんだよな。


「電話でもしてみようかな」


 スマホ画面の佳代子の名前にカーソルを合わせる。しかし、今さら何を話す? 彼女はもう、冬次のものだ。俺が今さらどうこうできるわけじゃない。


「……やめとこ」


 そんなこと考えてたら、心がズタズタになるだけだ。そう思ってスマホを放り投げた……その瞬間、スマホが震えだす。画面に表示された名前は「佳代子」。


「うそっ! なんっで、今!?」


 心臓が跳ねた。佳代子とは幼馴染。ずっと彼女に特別な感情を抱いていたのに。

 何だよ、今さら電話かけてくるなんて。震える手で、思わず通話ボタンを押してしまった。


「もしもし、修司? 久しぶり」


 佳代子の声は、俺にとって懐かしくて、心が温かくなるような響きだ。自然と口から言葉が出てきた。


「佳代子、久しぶり。どうしたの?」


「実はね、冬次と一緒に小さなパーティを開くことになったの。もしよかったら、ぜひ来て欲しいなって思って」


 その言葉を聞いて、心の中で何かが爆発しそうになる。パーティ? 俺を? 招待? そんなの、夢みたいな話だ。佳代子の誘いに、俺は当然のように返事をする。


「ありがとう、佳代子。ぜひ行くよ。楽しみにしてる。……ちなみに、いつ?」


「全然先だよ? 半年後とか」


「半年後か。わかった、絶対行くよ」


 俺、行くよ。半年後かもしれないけど、佳代子に会えるなら。それまでに、少しでもマシな自分にならないとな……。



「半年後か〜。結婚発表と兼ねたパーティかな」


 俺は部屋を見回しながらつぶやいた。まるで泥棒にでも入られたかのように散らかった部屋の中、テーブルには求人雑誌が無造作に広がっている。「さすがに無職はまずいよな」と、自分に言い聞かせてみる。



 そうして、少しでも気を取り直そうと外に出た。


 夜の新宿は、いつも通りの賑やかさだ。けど、俺の心はどこかそれに馴染めない。

 ふらふらとコンビニに向かって歩き出した。無駄に時間を潰してもしょうがないし、何か飲み物でも買おうかと自分に言い聞かせながら。


「とりあえず、缶コーヒーでも……」


 冷蔵庫の前で手に取った缶コーヒーをぼんやり眺める。ふと、ガラス越しに路地裏が目に入った。そこには、薄汚れた服を着たホームレスが座り込んでいる。見たくないものを見てしまったような、変な感覚に襲われる。


「あんな風にはなりたくねぇよな……」


 誰も彼を気にしていない。もちろん、俺だって普通なら無視して通り過ぎるだけだ。でも、今の俺には、その姿が未来の自分の姿に見えてしまう。無職、社会からの孤立、そして路上での生活――ありえないことじゃない。


「俺も……このままだと、ああなるかもしれない……」


 心臓がドクンと音を立てる。足元がぐらつく感じがして、慌てて店を出た。胸の中に渦巻く焦りを振り払おうとして、大きく深呼吸する。それでも、モヤモヤした感覚が消えない。


「……」


 それから、なんとなく街を歩いていると、不意に耳に飛び込んできた聞き覚えのある声。


「え、嘘だろ……」


 目の前にいたのは、佳代子と冬次。しかも、二人とも会社の制服姿だ。あまりにも自然な光景に、一瞬で全身がこわばる。やめてくれ、今は本当に会いたくない。彼らが俺に気づく前に、なんとかしてこの場から逃げ出したい――そう思った瞬間。


「あれ、修司じゃん! 久しぶり!」


 冬次が先に俺を見つけた。最悪だ。もう逃げられない。


「……あ、久しぶり」


 無理やり笑顔を作って返事をするけど、内心は惨めさでいっぱいだ。俺は無職。彼らはちゃんと働いている。どうしてこうなった? どうして俺はこうなっちまったんだ?


「最近どうしてるの? 元気?」


 佳代子の優しい声が、逆に胸を締め付けてくる。まともに答えられるはずもない。


「……まあね」


 自分でもわかってる。これがどれだけ虚しい答えなのか。だけど、それ以上の言葉が見つからない。二人もどこか気まずそうな表情を浮かべたまま、佳代子が小さく笑った。


「じゃあ、パーティのこと忘れないでね。楽しみにしてるから!」


 冬次も笑顔で頷きながら、「また連絡するよ」なんて気軽に言ってくる。ああ、なんてことだ。俺は無力感を抱きながら、二人が去っていく背中をただ見つめることしかできなかった。心の中に、焦りと寂しさがどんどん広がっていく。



 その夜、さっきの事を思い返しながら、どうしても眠れずにスマートフォンをいじっていた。ふと目に留まったのは「AIChat」というアプリの広告だった。「どんな悩みも解決します」なんてキャッチコピーに、何も考えずにアプリをダウンロードしてしまった。


 アプリを初めて開いたとき、俺は何を期待していたのかすらわからなかった。ただ、試しに「どうすれば仕事が見つかる?」と入力してみた。


「こんにちは、修司さん。あなたに合った仕事を見つけるためには、まず自己分析をしっかりと行い、自分の強みを把握することが重要です。あなたの強みは何だと思いますか?」


 画面に出てきたメッセージは、まるで誰かと会話しているみたいで、ちょっと安心した。俺は思わず続けて入力する。


「強みなんてないけど、とにかくお金を稼がなきゃ。」


「それなら、まずは手軽に始められる副業を試してみてはいかがでしょうか? たとえば、フリーランスのライターや簡単なデータ入力の仕事などがあります。」


 そのアドバイスにびっくりした。まるで俺の心の中を見透かされてるみたいだ。

 アプリの言う通りに、フリーランスのライターとして登録してみたけど、こんなにうまい話があるわけないよな。


 ばからし。ねよねよ。


 スマホを適当に置いて、目を閉じると、嫌なことが次々に思い出される。何もかもがうまくいかない日々。仕事はつまらなくて、友人との関係も疎遠になり、恋人なんてここ数年いない。歳だけが無情に過ぎていく。


 そんなとき、頭に浮かぶのは幼馴染の佳代子の姿だった。彼女は小学校からの同級生で、いつも明るくて、周りを笑顔にする存在だった。俺もその一人で、気づけば佳代子に惹かれていた。でも、彼女は高校時代からの恋人である冬次と一緒に住んでいる。そんな佳代子を見ると、俺の心は締め付けられるように痛む。


「俺は、何やってんだ……」


 自嘲気味に呟きながら体を横に向けた。目を閉じて、佳代子の笑顔を思い浮かべる。その無邪気な笑顔、柔らかな髪、優しい声。それらが俺の心を刺激し、抑えきれない欲望に変わっていく。無意識のうちに手を下ろし、一人でその欲望を解消したけど、その後には深い虚しさと自己嫌悪だけが残った。


「こんなことをしても、何も変わらないのに」


 それでも佳代子への思いは消えない。むしろ、ますます強くなるばかりだった。俺はその夜、孤独感に包まれながら眠りについた。



「まじかよ!!」


 朝の陽射しがアパートの窓から差し込む時間、俺の部屋には歓喜の声が響いた。

 スマホがミシミシと音を立てている。

 昨日応募した小さな仕事がいくつか決まって、報酬は少ないけど、初めての収入に俺は思わず拳を突き上げた。


「やった! やっと少し前に進めた!」


 数週間後、俺はAIChatのアドバイスに従って、小さな投資案件にも手を出してみることにした。驚くべきことに、その投資もまたうまくいって、俺の銀行口座には次々とお金が振り込まれるようになった。


「すごい、本当に成功するなんて……」


 俺の生活は急速に変わり始めた。アプリの助言だけで、次々と成功を収めるようになった。最初は不安もあったけど、次第にアプリへの信頼は揺るぎないものとなり、俺はすべての行動をアプリに委ねるようになった。


「今日の夜ご飯は何にしたほうがいいかな?」

「こういう人とは友達をやめるべきか?」

「今日はどこに行こうか?」


 何から何まで、自分で考えることを放棄し始めたんだ。


 AIChatとの対話を重ねるうちに、俺は自分の欲望や欲求に対しても素直になっていった。仕事での成果や対人関係の悩みを相談する一方で、プライベートな欲望にもAIの助言を求めるようになっていた。



 ある夜、俺は部屋の暗がりでベッドに横たわりながら、AIChatにこんなメッセージを打ち込んだ。


「最近、何をしても満たされない。もっと刺激的なことがしたい。簡単に楽しめる方法はないかな?」


 AIは冷静にいくつかの選択肢を提案してきた。その中には、風俗店の利用という具体的な提案も含まれていた。一瞬躊躇したけど、心のどこかで興味を引かれている自分に気づいた。俺は、その道に踏み入れるべきかどうか、自問自答を繰り返していた。


「風俗か……。手っ取り早く欲望を満たせるかもしれない。でも、それで本当に満たされるのかな?」


 葛藤する俺に対して、AIは穏やかに、しかし的確に答えた。


「人は様々な形で満足を得ます。時には、新しい経験が自分を変えるきっかけになることもあります。」


「……よし。いくか。風俗に」


 その一言が、俺の中にあった最後の抵抗を打ち破った。俺は決意を固め、初めての風俗体験に踏み出すことにした。



「初めて来たけど、すごい場所だな」


 俺が踏み込んだのは、街中の歓楽街にひときわ目立つネオンが輝く風俗店だった。初めての体験に、俺の胸は高鳴りっぱなしで、視線があちこちを泳いでいる。


 店内に入ると、薄暗い照明の中で若い女性スタッフが迎えてくれた。彼女はにこやかに笑いながら、俺を部屋へと案内してくれた。これから何が待っているのかを想像しながらも、自分を抑えきれない興奮に包まれていた。


 部屋に入ると、すでに準備万端の女性が待っていた。彼女はプロフェッショナルな微笑みを浮かべながら、俺に声をかけてきた。


「初めてですか? リラックスしてくださいね。今日は特別な時間を過ごしましょう。」


「は、はい」


 俺は生唾を飲み込みながら、彼女の言葉に励まされるように頷いた。次第に緊張が解けていくのを感じながら、目の前の状況に集中し始めた。

 彼女が俺に近付いて来て、身体をまさぐってくる。この瞬間にすべてをかけているような感覚に包まれていた。


 時間が経つにつれて、身体の感覚が鋭くなり、抑えられていた欲望が次第に解放されていった。風俗での体験は、現実逃避のようなもので、日常の悩みや不安を一時的に忘れさせてくれた。しかし同時に、その経験は新たな欲望を芽生えさせるきっかけにもなった。



「いってしまったな……色んな意味で」


 そんな寒い戯言が夜風に流される。

 風俗からの帰り道、俺の頭の中には佳代子のことが浮かんでいた。今日の体験が一時的なものだったとしても、心のどこかで佳代子への思いが強まっているのを感じていた。風俗での満足感は、むしろ彼女への欲望を倍増させたような気がする。


 どうして佳代子ともっと近づけないんだろう? 彼女と一緒に過ごす未来が欲しい、もっと特別な関係を築きたいと、心の奥底で強く願っていた。


 俺は自分が本当に望んでいるものを考える。風俗での体験が、予想以上に大きな影響を与えていると感じる。自分の中の欲望や気持ちが、だんだんとクリアになってきた。


 家に帰るとすぐにAIChatを開き、新たな質問を打ち込むのであった。

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