第2話
昼休憩を終え、ギルドに帰ると、内勤の事務処理から、受付業務交代になった。
クレアは不愛想で笑顔の欠片もないので、初見でけっこう色々言われる。男性職員だって別に愛想よくやってなくても何も言われないのに、あれこれ言われたくないクレアだ。
「姉ちゃん、愛想がねえなあ。それじゃあ行き遅れるぜ、ってか、もう行き遅れか!」
がはは! などと、先日も失礼なことを言われて、ギルド職員権限で侮辱行為に関する規定により、ペナルティを与えたのは記憶に新しい。
その超失礼な熊獣人の奴が、怪我をしてやって来た上に、難易度高めの依頼を受けると言うので、事情を聞いて、傷病手当の案内をした。
え、と熊獣人のケインさん? は目を見開き、また、え、と呆けてしまう。
「ですから、ケインさんは被保険者手続きさせていただいてますので、傷病手当が受けられます。当初金をとるのかと嫌がっておいででしたが、こういう時のための保険なんです。怪我をされたり、病気中の間に、冒険者の方とそのご家族が、安心して暮らせるように、その生活を保障するための制度です。無理して高難易度依頼を受けても、怪我をされた状態では達成難易度自体が上がりますし、失敗した場合、ものによっては違約金がかかります。それよりは、十分に体を休めて治されてから、いつもの力を発揮していただきたい。失礼しました。それでは、受けられる手当金の保障期間と金額について――」
無表情に、かつ、淡々とクレアが図解を用いて説明を終える。その後、手当金申請手続きまでその場で代筆許可を取り、証明マジックアイテムを起動して行うと、熊獣人のケインは、「あ、あのよ……」とおそるおそる口を開いた。
「俺、字ぃが読めなくてよ……あんた、知ってたんだな」
「ギルド職員ですので。ただいま、小規模サイレントコーン結界を起動させていますので、冒険者の方の個人情報については周囲のブースに聞こえないようにさせていただいています。ご安心ください」
「あ、うん。それはともかく、助かるよ。わかりやすかったし、カーチャンも、うちの子らも本当に助かる。その、先日は悪かったな、あんたのことからかってよ」
「その場でペナルティを受けていただいたので、今後なければ。謝罪はお受けしますが……まずは怪我を治すのに専念なされてくださいね。資料もお渡ししておきますが、わからないことはありませんでしたか?」
「あ、今んとこ大丈夫だ。絵を使ってくれてよくわかった、とおもう。ただ、わかんなくなったら、また聞きにきていいか?」
「もちろんです。営業時間内でしたら、窓口へお越しいただければいつでも対応いたします」
「おう……本当に助かるよ、ありがとうな」
熊獣人のケインは再度礼を言って、殊勝な態度で窓口を後にした。出て来た彼の様子に、古株の冒険者たちが、ひゅー! と口笛を吹く。
「ほーら俺の勝ち。一か月以内に態度が改まるだっただろ」
「あ~ん、負けちゃったあ! 怪我はさすがに読めないって。あ、ケインごめんごめん、怪我したのは大変だったよねえ」
「お、あ、ああ」
勝手に賭けをしていたらしい。こいつらときたら……とクレアは内心思ったけれども、できるだけ早く手当金が振り込まれるように事務処理をしておきたいので、黙って仕事をした。
それからしばらくして、無事手当金が振り込まれた旨、ケインが妻の女性と一緒に礼に来て、仕事ですから、と無表情に言うと、またやいのやいの外野から言われたクレアである。
別に無礼な態度を取ろうが、態度を改めようが、仕事だから、同じように対応したということです、と言うと、また口笛を吹かれて本当にこいつら……と思った。
その日は裏方事務処理で、魔獣の発生に関するデータ資料のまとめをしていたら、ギルド副長のエリック・フォスターが困惑顔で執務室に来るよう言って来た。
「はい……」
何かやったっけ、とクレアは心中首を傾げながら、エリックの後に付き従う。
すると、執務室で応接用のソファに向かい合って座らされ、エリックは片眼鏡を押し上げながら、困ったように聞いて来た。
「ハミルトンさん。退職のご意思があると伺ったんですが」
「は?」
素でクレアは口に出してしまった。
おや、とエリックは佇まいを変える。
「引き留めをどうしようかと思ってたんですが、必要なさそうですね」
「え、ええと、あの、引き留めしてくださろうとしたのはありがたいんですが、あの私が退職意思というのは? そんな意思全くないんですが……可能なら定年まで勤めさせていただきたいです」
「もちろん、私もそう考えて人員配置させてもらってますよ。うん、やはりこれは……実は、ハミルトンさんのご両親様から、ご連絡いただいたのですが」
エリックの話し出した内容に、クレアは顎が落ちそうになった。
要約すると、勝手に両親がクレアの依願退職届を出していたのである。
ファーーーーーーーーーー!?
本人に無断で。退職届を出す!?
しかも、
「理由が、従兄弟殿のために、代理出産を行う。心身の負担を考え、退職を本人も希望しているが、自分からは言いだせないため、ご両親から連絡させていただいた、というようなことでしたが」
「事実無根です……あの、退職届は破棄していただけますか。あと、家族からそういったものが今後届いても、無視していただくか、ご面倒をおかけしますがご確認いただけると助かります。少なくとも退職希望の折は、私は自分の口で申し上げますし、今のところ退職意思はまったくないです」
「うん、わかりました。それが聞けてよかったです。今後も頼りにしてますから、励んでくださいね。ご家族のことで仕事に難しいことがあるようでしたら、差支えなければ相談に乗ります」
「あ、ありがとうございます……本当にご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」
「大丈夫ですよ。女性が働いていると、色々難しいことがありますよね。ハミルトンさんは優秀ですから、ずっと勤めていただきたい」
すごく嬉しいことを言ってもらって、クレアはぐっとくるやら、家族に腹が立つやらで、感情が迷子になりかける。
「ああ、先日ケインさんから改めてお礼状が来ていましたよ。本当はそれを渡そうと思ってね。本当に感謝していると。そのまま、がんばってください」
ケインは字が読めないし、書けないから、誰かに教わったのか四苦八苦されて書いたようで、彼の子どもたちが絵まで添えており、受け取ってクレアは驚いた。
「はい……」
クレアは泣きそうになる。別に当たり前のことをしただけなのに。クレアの評価を考えて、直接窓口に来る以外に、ギルド宛に文面にしてくれたのだろう。どうにかこらえると、一礼して部屋を出た。
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