盗賊退治はいかが?
港より少し離れた場所に位置する港湾居住区。商会建物や流通倉庫の立ち並ぶ、忙しくも整然とした商業区画。荒々しい荷役や船乗りたちの集う港とは一線を画している、その内の一棟。
外観上は怪しい気配のない
「…それで?ネッド。おめえはどう見た」応接室の豪華なソファにてふんぞり返る、眼鏡を掛けた尖った風貌の男が、卑屈に振る舞う軽薄男を威圧的に睨みつけている。「へ、へえ。何の
「
ガバナファミリー幹部、グラシスだ。
眼鏡越しの眼光は鋭く、細く贅肉の無い身体をしている。口調は乱暴だが落ち着いていて、若さに見合わぬ貫禄がある。
ガバナファミリー。暴力による支配を
グラシス組はその直参として、港と歓楽街を仕切っている。――ここは、彼らが使うアジトの一つだ。
うながされたネッドはピンと来ない顔で「…ああ。ヘヘ。そうゆう奴っすね。分かってますって」とうすら笑い、つらつらと得意げに語り始めた。
「そうですね、まず女戦士トードー。陰気な女ですが
「ふてぶてしいっていうんですかねぇ。あいつ
グラシスは一言で切って捨てた。
「ガキの方は必要ない」
「えっ」
「…何だ。
「…いや、そうじゃないんです。…その。さっきのは言葉の
「何なんだ。まったく…」グラシスは
「…ネッド。この際だからはっきり言っておく」
「いいか、おめえのスキル『好感度』は、アホみたいな名前だが誰にも負けねえ。やり方次第じゃおめえひとりで国とだって戦えるぐらいの強い『スキル』だ。
「おめえは世界に選ばれたんだ、ネッド。それをなんだ。モメるから嫌だと?」
ネッドは目線を
「嫌だとは…」
「同じだ。日和りやがって」グラシスは腹立たしげに葉巻を吸い込むが、長い灰が落ちることはない。
「
「…へへ」照れくさそうに首を
「普通ってのはな!そのへんにいる奴らと同じってことだよ!!クズってことだ!!!」
「ヒッ…!」
グラシスは心底頭が痛そうに、腹の底からため息をつく。「…ああ、くそっ。ネッド、お前は甘ちゃんなんだよ。お前がそんなんじゃ、俺はいつまでたっても
「女のほうな、ありゃ本物の
「…そりゃあ、…だって、この国自慢の【
「知るか。そして大立ち回りを演じた末に、無傷で脱出してきたのがあの女だ」気を落ち着け、長くゆっくりと葉巻を吸い込む。
「さらにその後、追撃してきた衛兵隊を一個中隊、ものすごい力で突き殺している。抗魔盾も鎧も貫いてな。全滅だ」
「…は?めちゃくちゃだ。俺そんなのを迎えに行かされてたんすか?…そんなご
ギロリと向けられた眼光に、ネッドはまた首を
「…すいやせん」
「衛兵隊の装備は強力だ。徹底的に対策をされている魔術師にできることじゃねえ。ガキのほうも召喚勇者なんだろうが、コソコソ逃げまわってたんじゃ
グラシスは葉巻を灰皿に置き、ちょいちょいとネッドを手招きする。――そして、ヘコヘコしながら近づくネッドの胸ぐらを、
……強く睨みつけ、言い放つ。
「女は『魅了』して、
「『魅了』を維持できるよう隔離しろ。薬を使って中毒にしつつ、徹底的に
「…お、俺の『スキル』は『魅了』まで上げないほうが強くて…」
「甘ったれたこと言ってんじゃねえ!!!やりたくねえだけだろうがっ!!!」
激昂するグラシスに、ネッドは再度ヒィッと悲鳴を上げた。怯えた眼前に指を突きつけ、食い込む様に怒鳴りつける。
「ガキが使えるようなら残してやってもいいが、女の心変わりを見せつけろ!それでも折れないなら他で使ってやる。お前がやるんだ。いいな、ネッド!!」
胸ぐらを
「…その」
「なんだ」
「うまく段取りできるかどうか…」
「いいからやれ!!」
◇
ヘラヘラした態度を振り向きざまに硬化させ、ネッドは去り際に押し殺した声を放つ。
「……俺だって、ちゃんと考えてるのにっ……!」
ドアが閉まるのを待たずして肩を落とし、「……だぁぁ……」グラシスはやれやれとため息をついた。
「馬鹿の相手ってのは、ほんと砂を噛むみてえに不愉快だな。…
「目先だけの問題行動も多い。裏目る前に
「上手く使えと言うには聞こえは良いが、ただの丸投げだろうが。お前なら出来るだと?おためごかしを。まったく…」
「おい!!」どこかに怒鳴ると、へい、と部屋の外から小さくハリのある声が答える。
「歓迎の準備だ。当たりは強めに行け。一戦やらかすつもりでな。中に2、外に2だ。外は戦士団を並べとけ!勇者のカチコミを想定しろ!!」返事と共にドタドタと騒がしい足音が聞こえだした。
「…ふん、実際ブチ切れてかかって来ないもんかな?新入り共」
「血が沸き立てばこんなクサクサだって、多少は収まるだろうよ」
◇
(インテリヤクザだ)切田くんはひと目見て、そう思った。
眼鏡を掛けた痩せぎすの男、グラシスは、偉そうに葉巻をふかしながら応接ソファでふんぞり返っている。……左右に
(葉巻って、大物っぽさとか金持ち感が出て良いよな。…しかし…)
(…これは、脅しを
切田くんは何となく察する。剣呑漂う鉄火場の状況。
暴力匂わせ等の不利益によって盤面を制圧し、恐喝の言質を取られぬようロジカルに、かつメンタル的に追い込んで、契約を自主的にさせる。ヤクザじゃなくとも普通にやる常套手段だ。追い出し部屋とか。
(
スマートフォンの録音録画は厄介極まりないが、――それは社会構造に不正排除の仕組みがあり、それが機能している場合に限定される。歴史的には極めてレアケースだろう。ここでは使えない。
(当然僕らはスマホどころか、
(…国の予算で、あれだけ大掛かりに呼ぶぐらいだしなぁ…)
国の重鎮並べての大見学会が行われるぐらいだ。望まれる側にはたまったものではないが、たまらん返しは実行済みである。かえって鬱屈のぶつけ所に困る所だ。
案内を終えヘコヘコするネッドを
「…お前ら、『神代の迷宮』に入りたいんだって?」そしてギロリと、切田くんたちを
「正規の手段以外で『迷宮』に入って稼ぎたいなら、うちの組織に所属するしか手段は無い。…覚悟は出来ているんだろうな?」
(…始まったみたいだ…)初手から『何も言わずに全面服従しろ』と来たもんだ。――切田くんはむしろ愉快な気分になる。『出来てます』とでも答えれば一旦の服従意識につけ込んで、押し込まれるだけのヤクザメソッドが次々並び立つことだろう。
(…まあいいや、話を進めてみよう。僕だってこの選択に目があるのかどうか、探りを入れなきゃならないんだぞ…)「あの、雇入れの条件を詳しくお願いします」
「…あ?」臆することの無い、……というよりもこの場の空気にまったくそぐわぬ斜め上の返答に、グラシスは思わず眉をひそめる。――周囲が瞬時に沸騰した。
「舐めとんのかゴラァッ!!!」
「いい。黙ってろ」猛烈にいきり立った護衛たちを、グラシスはそっけなく手で制す。
そして続けろと言わんばかりに
(脅しつけ路線を止めた?…聞く気にさせたってこと?)
(…いや、相手が身構えたって事だ。潜在的な怖さは増している…)
「『迷宮』に
少年のあまりの平坦さに少し黙り、グラシスは考えるふうに葉巻を吹かした。
「…お前ら、国と喧嘩したらしいな?昨日だけでずいぶんと死体の山を築いたと聞いてるぜ。まるで災害だ」
「ここを去ると言っても行くところなんかないんだろう?うちで働くなら
切田くんはうなずいた。「ありませんね」
「だったら素直に従っていればいい。多少の理不尽など飲み込んでな。大人はみんなそうしている」
「相手にもよりますよ。素直に従うぐらいなら野ざらしで死ぬほうがマシ、なんて事、この世界にはいくらでもあるでしょう」
「……このっ、口を
「うるせえ!!黙ってろと言ったろうが!!ほんっと使えねぇ…」
「だ、だってカシラが当たりは強めに行けって…ぐぼっ!!」護衛が吹っ飛んだ。捻じりこまれた裏拳がどてっ腹に入ったのだ。棚に頭から突っ込んで、調度品がガシャガシャと床へと落ちる。
緊張に背筋を伸ばしたもう一人を
「キルタだったな?いいか、うちは『企業』だ。働けねえやつ、稼げねえやつはお呼びじゃねえ。…口先だけのやつもな。だったらキルタ、お前。…何が出来る?」
「……」沈黙。誘いには乗れない。『スキル』にまつわる下手なことは答えられない。
「そこの女、トードーの話は聞いている。国軍相手に大立ち回りの末、包囲を破って脱出してきたらしいな。腕のいい奴がうちで働くのは大歓迎だ。キルタ、お前はどうした。お前は今までどんな結果を出してきた」威圧的かつ落ち着き払った態度で、意識の上から
「ずいぶん口先は達者なようだが、その手の奴なんざその辺探せばいくらでもいる。うちが欲しいのは即戦力だ。とっくに実力を示しているトードーに、まとわりついて来ただけのお前なんざ正直お呼びじゃねえ」
「女の陰でいちいち口出ししてきやがるから、仕方なく相手してやってるんだ。それを分かって物を言え。言ってる意味わかるか?」
「ねぇ、ちょっと」横から東堂さんが口を挟んだ。あからさまにグラシスを小馬鹿にした声だ。
「あなたの組織ってその程度なの?情報がいい加減ね。切田くんは私より強いのよ」
「東堂さん」押し止めようとする切田くんを制し、彼女はどことなく自慢げにうそぶく。
「追ってきた兵隊たちが全滅した話、まだ届いてないのかしら。やったのは切田くんひとりよ」
(東堂さんがいなけりゃ、僕は
「ふたりの共同作業。でも強いのはやっぱり切田くんのほう。わたしが手こずった重装備の兵隊たちを、切田くんはあっという間に倒したのよ」
「どうやってだ?」グラシスの油断なき眼光が、切田くんの警戒心を刺激する。
(探られているな。…ここは黙っていても仕方がない。チンピラの死体やホッパーさん経由である程度の情報は回っているはず…)
「…『マジックボルト』です」
プッ、と誰かが吹き出した。
護衛たちが小馬鹿にしている。……吹き飛ばされた護衛さえも起き上がって、わざわざ元の位置で笑っているのだ。
グラシスも眉をひそめ、全く興味がなしという
……切田くんは正直ムッとした。
(…どうにも敵対的な人たちだ。脅しつけに来ない分だけ、交渉の余地はあるかな、とも思ってはみたけど。…『マジックボルト』、かっこいいでしょ?)
(この流れは駄目っぽいな。この人たちと殺り合う可能性がある以上、不用意に情報は開示したくない)
(…それに、
「東堂さん、ここまでにしておきませんか?」
切田くんは引き時だと思った。――『迷宮』に入るチャンスを棒に振るのは残念だが、相手は餌をちらつかせながら挑発や言いくるめを駆使し、こちらを良いようにしたいだけのようだ。……これはどちらかというとチャンスではなくピンチの部類だろう。
東堂さんもだいぶ
「…そうね。わからずやの人たちだわ。これ以上付き合う必要なんてない」
「あの、僕らはそろそろ」
声を高めた切田くんを
「…その御自慢の【
(…食いつきが悪いと見て値を下げてきたか。交渉術ではあるんだろうけど…)切田くんはげんなりし、東堂さんは鼻で笑う。
「私たちふたりなら、どんな敵が相手でも無敵よ」
「キルタひとりでだ」
「…駄目よ。ありえないわそんなの。私たちは二人組なの。ふたりで戦うのが前提よ」
「キルタのほうが強いんだろう?なにを慌てることがある」
「……」黙り込む東堂さんを挑発するでもなく、穏やかに、言い含めるように続ける。
「最初だけだ。これは
(脅しも駆け引きも終わって、ここからが本題ってことか。…駆け引きがあって当然って感じ、僕は嫌いだな。僕は正直、値引き交渉みたいな事だって嫌なんだ)
(…とは言え『迷宮』は、僕たちの強さに直結している…)相手に譲る余地があるのならば、安易に交渉を捨てるべきではないだろう。切田くんはご機嫌斜めの相方をなだめた。
「…もう少しだけ話を聞いてみましょう、東堂さん」
「…切田くんがそう言うなら」
彼女も不本意そうに答える。
さて、交渉の本番開始だ。切田くんは少しだけ身を乗り出した。
「それで、オカシラさん。僕はなにをすればいいんです」
◇
「うちの組は『盗賊ギルド』という組織と揉めていてな」グラシスは面白くもなさそうに、フシフシと葉巻の煙を吐き出す。「迷宮ギルド、ひいては素行の悪い貴族どもが引き込んだ外国の組織だ。うちのシマにも食い込んで好き勝手やっている」
「そんな奴らの一団が、真夜中にうちの傘下の商店を襲った。金を奪うだけじゃねえ、詰めていた人間を皆殺しにしやがった。畜生働きのド外道よ」
「…今、そいつらのねぐらをつかんで監視している。キルタ」何気ない口調で、グラシスは言った。
「お前、ひとりで殺ってこい」
ギラリと殺気立つ東堂さんの手のひらを、サッと腕を伸ばして握る。…彼女も強く握り返してきた。
グラシスはそんな様子を
「見届けに何人かつけてやる。そいつらに実力を隠してもいいし見せつけてもいい。結果だけで良いからお前ひとりで殺るんだ。…相手は十人前後。フル装備の衛兵隊一個中隊より強いってことはない。出来るよな?」
「……切田くん、これは『違う』わ」
そう言いながら東堂さんは、じっと切田くんの横顔を見つめてきた。
「…今までは、私たちを害しに来た人たち。これはどんなに酷い事をした人達だとしても、私たちには関係のない人たちよ」
「店員や店主だけじゃねえ、女子供まで惨殺された。店主の妻は強姦された形跡があった」
「……」黙り込む東堂さんを横目に、切田くんは慎重に考えを巡らせる。
(確かに、相手がどんなに極悪人だったとしても、今回は僕が殺す道理など無いな。東堂さんの判断は正しい)
(つまり、それを押してでも働けるかどうか。見合った十分な報酬があるかどうかだ。…働くっていうのは嫌なことなんだな…)
(……働きたくないな……)切田くんは
(とはいえ、『迷宮』による強化は必要。…そして正規の手段では、おそらく僕らは『迷宮』に入れない。魅力的な報酬ではある…)
(…働きに対して提示された報酬は、①『国の追手から
(……うーん、微妙だな。元の世界で言うと『武装民兵ゲリラをひとりで潰せ』って事だろう?いくら僕が銃を持っているからって、元デルタとかスーパー暗殺者じゃないんだから…)
切田くんは昨日の朝まで普通の高校生である。不思議な武術など習っていないし、怪しい里や血統の出身でもない。……なんなら普通の高校生よりも、フィジカルに関して自信がなかった。
(向こうは、足元見る気満々だ。後で報酬を
(だったら自分の
(拒否を理由に襲ってくれば、反撃する道理は立つ。…そうなればこの人たちをボコボコ
(……ただ、このヤクザさんたち、僕らが追手の兵士を皆殺しにしたって
(…うーん、正直厳しいな…)
「キルタ、ちょっと耳をかせ」
悩む切田くんに向かって、グラシスはちょいちょいと手招きをする。
「…なんです」
「いいから来い」
おずおずと近づく少年を迎え入れる様に立ち上がったヤクザは、耳に顔を近づけ、ヒソヒソと
「…お前、女にいい暮らしをさせたくはないのか?」
「……」
(うぐっ)切田くんは、内心大きくよろめいた。
グラシスは真面目くさった顔で続ける。
「『迷宮』は稼げるぞ、キルタ。【
「もちろん今回のような荒事にも携わってもらうが、それには特別な報酬を出す。組織のために命を賭ける『スキル持ち』なんだから優遇するのは当たり前だ。…実力を示すって言うのはな、取引相手に約束を守らせるってことだ。お前を味方にしておく判断をさせるってことなんだぞ?」
「…キルタ。お前が断れば女ともども街から出ていくしかない。しかも街からうまく出られればの話だ」
「…当然、追われる毎日。ろくに屋根の下で休むことも出来ない。そんな日々が女に耐えられるか?お前、心苦しくならないのか」
「うちで働けばいいところに泊まれる。いいものも食える。これ以上追われることもない。女にとって、どっちが幸せだ?」
グラシスは顔を離し、強く鋭く
「俺は奪いも脅しも騙しもするが、筋は通す。…
(…くっ…)
切田くんは、観念したかのように言った。
「わかりました」
「…切田くん!?」
「殺ってみせますよ。その盗賊団。…僕がひとりで」
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