応募作品(★印付きは「得票機会の不均衡の是正」の改善案を含む)
9月7日 公開分
【No.001★】匿名企画で優勝しなければ、お前をパパにしてやる
『――お前の子どもを
非通知でそんな電話がかかってきたのは、お盆休みのことだった。相手はご丁寧にボイスチェンジャーまで使って正体を隠している。
これは、誘拐の脅迫電話か……?
いや、だが俺を脅しても何の得もない。貯金だってカツカツだ。そもそも俺に恋人はいるが、子どもはいない。やはりイタズラ電話か。いや、待て……『授かった』だと?
『ククク……お前はドスケベ紋次郎という作者名でWeb小説を書いているな』
「な……家族にも彼女にも秘密にしてるのに!」
『ほう? なぜ秘密にしてるのだ?』
恥ずかしいからだよ! この名前が!
だがな。既にこの名前で長年創作活動を続けてしまっているんだ。みんなから「紋さん」の愛称で親しまれているのに、ここで名前を大幅に変えて、SNSで「誰ですか?」って言われるのは嫌なんだ。こんな名前でも、俺なりの愛着があるんだよぉ!
『さて、ドスケベ紋次郎』
「ごめんなさい。声に出して呼ばないで下さい。本名の方でお願いします」
『分かった、
な、何だそれは。俺に心当たりないぞ!
いや、正確に言えば一つだけ可能性はある。二年前から付き合っている恋人の
でも、この電話の主は明らかに琴葉じゃない。彼女はこんなにハキハキと喋らないのだ。だいたい彼女には、俺が小説を書いていることを教えてもいない。俺のペンネームなんて知らないはずだ。
『ほら、身に覚えがあるだろう?』
「あるわけないだろう。俺の御本尊を拝んだことのある女は、琴葉と母ちゃんだけだ」
『ククク……ドスケベ紋次郎のくせに』
「やめろぉぉぉぉぉ!」
ペンネームで弄るのはやめてくれぇ!
酔った勢いでつけた名前なんだよぉぉぉ!
『どうだ、身に覚えのない子のパパになる気分は』
「くっ……何が目的だ。一体何のために」
『そうだなぁ。お前の創作活動は最近停滞気味だろう。新作もロクに出せていない。ちょっと創作熱が冷め始めているんじゃないか?』
それは……痛いとこ突くなぁ。
たしかに俺は、昔ほどの熱意を持って創作活動をできていない。書き始めから知ってる奴が書籍化作家として活躍するのを横目で見ながら、悔しいと思うことすら悔しくて、心を削られていって、それで。
黙り込んだ俺に、謎の女は冷たく告げる。
『SNSで行われている小説の匿名企画。そこで優勝しなければ、お前にはパパになってもらう。これは決定事項だ』
「そんな……俺には琴葉が!」
『ククク。嫌ならば匿名企画で優勝して、恋人にプロポーズでも何でもすればいい。そうしたらワタシも大人しく祝福するとしよう』
くっ、なんて卑劣な。
こんな横暴がまかり通っていいのか!
『ちなみに出産予定日は来年の三月だ』
「え、なんかガチのやつに聞こえるんだけど」
『優勝するなら早めをオススメする。ではな』
――匿名企画で優勝しないとパパにされる。
あまりの事態に、俺は電話を切ってからも呆然としたまま動けなくなる。結果的にうどんを茹ですぎて、夕飯が離乳食体験みたいな感じになってしまった。くっそぅ。
◆
SNSで行われている匿名企画は、大小様々だ。
だがさすがに、「書き出し祭り」などの大規模なイベントで優勝するのは無理だろう。そもそも俺はエントリーすらしていないしな。
狙うなら、小規模な匿名短編企画。
幸いにもこの春くらいから、とある執筆蛮族がバンバン企画を立てて、みんながそれに参加している。お仲間の蛮族たちも次々と企画を立てるので、その流れに乗っかるのが手っ取り早いだろう。
問題は……実は俺も二回ほど作品を出してみたのだが、ほぼゼロ票という悲しい結果に終わったのだ。心が折れて、最近は参加もせずに時おり論評するだけの人間になっていた。つらい。
「直近だとたしか、天才企画とツンデレ企画が行われているはずだな。少し作品を読んでみるか」
ふむ。ふむふむ。ふむふむふむ。
「あー……これ、優勝すんの無理じゃね。普通にみんな面白いの書いてくるし。指摘がないこともないが、粗探しレベルだろ。マジで面白すぎるんだが」
え、マジでどうやったら優勝できんの。
テーマを直球で突き抜けてくる作品。変化球で攻めてくる作品。心を抉られる作品から、つい笑ってしまう作品まで。多種多様な創作物に、脳がプスプスと黒煙を上げ始める。
こんがり美味しく焼けました♡
「となると……自分で企画するしかないか。正直ちょっと、小狡い手かなぁとも思うが」
――自分の得意とするテーマで匿名企画を主催する。
これしか手はないだろう。
自分でテーマを決められるのは主催者様の特権である。たとえ猛者たちがわらわらと集まって来たとしても、自分の得意とするフィールドに持ち込めば善戦はできるはずだ。というか、それしか勝ち目はない。
俺はさっそく、SNSで告知することにした。
過去の匿名企画を参考に、企画概要の画像を作成し、ポストを投下する。ひとまず二千字くらいの短編でやってみよう。
【俺も匿名企画をやってみる。テーマは「ゾンビ」だ。みんなのゾンビを読ませてくれ】
企画開催は、あえて控えめに主張。
参加者が少ないほうが、優勝の確率は上がる。つまり俺のパパ回避率も上がるということだ。それに俺はゾンビアポカリプスもので長期連載を行っていた。このジャンルは得意中の得意だ。
【面白そう!】
【みんな! 紋さんが企画やるって!】
【ほほう、ゾンビか。面白い】
【苦手だけどチャレンジしてみます】
【血湧く血湧く】
やめろ、やめてくれ。拡散するな、お前ら。
これは俺のパパ回避がかかって……うわ、東雲さんに拡散されたらヤバいじゃん。あ、天狗や化け猫まで来やがった。おっと? この方、書籍化でめっちゃ忙しくしてる人気作家じゃん。あの方も、コミカライズ決まったって言ってたよね。なんだよ、執筆の息抜きに執筆って。やーめーてーくーれー!
◆
燃え尽きた俺のもとに恋人の琴葉が訪ねてきたのは、九月のとある週末のことだった。
「モッくん…………どした?」
「うん。ちょっと落ち込むことがあって」
「…………そう」
琴葉は言葉少なに、俺の頭を抱えて膝にのせて、よしよしと撫でてくれる。はぁ、癒される。彼女はこういう時に、深く問い詰めたりするようなことをせず、ただ俺を甘やかしてくれるのだ。しゅきぃ。
俺の順位は、あえて語るまでもない。
今回のレギュレーションは、集めた原稿の掲載順序を「ランダム」に。そして、投票形式を小説投稿サイトの「いいね数」にして、一人何票でも投票できるようにしてみた。だがこのやり方は、少し問題が多いようだ。
「これは……仮の話だが」
「うん」
「匿名で小説を掲載し、投票を募って競い合うような企画を行うとする――」
今回やってみて思ったのは、作品ごとのPV……つまり閲覧数の差がかなり大きいということだ。
ある意味で当たり前ではあるのだが、読者は企画作品を先頭から順に読んでいく。そして、普段の読書のように気軽に「いいね」を押したり、途中で離脱したりしていく。その読者がちゃんと戻ってくればいいのだが……どうやら、そのまま後半の作品を読まない者もかなりいたというのが、数字として見えている。
「得票機会の不均衡……正直、後半の作品にもかなり面白いものがあったが、得票が振るわなかった。このやり方はあまり良くなかったと思うんだ」
「仮の話?」
「そ、そう。仮の話だ。仮にそんな形で匿名企画を開催したとして、得票機会があまりに不均衡だと参加者の不満が爆発する――と俺は思うんだ」
ちなみに、俺の作品はかなり前の方にあったのにあまり「いいね」が集まらなかった。悲しい。
それに、この方式の問題点はまだある。
東雲さんの匿名企画のように順位付けをして投票するやり方に比べて、今回のいいね方式にすると、より「広く浅く受ける」類の作品が強くなる傾向があるのだ。
「ある意味で当然なんだが……今回のように票を平らにすれば、広く浅く受ける作品が勝つようになる」
「それは何か問題なの?」
「大問題だ。俺が勝てないんだよ」
分かってるんだ、俺の作品があまり一般受けする類のものでないことは。だからこそ、今回の「いいね方式」は明らかに失敗だったと言える。
ここで例えば投票方式を、順位付けによって三ポイント、二ポイント、一ポイントと傾斜をつけて投票できるようにする。
すると仮に「三人の読者に浅く刺さる作品」があったとしても、俺は「一人の読者に深く刺さる作品」で戦うことができるわけだ。つまりこれは、ニッチな作品の書き手にこそ有利な投票方法になる。
だから俺が匿名企画で勝つためには、順位付け方式でやるのが良い。いっそ、五ポイント、三ポイント、一ポイントくらいの傾斜をつけるか……いや、それはそれで、一位票が強くなりすぎるか。
「あとは、やはりGoogleフォームなんかで投票ページを作った方がいいな。そうすれば、途中で読むのをやめた人なんかの辻投票を防げる。読者心理として、ちゃんと全部読んでから投票したくなるはずだ」
「仮の話?」
「そ、そう、仮の話だ。もし俺が企画を開催するとしたらという、空想の話だ」
とりあえず、やり方を変えて再チャレンジしてみようと思う。一度の企画開催で諦めるわけにはいかない。俺は匿名企画で優勝して、琴葉にプロポーズしなきゃいけない。知らない子のパパになるわけにはいかないのだから。
「……うっぷ」
「どうした? 琴葉」
「ん。ちょっと吐き気が」
「だ、大丈夫か?」
「大丈夫。あと、夕飯は酸っぱいものがいい」
とにかくそんな風にして、俺は今回の反省点をふまえ、次の匿名企画の構想を練っていった。目標は、俺が優勝できる開催方式を見つけることだ。
◆
『――さて、ドスケベ紋次郎』
「やめろ、その名で呼ぶな」
『どうだ。匿名企画で優勝できそうか?』
謎の女の言葉に、俺は返答に詰まる。結果は言わずもがな。だが、あれから五回ほど匿名企画を開催して、一応俺なりにいくつかの知見を得られた。
まず投票方式については、やはり順位付けをした方がいわゆる「尖った作品」が勝てるということ。俺の作品についてはコメントを控えるが。
投票できる数は、作品数に応じて切り替えるのが良さそうだ。五作品なら一位だけ。十五作品なら二位まで。二十五作品なら三位まで……とするのが、倍率から考えて妥当だと思う。
より大規模な企画の場合は、書き出し祭りのように二十五作品程度で一つの会場とし、会場ごとに順位付けをする程度でいいだろう。総合順位は参考程度。それ以上複雑にすると、作者も読者も混乱して楽しめない。
Googleフォームで投票所を開設すれば、掲載順についてはそこまで気にしなくて良さそうだ。
最初の企画の「いいね方式」と比べると、順序による不均衡はそこまで大きくない印象だな。特に強制しなくても、みんな全部読んでから投票する心理が働くし、後半の作品が優勝することだって普通にあった。
『早い者順に掲載、というのはどうだった?』
「みんな同じルールで自由競争だから、想像より不満はなかったな。運営の手間も楽だし」
掲載順を上げる、時間をかけて品質を高める、あえて末尾を狙う。そういうのも個々人の戦略だろうと俺は思う。まぁ、ランダム掲載にも別の面白さがあるから、あとは主催者の好みか。
『ふむ。投票の透明度と、個人情報については?』
「あぁ、フォームは標準機能で匿名かつ重複なく投票できるぞ。より票を透明にしたければ、記名欄をつけるくらいでいいと思うが」
メールアドレス付きでのフォーム投票も一度やったが、そこまですると少々投票に抵抗感が出るからな。
『ふむ……それで、優勝はできそうか?』
「う……ま、まだ諦めない。なんとかする。俺が結婚する相手は、琴葉しかいないんだ」
俺がそう言うと、電話のむこうから『ぐふっ』と呻く声が聞こえてくる。なんだ、どうした。
『ククク……そんなに決意が固いなら、恋人のどんなところが好きか熱弁してみろ。ドスケベ紋次郎』
「な、なんだと?」
『内容次第では、準優勝でも勘弁してやる』
その後、俺は約三時間に渡って琴葉の好きなところを語り続け、謎の女から『うむ。三位入賞までで勘弁してやろう』という言葉を引き出すことに成功した。
さて、次はどんなテーマで企画をやろうか。楽しみになってきたぞ。
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