僕と彼女とあの夏と
儚キ夢見シ(磯城)
第1話
僕には少し他人とは異なるところがある。
それは他人の思考を見ることが出来るということ。
この能力は確か中学生になった時に自分の中に芽生えたもので、芽生えた当時は周りと自分が違うんだと、自分は周りには出来ないことが出来るかもしれないと嬉しくなっていた。
実際、周りの友達も、大人も凄い凄いと褒めてくれた。面白がってくれた。
だけど、それは最初だけだった。
時間が経っていくにつれて、なんかアイツヤバくない? 何が見えてるんだろう? 気味が悪くない? と一人、また一人と僕のそばからは人が離れていった。
そうして僕が一人になるのにはそう時間がかからなかった。
中学生の後半は普通とは違う、関わってはいけない人だと遠巻きに奇異の目で見られる日々。
そんな地獄のような中学時代を糧に、中学校の同級生が決して来ないであろう遠くの高校に自分の能力を隠して入学した。それなりに友達も出来たが、それでも限界はあった。
簡単な話、あまりにも世界は思考に溢れすぎていた。
苦しい、憎い、辛い、悲しい、うざい、そんな負の感情を含む思考に。
もちろん綺麗な感情、嬉しい、楽しいなども見えたけど、それらは負の感情によって容易に塗りつぶされてしまう。
見たくないもの、聞きたくないもの、知りたくないもの、様々なものを知ってしまった。
目を閉じても、耳を塞いでも、何をしても、それは僕の脳に伝わってきた。
皮肉にも地元を避けたがために長くなった通勤電車の中、教室、近くのファストフード店。全てが僕に牙を剥いてきた。
更にそんな僕に追い討ちをかけるように、誰かが僕を「私に、会いに来て」と呼んでいる不思議な夢を毎晩見るようになってしまっていた。
なんというかそんなあまりにも騒々しく辛い日常に疲れてしまって、ノイローゼ気味になってしまい、高校二年に進級してからは社会から、世界から、目を逸らすように自分の部屋に引きこもり、学校も休みがちになってしまっていた。
そして夏休みになっても相変わらず部屋に引きこもりっぱなしの僕を見かねたのか、事情を知っている両親から一旦父親の実家に帰省することを勧められたのがつい先日。
善は急げとばかりにとんとん拍子に話は進み、今、僕は何本か電車を乗り継ぎ、中学に上がるまで住んでいたそこに立っている。
小さな無人駅の改札を抜けて外へ出る。周りに大きな建物が何もないというより建物がほとんどなく田んぼと畑が一面に広がっている田舎町。鳥のさえずりと肌を撫でる程度だが自然を感じさせる匂いを持つ風。
祖父母の家までの行き方など記憶になかったので、道に迷いかけつつもググール先生の力を借りて、三十分ほどかけて祖父母の家に辿り着く。
久しぶりと朗らかに迎えてくれた祖父母に挨拶をして、昔僕が使っていたという部屋に持ってきた荷物を広げて整理する。とはいえ、荷物はほとんどないのですぐに終わる。ほとんど何もしていないとはいえ、電車に長時間拘束されていたのもあり、疲れたと畳の上に寝転がり一息吐いた。
「ちょっと寝ようかな……」
そんな感じで仮眠をとって、起きてから少し豪華な夕飯を食べて、その日は終わった。
それから数日、僕は結局前とあまり変わらない生活を送っていた。なんとなく起きて朝ごはんを食べ、部屋に篭り、お昼時になったら昼を食べて、夜までまた部屋に篭り、そして夕飯を食べてお風呂に入って寝る。
こっちにわざわざ来た意味って……と思うも、何かをするのは面倒臭いので結局何もすることはない。
そんな自堕落な生活に慣れ出したある日の朝食。
「夏ちゃん、今日はどこか行く予定はあるの?」
「……特にはないかな」
心の中で今日もなんだけどな……なんて静かに呟き謝る。
「それじゃあ夏ちゃん、私ちょっと出かけてくるから留守番をよろしくね。お昼ご飯は麺を置いておくから好きなように茹でて」
「うん、分かった」
朝食を食べ終わるといつも通り部屋に篭り、夏休みの課題をだらだらと進める。昼近くになり、お腹空いたなと思い、キッチンに向かう。そうめんを茹でて、縁側で食べ始める。うるさいくらい鳴いている蝉、風に揺れて心地よい音を奏でる風鈴。
「なんか平和だな……」
昼ごはんを食べた後のこともあって、うとうととし始めたところで、僕の眠気を吹き飛ばすような大きな声が耳に入ってくる。
「あー、伏見さんのところに誰か来てるー!」
急になんだ? と目を開いて、声の主の方を見るとちょうど僕と同じ年齢くらいの女の子がそこには立っていた。
「来て……くれたんだね」
「……」
それはどこか聞き覚えのあるような、懐かしいようなとても優しい声だった。
ただ、僕は感情が迷子になってしまい、なんと反応するべきなのかも分からずに固まってしまう。そんなふうに途方に暮れてしまっている僕に気が付いたのか、その女の子は私って駄目だな〜と自嘲気味に笑みを浮かべる。
「あっ、ごめんね。自己紹介もなしにいきなり。私、世間一般ではコイズミカエデって呼ばれてるんだ。よろしくね!」
「……ええっと、小泉さん?」
「コイズミさんなんて、他人行儀だなー、全く。カエデでいいよ」
「あっ、はい……」
楓さんの独特な高いテンションに押されつつも僕は違和感を抱いていた。楓さんのテンション以外で、心のどこかに引っかかる何かがある気がしたから。
じっと楓さんを見つめる。銀髪碧眼。一度見たら忘れないだろう。限られている記憶を遡っても、出会った記憶はない。出会ったことがあるわけでもないのに感じた違和感? しばらく頭をひねって、そこで僕は遂に違和感の正体に気づいた。
この人は思考が見えない。本能的に察せられるはずの思考が真っ白だった。
そんなことは能力が芽生えて以来、初めてのことだった。
僕の楓さんをじっと見つめる視線に思うところがあったのか楓さんは少し顔を赤らめながら首を傾げる。
「どうかしたの? 夏野くん」
「えっ、いや……」
不思議な感じ。ちょっと怖くもあるようで、それでいて久しぶりにワクワクするようなドキドキするような高揚感。
端的に言うならば、僕はその時楓さんに興味を持った。
「そうだ! 今日はこの後予定があるんだった……。バイバイ! また明日来るね!」
「あっ、はい……」
あまりの急展開にしばらく呆気に取られながら、とびっきりの笑顔を見せて去っていく楓さんの後ろ姿を見つめる。
嵐のような人だな……なんて思っていると僕は再びどこか引っ掛かるところに気が付いた。
あれ? そういえば僕は自己紹介をしてないのに、楓さんは僕の名前を知っていた?
……いや、そんなはずはないか。多分気が動転してて自己紹介したのも忘れてるなと僕はそう強引に結論づけて、この疑念を頭から振り払った。
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