第11話 奏でよう
――私には、音楽がある――
母の夏海も、お祖父さんも
私の音楽への道を応援してくれていたのを思い出し、はっとした。
優花の強さと優しさが、愛に力を与えてくれた。
世間の人たちの中には
「そんな事言われたくらいで人が変われるはずがない」とか
「所詮、その程度の哀しみだったんだ」とか言って、
愛の心の傷に塩を塗りたくってくる輩もいるが
そんな雑音は気にしない事にした。
愛や優花の心は、可視化できないから軽んじられる。
闘うのは自分だ。立ち上がるのも自分だ。
この震災で、私のような人が沢山できた。
同じ痛みを知るものとして、力になる音楽を届けたい…
愛は、優花の手を握りしめた。
「まだ正直言うと、笑うのはしんどい。
突然、心に闇ができて何もかも放り投げたくなる時もある。
でも、生きていく。……ありがとう、優花」
…………
千賀子は心配していた。
普段通りに振る舞おうとする愛が時折見せる
無表情な顔つきをみていたからだ。
夫の時男も感じていたらしく、千賀子と二人きりの時
「愛ちゃん、かなり無理しているな。
せめて、父親の悟さんだけでも見つかると良いのだけれどな」
と、そう話していたのだが、
今日帰宅すると、愛は久しぶりに笑顔で迎えてくれた。
三人で食卓を囲むと、愛が
「私、音楽で何かしたいなって思うの。
きっと、天国にいるお母さんもおじいちゃんも
私が泣いてばかりいるのを望んでいないだろうから。
叔父さん、叔母さん、力になってください」
真剣な顔つきで、語り掛けてきた。
時男は、その言葉を聞くと
「いつでも応援しているから、思い切りやり抜くといい。
愛ちゃんの事をお母さんたちも護っているとおもうよ」
と愛に優しく言った。
――愛ちゃん…強くなったね
きっとあなたのその姿を天国からお母さんたちがみて
泣いていると思うわ――
「愛ちゃん、私のピアノ、古いけれど使ってね」
「叔母さん、ありがとう」
愛が再び歩み出す……
…………
学校の文化祭を目指して、曲を作ろう。
愛と優花はそう決めた。
作曲とピアノは賞を取ったことのある優花が担当し、
歌詞をボーカルを愛がすることになった。
海は今でも憎い。
だけれど、心に浮かんでくるのは海での想い出ばかりだった。
――思い出すのも辛いのに、辿り着くのは海の事ばかり。
お母さんの笑顔も何もかも、背中には海が映ってたんだよね――
愛は、母との思い出を辿りながら
慣れないけれど作詞をした。
一番最初に浮かんだ言葉は
『ありがとう』だった
ありがとう
優しくつないだその手の温かさ
いつもどんなときも忘れない
ありがとう
海の色に染まる貴女の微笑み
離れた今でも私の支えになる
泡沫~あぶく~の中に言葉を託せるのなら
あなたは何と遺したのだろ
私の名を呼んでくれますか
私の元へ流してくれますか
………
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