ケチャップがけのオムライス

@gasosuta

ケチャップがけのオムライス

「うん!前よりも美味くなってる!」


親友である緋陽(ひなた)の両親が経営する店で、俺は今日も緋陽の作るオムライスを口いっぱいに頬張り、厨房に届くほどの声で感想を伝えた。


「ほんとか!?やっぱり俺もこの店の後継ぎになれるほどの腕になってきたか〜」


感想に浸っている緋陽を横に、俺は皿をはみ出さんとするほどのオムライスを既に平らげてしまった。


「ごちそうさま!」


「もう食い終わったのか!そんなにいい食いっぷりだと俺も自信が持てるってもんだ!」


実際、ここ最近で緋陽の料理の腕はみるみる成長しており、数年前の砂利のような味がした黒焦げオムライスとはまさしく天と地程の差があるだろう。


「とりあえずみんな待たせてるから早く公園行こうぜ!」


「OK!準備しとくからちょっと待っててくれ」


午後の遊びに間に合うよう、俺達は急ぎ歩きをしながらも軽い談笑をした。


「いや〜本当に美味かった。これならこの街一番どころか世界に名を轟かせるほどの名店になれるぞ!」


「そうなったらずっと俺の店に通い続けてくれよ?」


「ばかかおまえ?どんな店だろうが俺はずっとお前のオムライスの大ファンだぞ」


「そいつはありがたい限りだな」


「というか俺らももう中二か、進路どうするかなぁ」


「俺は家の食堂継ぐ気だけど黄芽(おうが)はどうするんだ?」


「それがさっぱり、こうも何も決まってないとむしろ清々しいほどだな!」


「笑い事じゃねぇだろ....ま、まだ二年の夏だしどうにかなるか」


「そうそう。それよりも今は夏を満喫することだけ考えようぜ!」


そんなことを話している内に目的地のすぐそこまで来た。


「それもそうか....っとここで踏切に捕まっちまうか。......なぁ黄芽、まだ来なさそうだし、さっさと渡らね?」


「は?どう考えても危ないだろ!」


「大丈夫だって!赤信号みんなで渡れば怖くないとか言うだろ?」


緋陽は俺の腕を掴んで渡ろうとしてきた。


「やめろって言ってるだr......」


突然の事でびっくりした俺は緋陽のことを突き飛ばした。




......突き飛ばしてしまった。


そこから先のことは今でも鮮明に覚えている、鳴り響く踏切の音、甲高い音を立てる電車、脳にこびりついた骨肉の砕ける音。


その後に感じたのは目の前に映る赤の鮮やかさと、飛び散った緋陽だった物の匂いだった。


その後のことは覚えてない、親に聞いたところ私は踏切の前で気を失っていたらしい。


緋陽のいない通学路は静かで寂しかった、緋陽のいない夏は冷たく直ぐに終わってしまった。


緋陽の食堂で出されていたオムライスは、味なんか感じられなくなっていた。


私は緋陽をあの夏に完全に閉じ込めてしまったのだ。


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ミーンミンミンと蝉が騒音のオーケストラを開いている。10年も経ったというのにこの街はあの頃と何も変わらない様子だった。


まるで、あの時にあらゆるものがピタリと止まってしまった様に。


私は緋陽が居なくなってからシェフを目指すようなった。


緋陽の作ったオムライスを再現するため、あらゆる料理本を読み漁り、幾度となく料理を作ってきた。


そのおかげか、私の店は繁盛し外国人がわざわざやって来たり、著名人が食べに来たりすることも少なくなかった。


あまりの激務が続いたため今は少し長めの休みを貰い実家へと帰省したところだ。


私は近くの花屋へ行き、少し大きめの花束を抱えあの踏切前へとやって来た。


すると踏切の奥には、あの時から変わってない彼の姿がそこにあった。


あの一件以来私はここで何度もあの亡霊を見てきた。


その度彼に背を向け逃げ出した。


彼はあの時から変わってなかった。背も私の方が高くなり、腕にはブランド物の腕時計をしている私と違い、彼の腕は頼りないほど細く、その姿は透明に近いほどの白を帯びていた。


....足が竦む。


私は花束を踏切の前に置き、一礼をしそこを去ろうとした。


「....黄......芽」


ここ数年で決して聞くことのできなかった聞き馴染みのある声だった。



-カンカンカン



....今思えば私は緋陽のことが好きだったのだろう。


友達としてではなく、恋愛対象として緋陽のことが好きだった。


しかし、この気持ちを伝える勇気もなく、寧ろこの関係のまま一生を終えることを願った。



-カンカンカンカンカンカンカンカンカン



だから私は不本意ながらも緋陽の事をここに閉じ込めたのだ。


この思い出に穢れが付かないよう。彼がここで永遠に暮らしていくように。


「こっちに...¯.'o*#.い°¿¨手」


彼は私へ手を差し伸べた。


幾年重ねても緋陽の様なオムライスは作ることができなかった。


「......そっち行けば、またお前のオムライス食べられるかな」


様々な料理を食べてきたが、あのオムライスを超える料理など味わえることはなかった。


「隠し味、なんだったのか教えてくれよ」


答えるはずない木偶の坊に問いかけた。


彼が緋陽ではないことは既に気づいていた。




......

..........だ か ら な ん だ




あれが幻だとしても私の犯した罪は消えない。


私はもう、罪を背負い、罪悪感の視線を浴びながら、この人生を歩んでいくことが耐えられなかった。


私はただ、ただただ彼の手を取った。



-カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン



「俺も、すぐそこへ……」


刹那その瞬間、前方から私の身体を何かが通り抜けて行った。


その弾みで私は踏切の前へと突き飛ばされた。


目の前には、あの頃と全く同じ電車が通り過ぎて行った。


ただ、あの頃よりもずっとずっと短く感じられた。


「そうか....」


遮断機がゆっくりと上がっていく。


もはや、目の前には行くことのできなかったあの公園へと続く道しか残っていなかった。


「緋陽、お前はそれを願うんだな」


【生きたものは死んだものの分も生きなければならない】


そんな綺麗事は耳が腐るほど聞いてきた。


そんなのは自分の犯した罪を忘れ去り、のうのうと生きていくための逃げ道を準備する。


そんな空っぽの言葉にしか聞こえなかった。


そんな言葉を自分を守る為の盾にするくらいなら、いっそ故人の後を追うことの方が正しいと感じた。


「....そう感じてたんだけどなぁ」


震える右手をもう片方の手で強く握る。


緋陽と一緒の結末で。


それで私の生が終わるのならばそれで良かった。寧ろその方がよかった。


目の前に居た彼はそれを赦してくれたが、緋陽は決してそれを赦さなかった。


私は、私の死でこの罪を償いきれると、何ともまぁ利己的で浅はかな考えをしていた。


(そんな事をしても緋陽が救われるはずがない)


心のどこかでは既に気づいていたが、緋陽の為という利他的な考え故に私は思考を止めてしまっていたのだ。


何とも馬鹿らしい事だった、何でもっと早く気づけなかったのだろう。




歩むことを止めたのは私だけであった。




私....いや、俺は消えることのない罪を抱え、これからを生きていく。


そう、俺自身を後悔の籠から解き放ち生きていく。


そう決めたのだ。


震えがおさまりようやく立ち上がることができた。


辺りはさっきの大合唱が嘘と思えるほど、蝉はとても静かに鳴いていた。


俺は踏切に背を向け、初めて通る帰路へと着いた。


しっかりと見ると面影は残っているものの、辺りは俺の知らない建物で溢れかえっていた。


その中でただ1つ、あの食堂だけは変わらずにそこに構えられていた。


「....帰りはオムライスでも食べようか」


ケチャップが大量にかかったオムライスを。

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