第7話 兄の涙
「ごめんなさい。断れなくて」
「立派なアルハラだし、アルコールアレルギーだったら、もっと大変な事になったかもしれない。一気飲みさせられたら、どうなるか分からない」
理路整然と言われ、何も言い返せなくなる。
「……ごめんなさい」
冬夜は大きな溜め息をついてから、少し冷静さを取り戻して言った。
「春佳は来年には成人して、法的に酒が飲めるようになる。飲み会は楽しいし、そのうち酒を美味いと感じるようなると思う。でも酒とは上手な付き合い方をしていかないと駄目だ。限界を超えるまで飲んだら倒れるし、吐くし、記憶を失う。無防備に意識を失った女性を前にして、すべての男が優しく介抱して家まで送り届けてくれる訳じゃないんだ」
先ほど兄が怒り狂っていた理由を知り、春佳はどんどん反省していく。
「……はい」
素直に返事をしたからか、冬夜は小さな息を吐き、脚を組む。
「酒は人の本性を出す。大体の人は限界になる前にストップできるし、楽しく飲んで終われる。でも中には酒の力を借りてでしか女性を誘えない人もいる。意識がなくなった時に貴重品を盗まれる恐れもある。自分の限界を知らずに飲む事は危険なんだ」
「……気をつけます」
説教が大体済んで、冬夜も落ち着いたようだった。
「来年、成人式を迎えたら一緒に飲みに行こう。俺がいるからどれだけ飲んでも大丈夫だ。その時に自分がどれだけ飲めるか把握しておこう。周りに迷惑を掛ける飲み方は、大人の酒の楽しみ方じゃない。自分の身を守るために、自分の体の事をきちんと知っておくべきだ」
「分かった。ありがとう。それまでは飲まないでおくね」
「ん」
最後に冬夜は妹の頭をポンポンと軽く叩いた。
兄のマンションについたあと、シャワーを借りて歯磨きをし、客室にあるベッドに潜り込む。
頭が興奮していてすぐに寝付く事はできなかったが、汗を流して歯を磨いたからか、気分は良くなっていた。
あとは寝るだけ……。
そう思って目を閉じていたが、ウトウトしていた時に人の気配を感じて薄く目を開ける。
客室のドアは開きっぱなしで、廊下に兄が立っているのが見える。
寝ている春佳を気遣ってか、冬夜は廊下の電気をつけずにいた。
(心配してくれてるのかな……)
そう思うものの、眠たくて声を掛けられない。
薄く開いた視界の中、冬夜はゆっくりと廊下でしゃがむ。
しばらくしてから、小さな嗚咽が聞こえてきた。
(どうして泣いてるの……)
疑問が浮かび上がるが、父を喪ったばかりである事や、母の状況など、自分たちを取り巻く状況が春佳の頭から抜けている。
春佳はしばし眠りの淵を彷徨ったあと、ぷつんと糸が切れたように意識を闇に落とした。
**
翌朝遅めに起きたあと、昨晩の兄の様子がおかしかったのは夢だったろうか、と考える。
ダイニングテーブルについている春佳の前にはパンが並び、コーンスープ、少し固めに焼いた目玉焼きにカリカリベーコン、サラダが並んでいた。
サラダはお洒落にもナッツとクルトンが載せられ、シーザーサラダ風味になっている。
兄妹で向かい合って食事をしつつ、春佳はからかいまじりに言う。
「お兄ちゃん、モテるでしょ」
「そんな事ない」
「料理男子だし、格好いいし、入れ食いなんじゃない?」
今まで兄の浮いた話を耳にしていなかったから、つい女性事情を知りたくて詮索するように聞いてしまう。
「下品な事を言うんじゃない」
だが冬夜は呆れたように溜め息をつき、取り合わない。
「でも変じゃない。こんなに条件が整ってるの健康な二十四歳なのに、彼女がいないなんて。それとも、私の知らないところで誰かと付き合ってる?」
なおも食い下がるが、兄の態度は変わらない。
「誰もいないよ。今は大変な時だし、恋人を作るつもりはない」
「けど、お父さんが死ぬ前もずっといなかったじゃない」
春佳がここまで冬夜の事を気にするのには、理由があった。
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