第8話 接近

 できすぎた兄を持つ春佳はブラコンだ。


 冬夜はへたな芸能人より顔立ちが整っているし、自慢の兄だ。


 妹のひいき目をなくしても魅力的だし、世間的に見れば彼は恋愛経験が豊富な人に思われるだろう。


 一緒に暮らしていたなら兄に彼女がいるか分かっただろうが、冬夜とは少し距離があるだけに、謎が多い。


 毎日冬夜を見ていれば幻滅する点も出てくるのかもしれないが、今のところ彼は春佳の理想を保ったままだ。


 だから春佳は兄に恋人がいないのか、ずっと気にしている。


 冬夜に似合いの女性が現れたら、ブラコン妹として葛藤するだろうが、本当にいい人なら祝福したい。


 そうして〝こじらせ妹〟から卒業し、自分も相手を見つけて幸せになりたいと願っていた。


 なので冬夜に彼女がいないのか、知りたかったのだが――。


「春佳」


 窘めるように少し強めに名前を呼ばれ、彼女はハッとして俯く。


「紹介できる人ができたらちゃんと言うから、あまり困らせるな」


 呆れ顔で言われ、春佳はさすがにしつこくしすぎたと反省する。


「……ごめん」


 謝ったあと、気まずいながらも朝食を終え、二人でキッチンに立って洗い物をしていた時だった。


 春佳が軽くすすいで冬夜が食洗機に入れる役を担っていたが、なぜか指先がよく触れ合う。


(濡れるから触らないようにすればいいのに)


 そう思って洗い物を終え、タオルで手を拭いていた時、背後に冬夜が立ちキッチン台に両手をついた。


(ん……?)


 振り向くと兄の両腕に閉じ込められる体勢になっていて、ギョッとする。


「なに」


 女性向け漫画にはこういうシーンがあるし、ドラマでもときめきシチュエーションとしてお馴染みの体勢だが、相手が兄では話が別だ。


 冬夜には憧れているものの、実際にこうなるとどう反応すればいいのか分からない。


 困惑していると、冬夜は妹を腕の中に囲ったままジッと見つめてくる。


(何がしたいの?)


 兄を見つめると、彼もまた春佳をまっすぐ射貫くように見つめ返してきた。


「春佳、彼氏は?」


 今度は逆に聞き返され、彼女は溜め息をつく。


「……いないの知ってるでしょ」


 それも、半分は冬夜が原因だ。


 完璧に近い兄がいるので、同じ歳の男の子は子供っぽく見え、欠点もすぐ目についてしまう。


『お兄ちゃんは年上だし、同い年の皆も成長したら相応に大人になるから、その時彼氏を作ればいい』


 そう自分に言い聞かせても、大学の男友達と一緒にいると『お兄ちゃんはこんな事をしない』と無意識に比べてしまう自分がいた。


 だから十九歳になる今も、春佳には恋人らしい存在がいない。


 妹の返事を聞き、冬夜は微かに目を細める。


「彼氏ができたらこういうふうに密着するけど、お前大丈夫なのか?」


 冬夜はからかうように言い、わざとゆっくりと春佳の頭を撫で、頬から顎にかけて指先を滑らせた。


 その親指が唇に触れようとした時、春佳はパンッと兄の手を叩いていた。


「ふざけるのやめて!」


 彼女は両手でドンッと兄の胸板を押し、荷物を置いてある客室に向かう。


(何あれ!? さっきの仕返しにしてもやり方がずるくない?)


 兄に恋をするつもりはないが、冬夜の整った顔を間近に見ると胸がドキドキする。


 幅の広い二重に、彫りの深い目元。意志の強そうな黒い目に、スッと通った鼻筋に形のいい唇。


 潔癖そうなその唇が、誰かにキスしたのかと思うと胸が苦しくなる。

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