継母は五歳年上の幼馴染〜継母とはいえ母に恋するのはマズイですか〜

こーぼーさつき

第1話

 教室で笑っていた。周りに合わせて、浮かないように笑っていた。ただちゃんと笑えているのか不安もあった。義務的に笑っているだけ。作り笑いを浮かべている。

 でもしょうがない。面白さが一ミリも理解できないからだ。

 高校三年生にもなって、人の陰口でここまで盛り上がれるのはすごいと思う。いや、高校三年生であればそれが普通なのだろうか。私の心が周囲よりも大人びている……そんなカッコイイもんじゃないか。私の心が死んでいるから、面白さがきっと理解できないのだろう。

 悲しいが、そういうものであると諦めるしかない。もうここ数年ずっとそうだった。今に始まったことではない。だから愛想笑いも上手くなった。


 「ねぇ、美咲みさきもさー、そー思うよね」


 金髪に染めたギャルは私にそう問いかけてくる。メイクが濃くて、香水の匂いもすごい。手元に視線を落とせばキラキラしたネイルが目に入る。

 ほぼスッピンである私とは天と地の差だ。


 「おーい、美咲〜」


 彼女は私の顔の前で手のひらを上下に動かし、生存確認をした。


 「生きてるよ」

 「死んだかと思った」

 「……」


 縁起でもないことを言わないで欲しい。とはいえ、今回に関しては反応しなかった私も悪い。だから文句は言わない。ってまぁ私が悪くなかったとしても文句を直接言うようなことはない。こうやって穏やかに空気を読んで生きているのに、わざわざそれを壊すようなことはしないし、したくない。


 「ごめんねー」


 場の空気を壊さないように。私はそれとなく笑って誤魔化す。本当は謝るつもりなんてないし、謝る必要も無いと思っていたのだが。


 彼女と一対一であったのならば、きっと言っていた。そういうこと言うなって。指摘していた。

 指摘しても空気が悪くならないっていう謎の自信があった。まぁそれだけの親密度ということだ。ただ周囲には彼女以外の人たちもいる。総合的な判断が求められる場面。となれば、一歩引くのは自然なことであろう。


◆◇◆◇◆◇


 胸騒ぎがする。

 今日一日ずっとそうだった。

 授業中も昼休みも帰宅途中でさえも。

 その理由はわからない。

 ここまでくると気のせいだって思った方が色々と楽になると思う。

 胸騒ぎのせいで緊張する。気が張る。穏やかじゃない。だからすべてをなかったことにしてしまえば丸く収まるんじゃないかと思うのだ。割と本気で。

 そもそもこうやって考え込むほどに胸騒ぎが大きい時ってだいたいなにも起こらない。そうやって相場は決まっている。


 「今日ずっと上の空だね」


 高校で一番仲の良い金髪ギャル。七草檸檬ななくされもんがつーんっと私の額を指先で突っつきながら、私の深くに入り込んでくる。プライベートゾーンに入り込まれるのを好まない私であるが、彼女に対しては自然と嫌悪感を抱かない。

 理由は単純かつ明快。

 親密度がそれだけ高いということ。それほどに簡単な理由があるだろうか。


 「そういう日もあるよ」

 「そういう日も……ある、のかな。えー、あ、でも、それはたしかに……そうね。そういう日もあるか。あるね、うん」


 彼女は言葉を彷徨わせた。ふらふらと不安定に言葉を紡ぎ、やがて肯定する。そこまでにどのような思考があって、それがぐるぐる回ったのかは知らないし、知る由もない。そもそもさほど興味もない。

 重要なのは結論。そうやって納得してくれた。それが大事だと私は思う。




 胸騒ぎは落ち着かない。

 会話をしても、心ここに在らずという感じだった。

 ずっと浮ついている。水の中をぷかぷかと漂うクラゲのように。心が掴めない。


 結局このざわめきを鎮めることができないまま、自宅までやってきてしまった。


 「じゃあね」


 家へと一歩踏み出したところで、檸檬は声をかけてくる。振り返ると、彼女は満面の笑みを浮かべ、ひらひらと手を振っていた。

 笑えば可愛い。まぁ笑わなくても美人なのだが。でもギャル系ってよりは本来清楚系って感じではある。だから金髪で化粧が濃いめなのはちょっともったいないなぁと思う。こればっかりは個性だから、こちらからとやかく言う筋合いは無い。言ったところで鬱陶しがられるのがオチだろうし。


 「うん。また明日」


 だから諸々の言葉を飲み込んで、なにもなかったかのように手を振り返しつつ、返事をする。


 「明日学校来るの?」


 心底不思議そうに問いかけてきた。


 「え、うん? なんで。来て欲しくない?」

 「そんなこと言ってないけど」

 「そう聞こえた」

 「そっか」

 「うん」

 「それならごめん。でも明日土曜日だよ?」


 スマホを取りだし、カレンダーアプリを開く。

 たしかに今日は金曜日だった。

 曜日すら忘れてしまうほどかぁ。


 「やっぱり行かない」

 「……金曜日なの忘れてたでしょ」

 「そんな馬鹿じゃない」

 「……まぁいっか」


 知らぬ存ぜぬを貫く。


 「じゃあね。また月曜日」

 「うん」


 そうやって今度こそちゃんとお別れをする。

 その一連の会話をしている時も、それが終わって彼女の背中を見送る時も、完全に一人になった時でさえも、私の胸騒ぎは静まるということを知らない。ドキドキドコドコバクバクと騒がしい。

 胸元にある制服のリボンギュッと掴む。そしてぐいっと捻った。胸元を触れば、少しは落ち着くんじゃないかと思ったのだ。

 結果は芳しくない。

 なにも変わらなかった。

 より一層騒がしくなることもなければ、落ち着きを見せることもない。ただただうるさい。


 「早く寝よ」


 こういう時はそれに限る。

 起きててもしょうがない。気のせいだって言い聞かせても、胸騒ぎというのは生理現象に近い。くしゃみとかあくびとか、そういう自分ではコントロール出来ないものと同じ。だからならば強制的にシャットダウンしてしまえば良い。

 人間が強制シャットダウンする方法。それは寝ること、だ。だから眠る。


 玄関の扉を開ける。


 「ただいまー」


 誰もいないはずの家で挨拶をした。お父さんは仕事。お母さんは私にはいない。兄弟姉妹もいないし、居候だっていない。言葉を発してから寂しさに包まれる。

 まぁこのご時世夕方に差しかかるちょっと前の時間に在宅している人がいるってパターンの方が珍しいかぁ。なんて思うと寂しさは簡単に吹っ切れた。我ながらちょろい。

 視線を落とす。

 玄関にお父さんの靴と見知らぬ靴が置いてあることに気付く。


 「いるじゃん」


 なんだよ。そして誰がいるんだ? と不思議になる。

 もう一つの見知らぬ靴は明らかに女性ものであった。

 もしかして……と邪な考えが横切った。いやいやと首を横に振る。若干気持ち悪くもなる。実父のそういうことを考えるって相当苦しいものがある。空腹で良かった。なにか胃にあったら出てきていたかもしれない。


 余計なことしていないで欲しい。頼む、と懇願しながらリビングへの扉を開ける。


 目の前に広がる光景。それは想像していたものとは程遠いものであった。


 「美咲おかえり」


 お父さんは私を見つけるなり、悪びれた様子もなく笑顔で応対する。もちろん服は着ている。


 「た、ただいま……えーっと」

 「紹介しようって、する必要があるのかどうか……」

 「覚えていないかもしれないので紹介して欲しいです」

 「そ、そうか。じゃあ紹介しよう。二木梓ふたきあずささん。美咲が小学一年生の時に仲良くしてくれていたお姉さんで、今日から美咲のお母さんになる人だ」


 彼女のことは知っている。

 私が小一の時に、小六で、近所に暮らしていたってこともあってかなり面倒を見てもらっていた。年の離れた幼馴染という感覚である。私は彼女に懐いていたので、ずっとくっついていた。小学校を卒業し、中学生になってからは少しずつ距離が開き、やがて疎遠になった。

 とはいえ、彼女は私にとってのお姉さんであった人だ。忘れるはずがない。


 そしてなによりも。

 そんな彼女が私のお母さんになる? だと?


 ダメだ、混乱している。

 冷静になろう。


 あずねぇが私のお母さんになる。

 わかった。うん。それはわかった。

 五歳年上のお姉さんがお母さんってやっぱりおかしいよ。でもまぁ良い。そこは百歩譲って不問にしよう。問題は梓ねぇとお父さんが結婚するという点だ。私のお母さんになるということはつまるところ結婚するということだ。

 お父さんなにしてんの。本当に。

 十七歳の私の五歳年上ってことは二十二歳。犯罪……ではない。

 だからセーフか? いや、アウトでしょ。


 「美咲ちゃん覚えてるかな。覚えていてくれたら嬉しいな。私、梓。あずねぇって昔呼んでくれてたでしょ。って、昔のこと過ぎて覚えてないかな」


 黒くて艶やかな長い髪をたくしあげながら私にゆっくりと近寄る。

 胸騒ぎは絶頂を迎える。

 この胸騒ぎの正体はこれだったのかもしれない。


 「お、覚えてるよ……」

 「ほんとー? 凄い嬉しい」


 向日葵のように眩しい笑みを向ける。私を照らす。

 そして手を広げて、そのまま私を包み込む。飲み込むって表現の方がもしかしたら適切だったのかもしれない。吸い込まれるように私は彼女の抱擁を受け入れる。

 柔らかい感覚が全身を襲う。特に彼女の豊満な胸の感触がすさまじい。


 昔から知ってるお姉さんがお母さんになるとか、まぁそういうことあるよねーと、お父さんとあずねぇの年齢差は十一歳差だしそこだけを切り取れば珍しいものでもないのかなーと、さっきの檸檬みたいな適当さで片付けそうになるが、ふと現実に引き戻される。

 どうでも良くない。それに十歳差で結婚って十分珍しくない。


 いや、ほんとなにこれ!


 私は心の中で叫んだ。

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