ぼうっとしている切田くん
街は刻々と夕闇に包み込まれていく。人波はすでにまばらで、繁華街を外れると夜間の往来はあまり無い。……街に照明インフラが
(電灯の前はガス灯だったかな?照明インフラって。爆発しそう)爆発する。だから滅びた。――単純な話、電灯との覇権争いに負けただけなのだろう。『俺が滅ぼしたんだ!』エジソンは本当にろくな事をしない。いや、エジソンに謝れ。
(…魔力灯みたいな、特有の現地設備は無さそうだ。魔力エネルギーの運用は、一般人レベルでは使われてはいないみたいだな…)
魔力や術式をやり取りする、不可視の回線が存在すること自体は感じられる。(こう、なんとなーく)……しかしながら、それは具体性に欠け、そもそも存在が物質的ではない上に、術者に紐付けされスタンドアロンな状態でさえない。
インフラとして使うには、魔術師を
切田くんとマフィア達は、この街に点在する
港や歓楽街の近くにも(港湾労働者用の)貧民窟は存在するが、盗賊たちの根城は都市の北側にある。港からはかなりの距離があるようだ。
「おい、キルタ。お前『スキルホルダー』なんだろ?」前を行くダズエルが、ニヤニヤ声を掛けてきた。
「だったら今のうちに、持ってる能力とか魔法を俺に教えときな。なぁに、悪いようにはしないって。連携とかあるだろ?」
(これだもの…)切田くんは頭が痛い。(ジャイアンかな?言うわけないでしょ)
「…でしたら、ダズエルさんもガゼルさんも、当然、自分の能力を教えてくれるんですよね?」
監視件『スキルホルダー』への抑止力として付けられた二人なのだ。同様の『スキルホルダー』である可能性は高い。(答えてくれるわけがないし、能力者がそうそう居るものでもないとは思うけど…)
眼帯男は背中越しに、
(……はい?)当惑する。少なくともこの二人は、――潜在敵。決して心を許せる相手ではない。
なんてことなしに、ダズエルは続ける。
「じゃあ教えてやるよ。俺の特技はな、…面の皮が厚いことさ。ブハハ」
ガクーとなる。(…伝わってますよ、そのぐらい…)裏切られると分かっていても、一度期待を
「…俺も以前、誰かに褒められたことがある。…生きてて偉い、…動いているだけで偉いと…」「馬鹿にされてんだそれ。で、キルタ。お前は?」
「そりゃあ、歳のわりには落ち着いている、ぐらいは言われたことありますけど…」
「お前はバカか。落ち着き自慢でどうやって敵を倒すんだよ。
(めっちゃ
「余計ですよ。どうせ詳しい事は話せないんですから。面の皮厚くたって敵を倒せないのはダズエルさんも同じでしょう」
「面の皮厚いほうが倒しやすいだろうが!」「…動かなければ、…倒せない…」
(屁理屈ぅ!)イライラしたが、『精神力回復』があるので問題ない。「どうせこれから好きなだけ見られながら戦うんです。そんな趣味ありませんけど。本番ではちゃんと、
「無理すんなって。お前の体幹じゃあ蹴り技はコケるだろ」
(うるさいなぁ…)「いいからそれまで放っといてくださいよ。戦う前に疲れます」
ヤクザ二人は顔を見合わせ、肩を
(…戦う前に疲れたよ…)先導する背中を追いつつ、遠くに見える『王城』――おそらく、切田くんたちの敵がいる。を横目で見ながらも、ため息混じりに決意を新たにする。
(この戦いが済めば、いよいよ『迷宮』に行ける)
(『迷宮』に入りさえすれば、強力な魔法の力も、装備だって手に入る)
(…合ってるよな、これで。その場しのぎの歯がゆさも、勝ち筋の無い
勝ち筋も何も、『敵』の姿は
(……疲れているのか、僕は)振り払おうと頭を振る。
(…
(抗魔盾や謎バリア持ちよりも強い、ということはない。勝つ事自体は簡単だ。あとは、ひとりも逃さないよう確実に全滅させる…)奇妙に浮つく考えを、切田くんは決意によって奮い立たせた。
(…そして僕は、未来を
(……)
昏い影がよぎった。(本当にそうなのか?)
(嘘をつくなよ切田類。東堂さんと未来のため?そんなものは雰囲気だけの飾りだろ。『精神力回復』を得るまでの僕は、はたしてどんな人間だった?)
(僕はあの、高嶺の花にのしかかってコンプレックスを満たしたいんだ。マウントを取りたいんだよ)
(あの手の届かない、キリリとした綺麗な人を、落ち着いた演技と口先でいいように言いくるめて、得意がっていたいんだろう?)
(…なるほど、言葉に嘘はなかったさ。こうして僕は実際に、あの
「……違う」
(ん?否定するところかな?ここ)
「……僕はそこまで小さい人間じゃない!」
(そんな
(だったら自分を納得させてみろよ。出来ないだろ?…さあ、僕は何故、わざわざこうして戦いにおもむこうとしているんだい?)
「…だから、僕はっ!…東堂さんと先の未来のために戦おうとしているんです。そのこと自体は合ってる。間違ってない」
『嘘つき』
……聞き覚えのある女性の声が、響く。
「……東堂さん……」
『…嘘ばっかり!結局きみも、他の人達と同じよ』
「……」
◇
「…ルタ、おい、キルタ!」
切田くんはハッっとした。
「何ぼうっとしてんだ、お前」ダズエルが肩を掴んで揺すっている。
「…すみません」
「しっかりしろやホント。…見えたぞ。そら、奴らのねぐらはあの建物だ」
街並みはすっかり寂れている。崩れかけた建物や布張りの住居が建ち並び、
(『しっかりしろや』、だってさ。…本当にしっかりしろ、切田類…)
「…ギリギリまで接近して仕掛けます。いいですか?」
「好きにしな。…それとな。ひとつお前に教えておくことがある」
「なんです?」
「実はな、アジトからお前に付いて来ているのはな。…実は俺たち二人だけだ」
「……?」眼帯男が何を言っているのか分からず、少し混乱する。……そして切田くんは出発前、彼の悪態に対して言い返したことを思い出した。
『背中から刺せみたいなこと、言われませんでしたか?』『あなた達二人だけじゃないですよね、同伴者』
「だから半分ハズレだよ、キルタ。お前の
「ガキってのはすぐ思い上がる。そんな覆面で顔を隠してイキっても、お前が口先だけってのは隠せてねえんだよ」
「……」
◇
「ありゃ駄目だな、多分」トボトボと根城に向かう少年の背を眺め、ダズエルは
「…キルタは戦闘系の『スキルホルダー』なんだろう。戦う事は出来るんじゃないのか…」
「雇用するならお断りってんだよ。雇いたいか?あいつは根本のところが出来てねえ。『スキル』をポン付けしただけの『勇者』様か何かだろ、あれ」やれやれ、と肩を
「…まあ、言いたいことはわかる、ダズ…」
「うまくいったら
「…そうだな。…俺たち二人なら。俺は裏に回る…」
「ああ、頼むぜぇ。俺は見張りと合流して、奴らの様子を聞いておくさ」
合図を交わして二手に別れ、……去りゆく背中にニヤニヤと、嫌味ったらしくひとりごちる。「…『そんときゃ俺ら二人で』ってな?ブハハ。笑えるぅ」
眼帯男は
◇
酒と獣臭。不潔な格好。半端な革鎧に、脂の臭いがする無骨な刀剣。
散らかった部屋を照らす、――白々しくも光源のない不思議な灯り。むくつけき男たちのたむろする、緊張の
いや、
――魔性、顕現。
背の高い、長い茶髪の、気の強そうなグラマー美女が立っていた。折れ曲がった大きな三角帽子が揺れる。
長い脚のむちっとした太ももに食い込む、ヒールの高いロングブーツ。男の情慾を誘う、くびれを強調したぴっちりしたボンテージ衣装。胸元からは、豊満な北半球が大胆に露出している。
彼女は両手をだらりと
「おつかれーす」「おぅーす」「うぇーす」「ヒューヒュー」盗賊たちも口々に出迎えの言葉をかけた。ゆるい拍手まで聞こえる。中歓迎ぐらいだ。
一番身なりの良いシャンとした盗賊だけが、彼女を
「遅刻だぞ。…今日はずいぶんご機嫌じゃあないか、『呪殺の魔女』」
すると『魔女』もまた
「…その呼び方はやめてもらおう。今は名も無き盗賊だ」ハインツと呼ばれた伊達男は不愉快げに続ける。
「しかし、ガバナの商店を襲撃して以来不機嫌を通したお前が、どういう風の吹き回しだ?サボりをくれて遊んでいる間に、良いことでもあったのか?」
「ふぅん?あんなの不機嫌にもなるでしょう」彼女は心底面白くなさそうに答えた。
「女子供をいたぶって殺すのが特務騎士様のすることなんだぁ。それも自分のところの国民を」
「……ふん。大義や国益を
ハインツの言い草に、盗賊たちは口々に不満の声を上げる。
「怪しまれないよう下品で
「あんまり具合はよくありやせんでしたぜ、あのオバハン」
「俺、勃たなかった」
「あれなら娼館のほうがいいよな」
特務騎士ハインツは激昂した。「余計な茶々を入れるな!輸入雑貨を歌っちゃいるが、あれはガバナの
「随分都合のいい話ねぇ~」
「ふん。それもこれも『ガバナの出入り口』などという話が表に出てきたおかげよ。…まったく、
パタパタと足を踏み鳴らすハインツは、
「『ガバナの出入り口』を放っておけば、『神代の迷宮』の資源流出はもちろんのこと、いずれ『王城』への直接攻撃さえ可能になってしまうのだ。…今は『迷宮』内での接続が確認できていない以上、上層で独立しているか巧妙に隠されており、そして下層でつながっているはずだ。放っておけるはず無かろうが」
「…ガバナ・ファミリーは大きくなりすぎた。『出入り口』もそうだが、奴らを弱らせるにはこうして罠を張って」
スラリと剣を抜く。――盗賊には似つかわしくない、装飾を施された美しい長剣だ。
「ほころびが出来るまで、今は狩り続ければいいのだっ!!」
「
「…あまり俺を舐めるなよ、覗き見屋のコウモリが…」ハインツは面白くも無さそうに剣を収め、そのことに我慢がならんと悪態をついた。
「貴様が腕のいい魔術師なのは認めるがな、組んだ奴らを殺しすぎて、『迷宮』で食っていけなくなったのは聞いているんだぞ。それで『盗賊ギルド』に寄りすがって」
「…隊長、ハインツ隊長!」
盗賊のひとりが押し殺した声を上げる。
「なんだ副長!」
「…その辺で止めてください。相手は『呪殺の魔女』ですよ?…手練の迷宮クラン員全員を一晩のうちに呪い殺した、本物の『魔女』です」
「……」苦虫を噛み潰すハインツに、彼女は得意げに鼻を鳴らした。
「ふふん?女に恨まれるような真似はやめておくことね。うんざりさせすぎて背後から刺されないように。私だけじゃなく、あなたが自分の女気取りでいる、あの緑の目の女の子にもね?」
「相手好みにかわいく
「……このアマっ!!」
「隊長!」再び剣を抜こうとしたハインツを副長が押し止める。
だが、『魔女』はそれを見ていない。
いぶかしげな周囲など気にもとめずに虚空を見上げ、……やがて、
彼女は告げた。
「来たわよ。敵」
「ガバナか」ハインツは一転、真剣な口調で答える。
「…たぶんね。戦士2、魔術師1。張り付いている斥候1と合わせて合計四人。
「諸君、戦闘準備!」「うぇーい」「うぃーす」ハインツの気勢に、盗賊たちはダラッと剣を抜いた。弛緩した空気に似合わぬ精悍な
「黒鎧はガバナの『スキルホルダー』だ。油断するなよ。正面には立つな、必ず多数で当たれ!」
「私は裏に回るわね。なんなら戦士も含めて全員、私だけで狩ってもいいけど?」
大言を吐く『魔女』を睨みつけ、ハインツは苛立たしげに
「…外に張り付いているガバナの見張りはどうするんだ。相手に魔術師がいるんじゃ透明にもなれまい?」
『魔女』は
「『あなたの見つめる
……何も起こらない。
渦巻く黒い魔力は、
だが『魔女』は自信満々に、盗賊たちに向かってこう言った。
「殺したわ?」
「こっわ」「うへへ」剣を片手に盗賊たちは、ニヤニヤと顔を見合わせた。
◇
貧民窟に沈む
ダズエルに吊るしあげられた動揺など『精神力回復』の前には無意味だ。(曇らせか?お?曇らせ回か?)
そして、アラジン的な十人の盗賊。――立ち塞がるミッションを前に『賢者』たる頭脳が高速回転し、状況から随一の戦闘プランを割り出す。
(確実に対象を全滅させるには、本来ならば包囲が必要。ひとりの僕にはそれが出来ないんだから、)
(…やはり敵全員を照準内にとらえて、撃ち漏らしの無いよう丁寧に狙撃するしか手は無い…)
(…つまり、今やるべきことは、本当のギリギリまで敵に接近する事だ…)
(…僕の命を晒す距離まで…)歩みを止めた切田くんの目の前には、盗賊の根城が堂々とそそり立っている。(やるべき事は決まっている。臆するなよ、切田類。……行けっ!)
「すみませーん」
切田くんは、根城の扉を高々とノックした。……
物陰で様子をうかがうダズエルは、その光景に絶句し、頭を抱えた。
「…おいおい。…あいつは何をやって……何なんだあいつはっ!?」
もちろん作戦行動の一環である。――切田くんの持つ『賢者』としての才覚が高速回転し、与えられしすべての勝利条件を満たすための、完全無欠の戦闘プランを弾き出したのだ。優秀!
(隠密行動からの、あえてのノック。動的正式訪問潜入法だ。名付けて『ダイナノックエントリー』!)
建物の中から返事はない。切田くんはもう一度、扉を高らかにノックした。ドンドンドン。
「ごめんくださーい」
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