第25話
ムッと鼻の奥まで届く芋焼酎特有の香りが室内にこもっていく。焼酎の質がテンマの知っているものよりも古い世代のものに近いのだろうか。すっきりした印象ではなく、頑固な芋臭さが抜けていない。
これだけで酒に弱い者なら酔っぱらってしまいそうなほどだ。
「これは、匂いがきついけど上手いなぁ」
ロゼが獲ってきたという鹿肉のローストを肴に、出されたお湯割りを口に含む。食べ慣れない鹿肉と言うことで少し警戒していたが、処理が上手いのか、ミオが話していた通りロゼの秘術とやらが効果的だったのか、クセを感じない。そこに思い切りクセの強い芋焼酎が加わり、何とも言えない味わいが口の中に広がる。
鹿肉のローストに限らず、調味料があまりないようで薄味な料理ばかりだが、焼酎の肴としてはむしろ好都合だったかもしれない。
鹿児島の晩酌文化である「だれやめ」の習慣はテンマにはなかったが、幼い頃から親が毎晩飲んでいたこともあり6:4がベーシックな割り方であることは知識として持っていた。ただ、そこまでアルコールに強い訳ではないので、自分で作る時はもっぱら8:2くらいに薄めて飲んでいた。
今回は少しだけ見栄を張って7:3くらいで作ってもらったのだが、それでもアルコールは濃いように感じたものの、熟成が進んでいるのかトゲはなくまろやかな味わい。荒い味ながらもうま味は濃厚に感じることができた。
これがマズかった。味覚的な意味ではなく。
「テンマ殿もなかなかいけるでござるな」と、ぐいぐい酒が進んでしまったのだ。それはテンマに留まらず、この場の男はもれなく、女性であっても大半が唐突に始まった宴に酔いしれていく。
気づけばこの場にいなかったはずのタユタなども集まってきており、屋内も屋外も区別がないほどコボルト達で入り乱れていった。
「それにしても、テンマ殿が突然現れた時には驚いたでござるよ」
クナイも酒が入っているのか、先ほどまでは客人を扱う態度だったというのに、すっかり打ち解けた様子だ。ただ、声が幼いので酒を飲んでも大丈夫なのだろうかと心配にはなってしまう。
「しかも、あの魔獣を手懐けたでござるっすからね。正直、今でも信じられないでござるっすよ。そういえば、ロゼ殿はまだ狩りに出てるでござるっすか?」
タユタはミオに酒を渡されながら誰にともなく問いかける。
「何言ってるのよ。タユタちゃん、今日は見張り番のはずでしょ? あなたが知らなくてどうするのよ」
「そう言えば、そうでござる! なぜここにいるでござるか!?」
ミオの言葉に、クナイもギョッとしながらタユタを問い詰める。
「やべっ。いや、でも、今日は静かなものでござるっすよ? それこそ、ロゼ殿の気配があるだけで虫1匹近寄ってこないレベルでござるっす。それに、自分達だけで宴会するなんてズルいでござるっすよ!」
これにはタユタと同じ見張り番だった他のコボルト達もシレっと同調してくる。
「おぬしらまで……。まあ、言い分はわかったでござる。しかし、ロゼ殿はあくまでもテンマ殿の従者。酒は持っていって良いから、見張りを続けるでござる」
「そんなぁ……」
「ふふふ。くーちゃんは相変わらず融通が利かないんだから。でも、見張りは大事なお仕事ですものねえ。そうだわ。確か、ユナはお酒が飲めなかったはず。あの子に代わってもらいましょう」
「ミオ姉様、甘いでござるよ」
ミオの提案にクナイは渋い表情を作るも、タユタ達は浮かれた様子で早速ユナの所に向かってしまう。
どうやら、コボルトにも下戸は存在するらしいとテンマも興味深く耳を傾けていたのだが、直後に外が騒がしくなった。
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