第8章 不穏な気配
第45話
クナイ達の暮らす村は、他のコボルトの集落からは「ゴウの里」と村長の名前を使って区別されているようである。
アッシュパンサーのサムが喋ることに絶句していた南の集落に暮らすコボルトだったが、彼らが危険でないと分かれば却って安全であると悟ったのか今度は犬笛ではなく直接声を出して仲間を呼び寄せた。
しかし、そうやって呼ばれた相手を安心させるのに、また同じやり取りが繰り返されたのはご愛嬌というやつだろうか。
「やれやれ。何度も同じことを言わすな。ワレラはテンマ様のご命令がない限り、無暗に暴れたりせぬ。安心せい」
サムはアッシュパンサーの中にあって親分キャラ的な立ち位置だ。それは、初期のクラッキングによるプログラムの書き換えで操作された性格のようなものだ。
それもあって5匹の名前が決められたようなところもあるかもしれない。
サムは親分キャラ的なところがあることもあり、声はロゼとは異なり渋めの落ち着いたものが設定されている。
今回、南部のコボルト達を説得するにあたり、サムの声はある意味役に立ったと言えるかもしれない。
「えーと、初めまして。俺のことはテンマと呼んでくれ。訳あってゴウの里にお世話になってるんだ。よろしく」
南部のコボルト達が納得したような放心してるだけのような隙をついて、テンマも挨拶を済ませる。
しかし、今度もビックリされる始末。
「なんと⁉ こちらの人間殿もわしらの言葉を話せるのか⁉」
遅れてやってきたコボルトのリーダー格らしき人物が目を丸くする。
そういえば、クナイに初めて話しかけた時も同じような反応をされたものだ。
これをどう説明したものかとテンマも頭を悩ませたが、状況はテンマが思っているほどノンビリしているものではなかった。
「しっかりしろ! もうすぐだ!」
茂みの奥から更に遅れてやってきたコボルトのひっ迫した声が聞こえてきたのだ。
「む? どうしたのじゃ?」
ジュウベエも思わぬ声を耳にして身構える。
「そうじゃった! すまぬ! 魔物に襲われてケガをしておる者がおるのじゃ。薬があれば分けてもらえぬじゃろうか⁉ わしらが持ってきてあった分では全然足らぬのじゃ」
南のリーダーが我に返ったように頼み込んできた。
そうしている間にもケガをしたというコボルトを担いだ3人組が茂みの影から飛び出してくる。
「い⁉」
テンマはユナが準備した敷物に横たえられたコボルトを目にして、思わず悲鳴を上げてしまう。
何に襲われたかわからないが、脇腹の辺りをえぐり取られたようで押し当ててある布地は真っ赤に染まっていた。
どう見ても薬でどうにかできるレベルには思えない。外科的な処置でも止血できるかどうか怪しいものだ。
無理やり噛み千切られたようで雑に押し当てられた布地では傷口を塞ぐことができず、端の方にぐちゃぐちゃの肉がはみ出してしまっていた。
隣で歯ぎしりしているクナイも、助けたい気持ちはあるものの手遅れであろうというもどかしさが窺える。
ジュウベエも荷物から薬草やら包帯やらを取り出してはいるが、無言のままであることからクナイと同じような心情なのだろう。
そして、こういう時に空気を読まないヤツがいる。
「テンマ殿⁉ ヤバいでござるっす。こりゃ、助からないでござるっすよ! この前、テンマ殿の体を治した時みたいに、何とかならないでござるっすか⁉」
タユタが慌てながらテンマに懇願してきた。
これにはテンマだけでなく、ゴウの里のコボルト達全員が驚きの表情を浮かべる。もちろん、それぞれの驚く意味合いは異なる。
テンマとしては「何てこと言ってくれてんだ!」というものだし、コボルト達にとっては「それだ!」という天啓に近い感情のものだ。
当然、困ったのはテンマである。
ゴウの里のコボルトだけでなく、話を聞いていた南のコボルト達からしても奇跡を期待できる展開に藁にもすがる思いなのだ。
対してテンマなのだが、そんな無茶ぶりされても困るというのが本音であった。
確かに自分の体は治せた。
しかし、それを実行したのはあくまでも自分ではなくウィンデーなのだ。
そして、実行できるのか確認するためにはウィンデーに直接問いかけなければならない。
テンマは期待の眼差しを向けられる中、必死に頭を働かせる。
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