ユニーク弁当

まきりい

ユニーク弁当

ㅤ初めて彼のお弁当を見た時、私はかなりの衝撃を受けた。


 その日は、お弁当を食べる時に誘ってくれるクラスメイトが風邪で欠席だったので、自分の席で一人で食べていたんだけど……。


 隣の席の田村くんが弁当の蓋を開けた瞬間、なぜだか不思議な匂いが漂ってきたから、つい、その中身をチラ見してしまった。


 彼のお弁当を見た途端、衝撃すぎて、そんなんあり...? って口から出そうになって、ぐっと飲み込んだ。


 見てはいけないものを見てしまった気がして、慌てて自分の机の上の色鮮やかな弁当に視線を落とした。

 

 私のお弁当は、いつも彩りが良くて可愛らしい。


 料理研究家気取りのママが毎朝早起きをして作ってくれるお弁当だ。私はそんなイケてる美味しいお弁当を食べられる昼休みの時間が楽しみの一つだった。


 隣の席の田村くんのお弁当には、私が生涯見た事のないユニークさがあった。チラ見しただけの秒単位の時間で記憶出来てしまえるほどの、シンプルなくせにインパクトがある芸術作品とも言えるものだった。


 白ご飯の上に、鮎の塩焼きが豪快に丸ごと一匹乗っている。まるで白ご飯の上を泳ぐかのように。白ご飯の余白には黄色いたくあんが、これでもかという程に散りばめられていた。シルバーと黄色のコラボレーションに、差し色は白。とても斬新なデザインだった。


 私が受けた衝撃は大きく、お弁当の味も感じられないほどだった。

 確かに私は鮎が好きだけど。でも、お弁当に鮎の塩焼きを丸ごとママが白ご飯の上に泳がせようものなら、きっと文句を言ってしまうと思う。

 

「恥ずかしいからやめて! 普通のにして!」

 

 そんな風に、作ってくれたママの気持ちも考えず、間違いなく文句を言うと思う。


 なのに田村くんは違った。

 

「なるほど……」


 と顎に手を当てて呟き、少し微笑んでから、お弁当に対してありがたく両手を合わた。

 それから修行僧のようにブツブツと10秒ほど呟いた後、


「いただきます!」


 豪快に鮎の塩焼き弁当を食べだした。

 ワイルドに鮎の頭からかぶりつくと、わずか一本の骨も残さず平らげたのだった。


 ボリボリと、たくあんを咀嚼する音は癒し音にしか聞こえなくて……。

 なんなのこの男子、と、異物を拒否するどころか、視線は彼へと引き寄せられた。

 しばらくたくあんと白飯で咀嚼をしていた彼は、


「おかずが足りないな……」


 と呟き、水筒のお茶を残りのご飯にドボドボとぶっかけ始めた。

 

 え!? ここでまさかのお茶漬け!?

 

 見て見ない振りをしてお弁当を食べていた私は、隣の席の田村くんを、思い切りガン見せずにはいられなくなった。

 

 田村くんは、ズズズー! と、お茶漬けに変わった弁当を豪快な音を立ててすする。たまにムセたりして、大丈夫? って声をかけたかったけれど、そんな勇気はなかった。


 ムセ落ち着いた田村くんは、四角いお弁当箱の角の部分に口を当て、性懲りも無く豪快にお茶漬けを味わっている。角の部分から攻めていくところ、彼の弁当茶漬けは年単位で培った慣れた食べっぷりだと見て取れた。きっと、日常に当たり前にある彼の習慣なんだと思う。


 あっという間に仕上げのお茶漬けで完食した彼は、悟りを開いた僧侶のように両手を合わせた。

 

 静かに、それでいて癒しのオーラを放ちながら、弁当にお参りをするかのように、何かを呟きながら両手を合わせて目を閉じている。


 耳を澄ますと……。


「神様、仏様、氏神様、天使様、龍神様、ご先祖様……、宇宙!! 我の血肉となろう食べ物をお与え下さり感謝します。弁当ありがとう、いただきました、ばあちゃん」


 彼は病気なのかしら……。


 そのいただきましたの呪文で私の鼓膜を震わせてからというもの、私は田村くんの周波数にチャネリングするのに必死だった。



ㅤ彼のお弁当を見た翌日から、私は友達の席へと移動して一緒にお弁当を食べることをやめていた。

ㅤ友達は他にも沢山の友達がいるし、その輪に入ってお弁当を食べたところで、私に話題を振られることもない。もちろん、私から話題を提供するわけでもない。


 人の悪口や愚痴を聞きながらの食事は正直マズい。それに居心地も悪くなるので、お弁当を食べ終わると、結局私は自分の席へと戻り一人で過ごした。なので、気をつかって女子のコミュニティにいるよりも、最初から一人でお弁当を食べる方が気が楽なんだと気づいた。


 なにより、隣の席で豪快にユニーク弁当を食べる田村くんの傍にいたかったのだ。彼のお弁当と、それを美味しそうに食べる姿を間近で見ることが、私の癒しとなっていた。私も彼を見習って、お弁当を食べた後は両手を合わせ、『ママ、いつもありがとう』と感謝の気持ちを心の中で呟く習慣ができた。



 田村くんは毎回、締めにお茶漬けをかきこみ10分で完食すると、中二病的な呪文っぽい『いただきました』を言いながら修行僧のように手を合わせる。

 

ㅤそれから弁当をカバンの中へと片付けると、仲の良い友達の輪の中へと入っていき、グラウンドへと飛び出していく。

 

 窓際の席にいる私は、サッカーボールをドン臭く蹴っ飛ばす田村くんを、イメージ通りで裏切らない男子だと思いながら眺めた。


 走り方にも特徴がある。


 スラッとした高身長だからか、走る最中、自分の長い足に絡まりそうになってコケかけるなんて有り得るのかしら。どうやって走ったらあんなにも格好悪くなるんだろうと疑問に思いながら、毎日昼休み中そのドン臭い姿を眺めていた。



ㅤある日変化が訪れた。

 その日の彼のお弁当は、焼きそばに紅しょうががこれでもかというほどにトッピングされているお弁当だった。


 私のお弁当は、千と千尋の神隠しのカオナシのキャラ弁。


 高校生になってからも、ママは私にキャラ弁を作りたがったけど、さすがにそれは中学生までにして欲しいとキャラ弁禁止令を出していた。


 でも私は、彼のお弁当にインパクトで勝ちたいと思っていたから、昨夜ママにキャラ弁の復活をお願いしていた。ママは気持ち良くそれを引き受けてくれたのだ。

 

 焼きそばの紅しょうがたっぷり弁当を開いた田村くんは、


「うっわ~、麺類か……」


 珍しく気が抜けた声を発した。

 残念そうに顔を歪め、


「これじゃあお茶漬けが出来ねぇよ……」

 

 とても悲しげな声で呟いた。

ㅤその瞬間、私は机をバンバン叩きながらゲラゲラと大爆笑してしまっていた。


 人は不意の笑いを堪えられないもの。

 まるで自宅でテレビを観てくつろいでいるような感覚で、気付けば下品に大口を開けて笑ってしまっていた。……どうしよう。私のイメージが壊れてしまうよ。恥ずかしい!!


 田村くんは驚いたように私を見つめた。

 目が合う。

 私はバツの悪さに全身の毛穴が1.25倍で開く感覚を味わった。身体中が熱くなる。

 そんな私に、彼は優しく微笑みかけてきた。


「牧田さんのような可愛い子がそんな豪快な笑い方するだなんてとても意外だよ! うちのばあちゃんと同じぐらいの愉快な笑い方をするんだな? こっちもつられて笑いそうになったよ!」

 

 それから、私のカオナシのキャラ弁に視線をやり、子供のように瞳を輝かせた。

 

「君のお弁当はいつもすごいのな! 写真撮らせて貰いたいぐらいのクオリティだよ! 弁当にこのキャラ作ろうとした君の母さんも素敵な人なんだろうな」

 

 すっげ〜!! と感動しながら、私のお弁当をマジマジと見つめてくる。


「ありがとう。ママに伝えとくね。とても喜ぶと思うわ」


 田村くんは、私のカオナシ弁当と自分の焼きそば弁当を見比べてから、これでもかという程に沢山トッピングされた紅しょうがが乗っている焼きそば弁当を、ズズズ……! と、気持ちのいい音を立てて豪快に食べだした。


「私もあなたのお弁当、斬新なデザインのそれ、興味深くていつも心に残っているわ」


「そう? ありがとう! それ聞いたらばあちゃん喜ぶよ!」


 確か中二病的いただきましたの呪文の中に、『ばあちゃん』という名詞があったのを思い出した。


「いつもお弁当、お祖母様が作っていたの……?」


「そうだよ。僕の血肉となる食べ物を作ってくれるのは、大抵ばあちゃんなんだ。いつも感謝してる」


「そうなんだ。お母様はお忙しいの?」


「母さんは今天国にいるよ。僕が小二の時に病気でね」


「……あ、ごめん。そうなんだ。私ったら悲しいこと聞いてしまってごめんなさい」


「そんな悲しい顔しないでくれよ。大丈夫だ。心の整理はできてるし、日々幸せだと思って僕は生きてるんだから。今日は麺類で茶漬けができなかったけど、幸せさ」


 私も彼と同じ状況だったとして、こんな風に考えられたかな。……多分、難しいと思う。


ㅤ弁当を作る人、それを食べる人。

ㅤどんな気持ちで作るのか、それをどんな気持ちで食べるのか……。

ㅤ私たちが当たり前に毎朝作ってもらっているお弁当は、愛情を具現化するひとつの手段でもある。私はそれを田村くんから学ばされた。多種多様なお弁当の背景には、食べる人と作る人の世界観が無限に広がっているんだ……。


「田村くんが幸せでよかった」


「ありがとう」


 ズズズ……と麺を啜る彼から目が離せない。

ㅤ私の箸は止まったままで、豪快に食べる田村くんを見つめすぎていたら、彼は居心地が悪そうに苦笑いをした。


「カオナシ食べづらい? 可愛いもんな。食べるの勿体なくなるよな?」


「そんな事ないよ。 ほら」


 私はカオナシの額に箸をぶっ刺した。


「痛い!」


 田村くんはカオナシの代わりに額に手を当てて、ケラケラと笑った。

 私も笑った。

 一口食べて、また田村くんに視線をやった。

 見ずにはいられなかった。

 見るなと怒られるまでは田村くんが幸せそうに弁当を食べる姿を見ていたい。


「そんなに見られると食べづらいよ。僕なんかをそんなにも見つめたら、牧田さんの目が腐ってしまうんじゃないのか……?」

 

「見ずにはいられないの。とても興味深いのよ、田村くんの食べる姿。とても幸せそう」


 田村くんはハムスターのように口の中いっぱいに焼きそばを頬張り、

 

「ばあちゃんの弁当を笑わずに褒めてくれたのは牧田さん一人だけだよ。ありがとな!」


 ハートにズキューンと来る最高の笑顔を私に向けてくれた。


「お茶漬け好きなの?」


 一生懸命に食べる彼に問いかけた。

 

「まあ、いつもの習慣みたいなものだね。どうしてもご飯が余るんだよ。だからついね」

 

 そう言って爽やかに笑う彼の顔を、私は初めてしっかりと見たように思う。


 彼は、こんなにもカッコイイ良い男子だったかしら……?

ㅤ私はあまり人の顔を見て話をしない質なので、その時まで彼がこんなにも爽やかイケメンだとは知らずにいた。


 鼻筋がすっと通っていて上品に高い。

 顎がシュッとして、その輪郭、美術の授業の絵のモデルにもなれそうなお手本の形をしている。

 切れ長の目。なのにヘアスタイルがボッサボサで整っていない。その膨張した髪と長い前髪が、彼の顔面偏差値の足を引っ張っているようでもったいない。それはギャップを大好物としている私からしたらかなりの衝撃だった。

 気づいてしまったからにはもう、私のハートは田村くんにさらに集中し始めた。

 

 

 昼休みのグラウンドで、友達と無邪気に笑いながらドン臭くサッカーボールを蹴っ飛ばす田村くん。


 体育の時間、ドン臭くバスケットボールをし、チームの足を引っ張る田村くん。


 いつでも彼のまわりには笑いが絶えなくて、ドン臭い彼を皆が温かく突っ込む日常風景。

 そのボサボサ髪を、もう何度か男子達がわしゃわしゃとかき乱して、

 

「おい田村ぁ~頼むぜ~」

 

 なんて温かく笑われていて。


 私もそんな風に、そのボサボサの髪をわしゃわしゃとしてみたい。気軽にわしゃわしゃとできる男子がうらやましかった。

 

「わりぃ~ゴメンな!ってか、僕にパス禁止!」

 

 そう自虐しておちゃらける彼の笑顔を私にも向けて欲しいと、強く願ってしまった。



ㅤ私があまりにも田村くんを見ているからか、ふと視線を感じで振り返ると、彼と目が合う事が多くなった。


 お互いに直ぐに逸らしてしまうけれど、一日のうちで彼とどれだけ目が合うのか、心の中で正の字でカウントするほどに、私は彼に惹かれていた。


 


 田村くんのお弁当には、週に一度『缶詰の日』というものがある。

ㅤ週に一度は弁当作りが休めるようにと、お祖母さんを気遣って彼が用意する、逆の意味で彼の愛情が溢れたお弁当だった。


 そんな缶詰の日を私は心待ちにしていた。

 彼は日の丸弁当の蓋を開けた後、


「い出よ! イワシ!」と呟きながら缶詰をオープンした。


 いつものように両手を合わせ、中二病的なお祈りの後、美味しそうに食べ始める。


「私、田村くんのユニークなお弁当も、それを豪快に美味しそうに食べる姿も好きなの」

 

 締めのお茶漬けを始めようとする彼に、私は「ストープ!」と叫んだ。


「田村くんコレがあるの! もし良かったら受け取って欲しいの!!」


 私は、シャカシャカと激しく個包装を振りながら、お茶漬けの素を差し出した。

 

「え? こ、これは! お茶漬けの素じゃないか!! しかも大人仕様のヤツ! これを僕がもらってもいいのか!?」

 

「どうぞ。これはあなたが食べるにふさわしいわ。それに私は、お茶漬けを食べる田村くんが特に好きなの。だからぜひ貰って欲しいの!」

 

 私は、私ができる限りの笑顔で、お茶漬けの個包装を陽気に振ってみせた。受け取ってもらえるのか否か、緊張が高まってしまい、シャカシャカがどんどん激しくなってしまう。


 田村くんの瞳は輝いた。

ㅤもしも彼にしっぽがあったなら、間違えなく左右に高速振りをしているだろう。

 

「うっわー! やっぱり牧田さんって優しいのな! 天使のようだよ! めっちゃ嬉しい! ありがとう! じゃあ、遠慮なく……」

 

 彼は私からお茶漬けの素を受け取り、封を切ってパラパラと弁当茶漬けの中に振りかけた。


「神々しい!! 茶漬けの粉が輝いて見えるよ! ありがとう! いただきます!」


 ズズズー!と豪快に掻き込み、

 

「お茶漬けの素ウメー!!」

 

 吠えるように喜んだ。


 なんてかわいい男子なんだろう。

 動物に例えるなら、犬だと思う。

 可愛くて、ドン臭くて、癒し系で、やさしいイケメン犬の田村くん。そんな田村くんに対して、まさかの恋心が芽生えてしまった。私は日々雪だるま式に大きくなっていくこの気持ちを、このまま隠すことなんてできない。


「あのね田村くん。私ね、あなたのお弁当が大好きなの。……それにね、お弁当だけじゃなくって、田村くんのことも好き。なんでかいつも考えてしまうの。あなたのお弁当と、それを幸せそうに食べてるあなただけじゃなくって、そのお弁当の背景込みで田村くんのことが好きになってしまったの!!」

 

 私は、溢れる感情を正直に垂れ流した。

 教室は皆の話し声で賑やかだ。だから私の告白は雑音に掻き消される。

 でもそばにいる田村くんの耳にはしっかりと届いたようだ。


 お茶漬けをかき込んでいた田村くんは一瞬止まったかと思うと、ゴホゴホと激しくムセ出した。


 ムセすぎで、米粒が2メートルも離れた席にいる男子の背中へと飛び、その紺色のブレザーに見事にピタリと貼り付いた。

 まるで漫画のような一コマだった。

 

 私と田村くんは、その誰かの背中に貼り付いた米粒を見てから、互いに顔を見合わせてゲラゲラと笑った。

 

「すごくうれしいよ。僕も、多分同じ気持ちだよ」

 

 彼は顔を赤くしながら、未だにムセの余韻に苦しんでいる。

 

「多分なの…?」

 

「……いや、多分じゃない。絶対だ。僕も牧田さんが好きだよ。君の肉食系っぷりに正直戸惑っているところだ。どうリアクションすればいいのか困ってる。明日は、ばあちゃんにキャラ弁作ってってムチャぶりしたいぐらいに混乱してるよ……」


 動揺している彼にも癒される。

 彼のどんな姿を見ていても、私は自然と笑顔になってしまう。

 

「ねえ今度、田村くんのお祖母様に会わせてもらいたい。あなたのお弁当の作者にぜひ会いたいわ」

  

 彼は、両手を合わせて頼む私に、「いいよ」と優しく微笑んだ。


 彼の周りの空気は何時でもキラキラと輝いて見える。


 彼はきっと、異臭がするトイレ空間でも良い香りにさせてしまう優秀な消臭剤のように、場の雰囲気を浄化して明るくする特殊能力を持っているのだと思う。


「ウチのばあちゃん、強烈キャラだけど大丈夫? まあ、やさしくて面白い人だけど……」

 

 田村くんは何かを思い出すように笑い出した。

ㅤきっと今彼は、お祖母さんの強烈なエピソードを思い出したんだと思う。なんだか楽しそうで、その思考を覗き見したくなる。

 

「強烈キャラのお祖母様、ぜひとも会いたいわ。約束ね!」

 

 私は彼に小指を差し出した。


「オッケー!」

 

 彼は躊躇いもせず、私の小指に、小指を絡ませてきた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ユニーク弁当 まきりい @makirii3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ