9月14日 公開分
【No.013】φモバイル企画担当課長の憂鬱
※この物語はフィクションです。特定の業界・業種・職種を批判する意図はありません。※
日曜日の昼下がり。俺はとあるショッピングモールに来ていた。といっても、買い物目的ではない。休日出勤のようなものだ。
H型に延びる
「お客さん、ビンゴしていきませんか? ハズレなしで景品をご用意していますよ」
ガラスの壁に沿うように、数字が書かれたボードが置かれている。営業部隊のひとりが、立ち止まった買い物客に近づき声をかける。
夜の繁華街のような、大声での客引きはNGだ。一度それをして、大手ショッピングモールから出禁を食らった同業他社がいると聞く。我が社もひとごとではない。いくら企画担当がNG事項を事前に伝達しても、現場はナマモノだ。立ち止まる客が全然いなかったら、焦って大声を出す営業担当が出てこないとも限らない。だからこうして、覆面調査まがいのことをしている。
二十分ほど遠目で見ていた限りでは、ルール違反を犯しそうな営業部員は見当たらない。俺はもはや、この企画で契約回線を増やそうなどとは考えていない。それよりもコンプラに違反しないか、ショッピングモールとの約束事を守れているか、営業部員の晒し上げ動画がネットにアップされないか、といったことのほうが思考の大半を占めている。
現場任せの営業スタイルは、年々リスクが高まっている。今の若手社員には、会社への帰属心が皆無だ。元々離職率の高い業界ではあったが、やる気のないのが丸出しの営業態度は、客に伝わる。誤った情報を伝えようものなら、客はすぐに自分で検索し、間違いを指摘してくる。指摘で済めばまだ良いが、クレームに発展したり、ネットで批判投稿をされたりしたら会社の評判は下がり、やる気のある若手社員が離職していく。負のループの渦中に、俺たちはいる。
だが、「営業をしている」感を出しておかないと株主は納得してくれない。だから仕方なく、比較的リスクの低いビンゴ大会を実施しているのだ。
そろそろ、営業部員と直接接触してみるか。企画指示は全部メールで済ませているから、名乗らない限り俺が企画主であることはわからないだろう。俺は暇を持て余して
「ビンゴシートをお渡ししましょうか? 景品をご用意していますよ」
数秒もたたずに、若い女性の営業担当者が近づいてくる。まずは合格。第一声で「お父さん」と呼びかけるのはよろしくない。独身者だった場合、神経を逆なでする可能性がある。本当に父親だったとしても、単独行動している時点で家族と喧嘩中の可能性が否めない。お父さんというワードが地雷となって言いがかりをつけられるかもしれない。ゆえに、相手を指定した呼びかけはしないのがベターなのだ。
「あ、じゃあもらってもいいですか。今暇なので」
俺がそういうと、女性の営業担当者はビンゴシートを手渡してきた。真ん中に穴を開けてから、改めて数字の羅列を眺める。右下には、各種携帯電話会社の名前が記されている。
「お客様が利用されている携帯のキャリアはどちらですか?」
タイミングよく問いかけてきた女性営業の顔を見ずに即答する。
「
「ありがとうございます! では、33番と87番を開けてください」
明らかに声のトーンが上がったので、女性営業の顔を見やる。先ほどまでの控えめな営業スマイルをと打って変わって、はっきりと笑みを浮かべていた。
これはちょっといただけない。営業部隊の目的は、他社の携帯を使っている客にキャリアの乗り換えを勧めることだ。自社の携帯を使っている人が来たところで、本懐を遂げることはできない。だから
しかし彼女はにこにこと俺の側につき、俺がビンゴカードの数字を照合しているのを見ている。俺が営業側だったら、横から数字のあるなしを教えて切り上げさせようとするのだが。いやもしかすると、客からのクレーム防止のためを思うと彼女の態度は間違っていないのかもしれない。そう己に言い聞かせながら、数字の照合を急ぐ。
「ビンゴはできなかった」
俺は四つほど穴の開いたカードを女性営業に差し出す。
「ノービンゴでも参加賞がありますので準備しますね。あちらの席でおかけになってお待ちください」
トイレットペーパーやらサランラップやらが積まれた長机に、もうひとつ長机が連結されている。俺が手前のパイプ椅子に腰掛けると、若い男性の営業担当が向かいに現れた。
「ただいま参加賞をお持ちしますので、その間に簡単なアンケートだけお願いしてもよいでしょうか?」
「はい」
これ断ったらどうなるんだろうなと思いつつ、素直に頷いておく。多分客に断られたらそれで終わりだ。追いかけようものなら即SNS行き。つくづくこの世は世知辛い。そんなことを考えている間に、男性営業はA6サイズの小さな用紙を指し示す。
「お使いのキャリアはどちらでしょうか?」
「
「ありがとうございます。ちなみにご家庭の電気は」
「
「素晴らしいです! では最後に、ご家族のキャリアを伺っても宜しいですか?」
「家族全員
「かしこまりました。ありがとうございます!」
テンポよく回答が終わるのと同時に、女性営業が戻ってくる。手には粗品と呼ぶにふさわしい、フリーザーバックが1枚だけ入った小箱を持っていた。
「こちら、参加賞になります」
「ありがとう」
「お時間ありがとうございました」
女性営業と男性営業が揃って頭を下げる。俺は二人の接客の時間を邪魔しないように、さっさとその場をあとにした。
彼らの接客態度は、概ね合格だ。一昔前の営業スタイルを知る俺としては、いささかガッツに欠けると感じるが、あれくらい控えめでないとすぐに偉い人たちが止めにかかる。
今の時代、営業企画なんてハズレ職だよな。
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