叛攻のリィ・リーラァ

糖園 理違

1話:想像と暴力から御前は産まれた【壱】

 一つの首が夜にね上がり、地面へと果てた時──の瞬間から地獄は始まった。






 ──2026年 11月16日 月曜日 22時半。


 其処そこは東北の過疎地に在る小さな村だった。

 数少ない人たちが其の村で日々を送り、互いに一生懸命支え合いながら静かに暮らしていた。


 いつもと変わらぬ何の変哲もない夜の時──村に、突如異質なが来訪してきた。


 背丈は全員3.3メートル有り。

 地面を踏み締める度に微少ながら駆動音が鳴らし、十七体もいる其れらの姿形は精緻せいち的に造られた武骨な人型機械兵の様だった。

 バイザー型頭部センサーを緑色に発光させ、調整するように時折内部カメラのサイズを変更している。


 鋼の鎧に身を包んだ巨兵──SF映画から出てきたかのような暗がりの丼鼠どぶねずみ色のロボット兵は巨大な掌に専用のライフルを装着し、村の中を進軍する。


 そして、其の中の最後尾にひときわ異彩を放つ白い影が一機。

 40センチ程の機体よりも図体が大きく、されど他に比べても華奢で人間に近い形状をしており、所々装甲に筆で書かれたかのような旧漢字が刻み込まれている。


 噂を聞いて駆けつけた村長は機械兵集団の前に恐れながらも、笑みを作って優しい声色で用を問いた。


「な、何の用でしょうか? それは何かの仮装ですか?

 よく出来ていて格好いいですが……申し訳ございません、銃や刀は隠して頂きたくて……皆さんが怖がっておりますので……」


 村長の言葉に集団は歩行を停止すると──最後尾にいた白い機械兵の左隣に丼鼠色の機械兵が一機立ち、白い機械兵は隣に来た機械兵の腰部に装備されていた刀の柄を握り、そのまま抜き心地を試すかのように抜刀した。


 勢いの良い、美麗な鎌鼬かまいたちが鳴り響く。


 他の十五機は其の場を一歩も動かず、村長たちは突然刀を抜いた事に驚きを隠せずにいた。


 刹那──村長が着ていた両脚のズボンが裂け、血の横線が綺麗に浮かび上がりだし、




 そのまま、静かに地面へと斜めに




 自分に何が起きたのかも理解できぬまま地面へとうつ伏せになって倒れる瞬間──




 いつの間にか村長の目の前へと接近していた白い機械兵は、刀を振り上げて彼の首元を斬り落としてしまう。






 其れから二十分後──村民の家は燃やされ、逃げ惑う者は背中から撃たれ斬られ、火を恐れ、闇夜の田んぼへと逃げ込んだ女子供も先回りされて無惨に蹂躙される。

 

 老若男女一切合切全員虐殺。


「ま、待ってくれぇ!! 俺たちがいったい何したってんだよぉ!!」


 一言も言葉を発さず、巨躯な鎧に身を隠し殺戮を続ける機械兵の侵軍は──




「──誰一人として生かしてはおけん」


 そう言ってるみたいだと逃げ惑う誰もが思い、死んでいった。






 時を同じくして、遠くある崖の上で地獄を見下ろす影があった。

 二人の長髪の娘──其れを中心に囲むよう八人の男が草木に隠れ、彼らは娘達の方を監視していた。


「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ──あの方……五秒で四人も。そのうち二人が子供、兄妹かしら? 子供なんて小さな的だけど簡単なのは最初に親を殺すことよ、其れも目の前で、そしたらすがれるものもなく足を止めて簡単に首を刎ねれる。

 ……まぁ上出来な方ね、上手く“IIアイツー”を使いこなせているようだし」


 片方の娘は黒髪を秋風に踊らせ、双眼鏡を手に逃げ惑う人々と“II”と呼ぶ機械兵たちを観察している。


 まるで点数を付けるかのように、監督官のつもりか隣にいる車椅子の少女に解説を交えながら長々と呟く。

 効率よく愚者たちを処す為のルート計算、殺害に躊躇いを無くす非人道。

 彼女はの村の歴史についても調べてきており、数学、道徳、歴史、社会など多くの授業を同時に受けている気分になっていた。


「ん……十八番隊の四番機、二ヶ月前に選抜されたばっかの新人ね。

 IIを纏っておきながらさっきから弱そうなのばっか殺してさ、機体の動きに感情が乗りすぎてて殺気丸分かり。なってないわね」


 そして「相手を殺す事しか考えないのは新兵らしいっちゃらしいのか」と納得したように少女は付け足した。


 本当は民間人がどう抗うのかを視たかったのだが、日常は常に死と隣り合わせだという認識の低い者達であれば逃げる選択肢しか浮かばないのであろう。

 時折シャベルや大型工具を持って反抗してくるやからも出てきては凝視してしまうが、呆気なく屍と化すのも最早定番と化している。


「せめて銃くらい誰か隠し持ってないのかしら、ご先祖様が戦争で持ち帰った物とかさ」


 前回と前々回と同じ結果で此方こちらに一つの損害も出ずに終わるのだろう。

 簡単に予想できてしまうこの演習に黒髪の少女は煩わしさを覚えた。

 海外派遣で紛争に介入した時の実戦演習映像以上の学びと興奮は一向に来ない、ただの虐殺ではもう何も学ぶことがない。




「……はぁ……はぁ……」


 すると横から小さな吐息が聞こえ、黒髪の少女は隣にいる車椅子の少女へと視線を移した。


 車椅子に腰かけていた華奢な娘は白桃色の頭髪に月光を浴びせて、え絶えと呼吸を繰り返している。

 肌寒いにも関わらず額からは汗が流れ、黒髪の少女は溜息を溢しながらも彼女の額をハンカチで拭いてあげた。


 黒髪の少女と同じ白い肌、されどて長袖から露出している手足には幾つもの傷跡が散見された。

 切り傷、暴行の残痕ざんこん、はたまた銃で撃たれたような跡まで人間が受ける様々な傷跡が全身の隅々まで残っており──


 黒髪の少女によく似た美しくも幼いで立ちの美顔にも、数多くの傷跡が残っていた。


「……え……」


 すると、白桃髪の少女の唇からぽつりと言葉が産まれた。


「…………もう飽きた……遠足、行きたい」


 「またか」と言いたげに黒髪の少女は眼を細めると、彼女をなだめようとしゃがみこんだ。

 視線の先には白桃髪の少女の左眼、己と同じ蒲公英たんぽぽ色の眸が映っていた。


まま言わないの、良い子だから。ね? 一緒に見ましょ?」

「い、嫌! ……遠足行きたい!」

「ちゃんとの戦いを見て後学に励みなさい」

「嫌! 嫌、嫌、嫌、嫌、嫌! 遠足に行きたいの……!

 ママの作った卵焼きを持って……森にある公園に行って……」


 言い聞かせようとも白桃髪の少女は首を大きく横に振り、己が我が儘を子供の様に突き通そうとする。


「……ママじゃなくて、お母様」


 黒髪の少女が呆れた様子で訂正を入れるも、白桃髪の少女は大きな眸からポツポツ涙を太腿へと落としてスカートを濡らしていく。


 黒髪の若女は『矢張やはりこうなるか』と諦めて、彼女を無視する事にして戦場に集中する事にした。




 双眼鏡を向けた先には業火の中、一機立つ白いIIが映りこんでいた。




 村長を斬った刀を地面に刺したまま殺戮は他のIIに任せて、自分は其の場を一歩も動こうとはしない。

 否、王自ら戦いに赴かずとも部下が片づけてくれる。

 其の自信と信頼があの一凛の白いはなを獄炎の中で色付かせているのだ。




 ──自分たちもいづれあそこに立ち、先陣を斬る身となる。だというのに、この子は……。




「うっ……ううっ……うっ……ママ……ママぁ……」




 母を呼び続け、嗚咽を漏らしながら泣き続ける白桃髪の少女の右眼は──

 純白に彩られており、時折蛋白石オパールのような虹色を夜にきらめかせていた。


 ※


「お疲れ様でーす」

「うん、お疲れ。李羅りら君」


 バイトの終了時間になり控室に戻ると、加賀李羅かが りらはスマホで動画を流しながら今日中に出す書類を書いていた品出し部のチーフに挨拶をした。


「ごめんね、今日は休みだったのに」


 自分のロッカーを開け、私服に着替えている李羅に書類を書きながらチーフが聲を掛けてくる。


「まさか日比野ひびの君が飛んじゃうなんて、彼あんな風だけど結構真面目なんだよねぇ」

「えぇ、ですからヘルプの電話来た時ちょっと驚いたんですよね。あの人几帳面だし」


 日比野は李羅と同じ品出しでバイトしている大学生であり、頭を金髪のメッシュに染め、不真面目そうな外見をした若者で──バイトが終わると彼女が待っていたり、よく友達と飲みに出かけているのを見かけられていた。

 李羅にとって『正直五月蠅うるさい』と感じる人物ではあったが決して悪人というわけでもなく、仕事は生真面目であり社交的な面は李羅も尊敬している部分ではあった。

 そんな彼がバイトをサボるとは到底思わないので、微かに『まさか喧嘩とかに巻き込まれたのかな』と偏見を抱いてしまう。




『二週間前に起きた大量殺人事件。

 今年で三度目となる集落地ばかりを襲った本件ですが、警視庁は集団による物である事は間違いないが犯行動機はいまだ不明であり、犯行に使われた凶器もわかっていないと──』


 チーフのスマホから流れてくるニュース動画が耳に入り、『もうそんなに経つのか』と虐殺行為に対する感情よりも時の流れの速さを実感する。

 チーフはというと「酷いことするなぁ」と溢しながらも書き物を続けていた。


「……んじゃ、先上がります」


 着替え終わってロッカーを閉めた時には、動画ではコメンテーターが海外の政治的介入と馬鹿馬鹿しいコメントを呟いている場面であった。


「……あぁ、李羅君。表の出入口前にある掲示板のポスター剥がして、これ貼って来てよ」


 そう言って机の上に置いてあったA3サイズのポスターを三枚渡されると、李羅は小さく頷いて扉の方へと歩いて行った。


「今日はホントごめんね、おかげで助かったよ」


 二回目の感謝の言葉を投げられ、李羅は静かに振り返った。


「いいえ、どうせ暇だったんで。それに……」


 と、言葉を続けようとしたが抑えて斜め上へと視線を逸らした。


「あー……失礼します」


 誤魔化ごまかすように李羅はいつもより強く扉を閉めて、帰って行った。




 ──2026年 11月29日 日曜日 21時10分。




 掲示板に貼ってあったポスターを全て張り替え──『雪合戦とスケート体験!』と丸いフォントで書かれた来月末にある雪祭りのポスターを少しの間凝視すると、李羅はバイト先である総合スーパーを後にする。


 街灯や車のライトが衣服や肌を差し、体の疲れを少しずつ抜いてくれているように感じてしまう。

 車が来ていないと赤信号を無視し、人の邪魔にならぬよう端に寄って通り過ぎていく。


 ──帰りたくないな。


 李羅は微かにそんな事を考えながらも、早くこの街から抜け出したい気持ちが勝って少し早歩きになった。


 駅が目前に視え、信号に捕まるとタクシーや車が横切る光景を見て李羅は少しの間俯いてしまう。


 ──……ん。


 すると足下の左に自転車のよりも小さなタイヤが視界に映り、斜め左を見下ろすといつの間にか車椅子の人がすぐ真横で信号を待っていた。

 厚めな服を着こみ、人らしからぬ透き通るような白桃色をした長髪で背を隠す姿は異世界に生きる妖精のようにも視えた。


 そんな少女を盗み見ていると青に変わり、李羅は早々と信号を渡り切ってしまう。

 其のまま駅へ向かおうとしたが──李羅はふと後方を振り返ってみると車椅子の少女は少しも動いてすらいなかった。

 駅と彼女に視線を移していると李羅は来た道を戻り、青信号の点滅すらも無視して少女のもとへと立った。


「あの……信号、渡ります? 一人じゃ動けないとか……」


 思い切って聲を掛けてみるも、少女は人形の様に反応すら見せずただ黙り込むだけだった。

 『変に親切を出してしまった』と心中で溜息を溢し──


「何でもないなら……良かったです」


 と逃げる様に駅へ向かおうとした。






「──まっ!」


 必死に呼びかけるような甲高い聲が後ろから聞こえ、李羅の手を両手で必死に捕まえてきた。


「駅、乗りたい! じゃなくて……電車! 乗る!」


 たどたどしい喋り方で李羅へと話しかけてくる少女を見て、彼は一瞬妙な違和感へと陥ってしまう。


「あれ……アンタ……」


 彼の手を一生懸命掴んでいる小さな手も、彼に向けている其の顔も──




 見えている至る所まで──彼女の身体からだは、傷跡にまみれていた。

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