覆面魔術師、切田くん。ヤンデレ聖女に愛されて夜も眠れる異世界７日間戦記

決裂

「そうだ！君の仲間もうちに一緒に連れてきたまえ！我々を倒したという口実で、ガバナから奪い返してな！…どう思うね諸君！？我が気配りの力を！！」変なポーズを決めるハインツ隊長を筆頭に、偽装盗賊たちは無責任に盛り上がる。

「いぇー」「うぇーい」「出たよ、いつもの」「『する偽善』っすね。隊長得意の」

「うるさいぞ！！そこっ！！……ええい、どうせ証人も居ないことだし、好き勝手に手柄を盛るが良い。たかだかそこらの盗賊ごときに、少年の【マジックボルト（魔法弾）】を防ぐすべなど持ち合わせてはおるまいよ。うむ、それがいい！」

「俺らそこらの盗賊ですよ」

「おおっと、これはしたり！」ハッハッハ、とわざとらしい笑い声が上がった。

「…証人がいない？」切田くんは、外にいるはずのマフィアたちを思う。

「ああ、外にいるガバナの戦士どもの事か？奴らなら今頃、とっくに殺されているだろうよ！！」

（……ダズエルさんとガゼルさんが殺られた？）

「ふふん。口ばかり達者で気難しくとも、腕が立つのが出ておるのだ。運が良かったなあ少年。んん？」

（……強力な仲間が、まだ外にいるのか……）懸念（けねん）材料が増えていく。ひとまず切田くんは、最大の懸念（けねん）について話を聞いてみることにした。

「仲間の『スキル』は強力です」

「…んむ！……それはだなあ…」隊長は気後れして口をつぐみ、笑いを引っ込める。

「…僕は一体、これからどうすればいいでしょうか」

　切田くんが作った懇願（こんがん）の声は、本人が思っていたよりも弱々しく響いた。……彼らは顔を見合わせる。

「…まあ、【ブレインウォッシュ（洗脳）】で安定させるしかないよな」

「なんとかする方法があるのなら、今までだってなあ…」

「出来るとしたら仮に【ブレインウォッシュ（洗脳）】を施して、『神代の迷宮』の新魔法やマジックスクロールに望みをつなげることぐらいじゃないか？」

「スキルを封じるマジックアイテムだって、もしかしたらあるんだろ？」

　切田くんはどこか昏い表情で、彼らのざわめく様子を見ていた。……突きつけられた剣たちは、すでに緊張感を失っているように見える。

「…その、剣！いいんですか？」

「ああ」「引け引け！」盗賊たちは各々（おのおの）に剣を引き、鞘に収めていく。……そして、口々に思うところを吐き出し始めた。

「いいから一緒に来いよ。こういう事はひとりで何とかしようとするものじゃない」

「そうそう。思い詰めるのは良くないよな」

「隊長だって、自分が渇（かわ）く仕事してるからああ言ってるんだよ」

「余計な茶々を入れるな！良きことに手間金を払うのだ、誇らし遊びの良い気分でいればよかろうが！！」

「別に俺らもそれでいいですって」

「召喚勇者はどこもガチャガチャしてるしなあ。無理やり召喚してるのを薄めようとして」

「うちの上の方でだって処遇は問題になっただろ。人道にも（・）と（・）る（・）って」

「タカ派がすぐに喚（わめ）き散（ち）らすんだよ」

「うちはスキルと魔法と迷宮頼みの小国だぞ。簡単に切れるかよ」

「すみません。みなさん」切田くんの深刻な声に、盗賊たちは相好（そうごう）を崩した。

「いいって。気楽にな」

「うちの隊長はこんなだけど、割とちゃんとしてるからさ」

「ええい、だから余計だと！！」

「はいはい。で、どうします隊長。少年がいればガバナの出先のひとつは潰せますよ」

「そうだな！！少年。……今までよく頑張った。我々は君を十全に救うことなど出来んが……」

　隊長は適度に相好（そうごう）を崩し、芝居らしからぬ落ち着いた態度で、切田くんの素顔の覆面をじっと見つめる。

「…君が奪われ失ったものを取り戻すための戦時糧秣。多少のとまり木にはなる事も出来よう。…だから今は、一旦我らとともに…」

「……待て、少年。……何をしている……？」

「どうかしました、隊長？」「なんです？」盗賊たちがざわめく。

　隊長だけがこの場の危険を感じ取り、血相を変えた。

「何故こんなにも、外が明るくなっている！？答えろ、少年！！！」

　――半開きになったドアの向こう。建物の壁際に、十の光球がフワリと浮かんでいた。『飛ばないマジックボルト』。切田くんがそう呼んだものだ。

　それらは追加で流れ込む力によって光を強め、今は夜を昼間に変えるが如く、煌々（こうこう）と輝いていた。――半開きのドアから、強い光が差し込む。

　隊長は憤怒に形相（ぎょうそう）を変え、スラリと装飾長剣を抜いた。

　その姿を切田くんは、昏い瞳でじっと見ていた。

（遅い）

「『マジックミサイル』、一斉発射」

　壁が、内側に大きく爆発した。

　◇

　木片や漆喰（しっくい）、藁（わら）等が散弾状に飛び散り、――突き抜けて来た眩（まぶ）しく輝く十の光弾が、損壊の狼煙（のろし）と共に一斉に十人の盗賊へと襲いかかった。

　着弾。弾（はじ）けて入り混じった血肉とエネルギーを吹き散らし、九人が吹き飛ぶ。暗転、部屋が瞬時に消灯する。――頭上を破って降りかかる、最後の致命の光球も、正面の隊長に刳（えぐ）る軌道で襲いかかった。

　軌跡を描（えが）いて振り上げられた隊長の長剣が、輝く光球を弾き飛ばして軌道を変えた。「『パリィ』！！」何かを叫んだと同時にその振り上がった剣を、踏み込んで袈裟斬（けさぎ）りに斬り下ろした。

（なにっ！！）切田くんは戦いの素人だ。斬撃を避けるどころか逆に体を強張（こわば）らせてしまう。それでも『精神力回復』が軋（きし）みを上げて、その致命攻撃を避けるよう指示を出した。……極限の集中が、全てをゆっくりした動きに見せている。

（間に合わない！？吹っ飛べ！！）

　体が横に吹き飛んだ。突如（とつじょ）現れた別の大きな光球が、肩にぶつかって弾けたのだ。――ゆっくりと動く世界の中、切田くんは思う。（通常弾の威力はそのままに、着弾面積だけを膨らませたドッジボールの『マジックボルト』。…痛いなこれ！）

　既（すんで）のところで長剣は空を切る。隊長の瞳がギラリと光り、剣先が巻き込む様に軌道を変えて横薙ぎに追った。

　血液が、舞った。

　切田くん、そして九人の盗賊たちの身体がほ（・）ぼ（・）同（・）時（・）に床に跳ね飛ぶ。（がはっ…！！）

「きぃああああああああああああああああああっっっっ！！！」裂帛（れっぱく）の気合と共に踏み込んだ隊長の剣撃が、倒れた切田くんに襲いかかった。

（うわああああああっ！！）切田くんの脳裏に、はっきりと死がよぎる。

「ま、多連装（マルチプル）『マジックボルト』！」虚空から放たれる何発もの光条が、振り下ろされる装飾剣を両脇より激しく弾（はじ）いた。隊長が剣を振り下ろした時、既（すで）に切っ先はカッターの刃みたいに粉々に折れ飛んでいた。

「けぇええええええええええええええええええっっっっ！！！」何の迷いもなく折れた剣を放り、勢いのまま隊長は拳を固めて踊りかかった。喉に拳を突き込まれる。「げうっ！！」襟首（えりくび）を掴まれる。

　腹にまたがられて膝でガッチリ固定される。ひねられた襟首（えりくび）が締め上げられ、握り込んだ鉄槌が切田くんの顔面に振り下ろされた。

「がっ！！」

　二度、三度。

　四度、五度、六度。

「ぐっ！！、がっ！！」

　隙間を縫（ぬ）った死物狂（しにものぐる）いの『マジックボルト』が、隊長の『障壁』に弾かれ、消える。

（死ぬ…！？）世界が歪（ゆが）む。切田くんの意識が途切れ、消えていく。

（死にたくないっ！！嫌だっ！！）もがく手先が、何かに当たった。切田くんはただそれを掴み、横っ腹に叩きつけた。

「…むっ！！」

　隊長の鉄槌が止まる。――脇腹から生えたそれは、柄（つか）や鍔（つば）に見事な装飾が施されている、隊長の折れた長剣だった。

　腹に刺さった異物をチラリと一瞥（いちべつ）すると、隊長は再び拳を握り込み、再び切田くんの顔面に鉄槌を叩き込んだ。……折れた剣を握る手が、緩む。

（嫌だ！嫌だっ！！）朦朧（もうろう）とする意識の中、切田くんはしわがれた声で叫んだ。

「『マジックボルト』！！」

　折れた剣を握る拳のす（・）ぐ（・）横（・）で発生した光弾が、突き出た柄（つか）に叩き込まれた。隊長の腹に、剣がねじ込まれる。

「…ぐぅっ！！」たまりかねたように襟首（えりくび）から手を放し、隊長は切田くんの腕へと手を伸ばした。

「『マジックボルト』！！」

　柄（つか）に光弾が叩き込まれ、折れた剣はさらに隊長の腹にねじり込まれた。

「ぐあああああっ！！」隊長は痛みのあまり、のけぞった。

「…鎧を貫く（アーマーピアーシング）『マジックボルト』」

　僅（わず）かな時間の溜め。金切り声を上げる光の杭が発射されて、隊長の『障壁』と顎（あご）から脳天を突き破った。……弾体は、天井に小さな穴を残し、消える。

　わずかな硬直を経（へ）て、隊長の体は後ろへと倒れていく。切田くんの脚に絡まるように、それはドサリと床に転がった。

　◇

　荒い息を吐きながら、切田くんは辛（つら）そうに起き上がる。顔はボコボコに腫れ上がり、肩はいつの間にか切り裂かれて血に塗（まみ）れている。

　未（いま）だ垂れてくる、鼻血を拭（ぬぐ）った。（…これじゃあ外を歩けないな）

　損壊の爪痕より差し込む月明かり、床に転がる幾多（いくた）の死骸。副長と呼ばれていた盗賊の腕が、切田くんの覆面を握りっぱなしでいる。……極限までチャージされた『マジックミサイル』の爆発によって、背中と肩を刳（えぐ）り取られている。それでも他の盗賊たちと比べ、損傷は少ない。

　切田くんが水袋の覆面をむしり取ると、副長の体はわずかに身動（みじろ）ぎをした。

「…生きていたんですか」切田くんは平坦な声をかける。

　そして、ボコボコの顔を隠すように覆面を被った。

「痛っ…もう謝りませんよ」

　副長は薄目を開けて、呻（うめ）きと共にかすれ声を出す。……空気の漏れ出す、ひゅうひゅうとした声。

「…何故、こんなまねをした…」

「僕にこうさせたのは、あなたがたの国ですよ。僕はこの国の召喚勇者です。この国の組織さん」

　副長は驚愕（きょうがく）に顔を歪（ゆが）め、そして破顔した。

「…ははっ…復讐、というわけか…」

「……復讐ですって？」

　心外であった。復讐などと考えたこともなかったのだ。切田くんの胸を激しい不快感が満たす。――『精神力回復』が、ガリガリと異音を立てている。

「…都合ですよ、こんなもの。あなた達はただの、コラテラル・ダメージ（副次的な犠牲）です」

　副長は、すでに事切れていた。

「…ああ、くそっ…」

　切田くんは腹立たしげに言い放った。

「…そこらじゅう痛いな。もう…」