第5話 合コン

 努めて忙しく過ごているうちに合コンの日が迫り、春佳は母に家庭教師のアルバイトが二件入っていると嘘をつき、日本橋にある焼き鳥屋に向かった。


 合コン相手は千絵のバイト先の先輩の友人らしく、社会人やフリーターが多かった。


 千絵たちが盛り上がって談笑しているなか、春佳は隅の席でソフトドリンクを飲み、食べ過ぎないように注意しながら、ちまちまと料理を摘まんでいた。


 だが千絵が言ったように、いつものルーティンと違う事をしただけで、幾分気持ちが変わったのは事実だ。


 合コンを楽しいと思うかはさておき、周りに初対面の人がいて気を遣うので、父の事を思いだして落ち込む余裕はなかった。


(いつもならこの時間、無気力なお母さんを相手にご飯を食べていたからな……)


 父の葬儀から二週間が経とうとし、七月も終わろうとしている。


 母は相変わらず床に臥している時間が多いが、少しずつ食べるようになってくれた。


 だが食べ物より酒に手が伸びるようで、良くない兆候だとも感じていた。


(薬を飲んでるから、お酒は駄目だって言ってるのに……)


 合コンに来れば気が紛れると思っていたのに、春佳は気がつけば母の心配をしていた。


 俯いて考え事をしていたからか、隣に座っていた男が春佳の前にカクテルが入ったタンブラーを置いた。


「はい!」


 明るい声で言われ、彼女はノロノロと顔を上げる。


「……え?」


「全然飲んでないでしょ! 飲みなって! カシオレ、甘いから飲みやすいよ」


「でもまだ十九歳なので……」


「かたーい!」


 男は芸人のように言い、けたたましく笑う。


「いいから、いいからぁ!」


 酔っぱらって上機嫌になった男は、春佳にタンブラーを持たせると強引に飲ませた。


「んっ……」


 カシスリキュールの香りとオレンジジュースの味がし、飲み終わったあとにジワリとアルコールの苦みが染み入ってくる。


「おー! いい飲みっぷり!」


 それを見て他の男たちも春佳をはやし立て、次のカクテルを注文されてしまう。


『お酒は二十歳から』を律儀に守っていた春佳の体に、一気飲みは堪えた。


 すぐに体が火照ってきて、頭がクラクラしてくる。


 アルハラだとか考える前に次のカクテルを飲まされ、何杯飲んだか分からなくなったあと、春佳は壁にもたれ掛かって目を閉じた。





「春佳、大丈夫?」


 千絵の声を聞き、春佳は意識を引き戻す。


(気持ち悪い……)


 頭はガンガンと痛み、吐き気はない代わりに、顔から血の気が引いて今にも昏倒してしまいそうだ。


(ここからお兄ちゃんのマンションまで、タクシーですぐだ)


 そう思った春佳は、壁にもたれ掛かったままスマホを取りだし、兄にメッセージを打った。


【お兄ちゃん、助けて】


 苦しさのあまりハァハァと呼吸を繰り返し、祈るように画面を見つめていると、パッと既読がついた。


【どうした!?】


【お酒飲んだ。気持ち悪い。日本橋○○○○】


 店名を伝えると、すぐに【分かった。迎えに行くから待ってろ】と返事があった。


「春佳?」


 千絵が心配そうに顔を覗き込んできたので、春佳は問題ないというように弱々しく笑い、緩慢な動作で立ちあがる。


「お兄ちゃんに迎え頼んだ。今日はもう帰るね」


「分かった。……なんかごめん。こんな事になると思わなくて」


 すでに二十歳になっている彼女は日頃から酒を飲んでいるようで、カパカパとビールやサワーを空けていたが、それほど酔っていない。


「いいの。……お兄ちゃん、店まで来るから外にいるね。お会計いくら?」


 すると隣にいた男にグッと手を握られた。

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