番求婚されたことのないアラサーギルド職員ですが、一人で生きていこうと思っていたのに、今更ドラゴン公子様にお迎えに来られても困惑しています!?

@furururu

第1話

  

 職場ギルドの近くにあるカフェでランチをしていたら、獅子獣人が、若い女性に番の求婚をしている場面を目撃することになった。

 クレア・ハミルトンは、アイスコーヒーを手に、少し驚く気持ちと、彼らには関係のない自分の家族のことを思い出して、いやな気持ちを覚える。

 本当に彼らには全く関係のないことだ。

 この世界では、男は何らかの獣相を持って生まれてくる。先ほどの獅子獣人や、狼、犬、猫、鳥、熊、鹿、狸、狐と、ありとあらゆる獣の性質がどれか一つ現れるのだ。

 獣性が強いと、獣に変身することもできるが、その多くは大体耳や尻尾に現れる程度が多い。そして彼らは、相性のよい異性もしくは同性からフェロモンを感じることができるらしく、三十歳くらいまでには、相手を見つけて『番になってほしい』と求婚を行う。

 逆を言うと、女性は相手のフェロモンを感じられず、番求婚を行われない限り、婚姻は難しい。

 クレアはもうすぐ三十歳になるが、フェロモンを好ましいと言われたことも、当然ながら番求婚も受けたことがない。大体女性の適齢期は二十歳までで、これを過ぎると行き遅れと言われるが、三十歳まで秒読みのクレアが、周囲になんと言われているかはお察しである。

 周囲からどう言われようと、赤の他人だから構わないが、問題はクレアの家族だった。

 両親は恋愛結婚で、恋愛至上主義。

 年の離れた十八歳の妹コーデリアと、十七歳の双子の弟たち、フレディとアーチーがいる。あとは成人している従兄弟のリオだろうか。

 全員、気が合わない……恋愛至上主義だからかもしれない。

 この間など、従兄弟のリオが同性の恋人と籍を入れたため、お祝いを贈ったのだが、後日彼が訪ねて来て、自分たちは子供を持てないから、クレアが自分の夫の子どもを代理で生んでくれないかなどと言われた日には目が点になった。

『クレアは結婚する気もないんだろう? 僕たち、運命の番で、愛し合ってるんだ……愛した夫の子どもがほしいんだよ。独身主義で相手のいないクレアなら、悪く思う番もいないし。僕の従姉妹だし、彼の子どもを産んでもらってもかまわない……本当は嫌だけれど、彼も僕も我慢できると思うんだ。従姉妹なら僕たちの子どもって思えると……妊娠は十カ月かかるけれど、そのくらい休んでも、残り三十年の内ちょっとした期間でしょ? 僕たちのために、クレアの時間を少しだけもらいたんだ……』

 もう一から十まで、ファー?! とクレアは内心白目をむいていたが、丁重にお断りした。

 変に恨みを買いたくなかったからだ。従兄弟のリオは犬の獣人で、彼氏……夫か。夫は狼獣人らしいが、狼獣人はヤバいと聞く。リオを泣かせたことを聞いて、逆恨みも甚だしい報復を万一されたら困るので、内心ファー!????? でしかなかったが、クレアは本当に丁重にお断りした。

 そうしたら、後日リオから事の顛末を聞きつけた妹のコーデリアが涙目で、どうしてリオくんのお願いを聞いてあげないの!? とアポなしで家に来た。

『リオくん、夫さんとの間に子供が欲しいんだよ。お姉ちゃんは、今後も結婚する気ないんでしょ? 私は今好きな人がいるし、彼ときっと結婚するから……だから無理だけれど、独身でずっといるつもりなんだったら、ちょっとくらい、助けてあげたらいいじゃない!』

 その上、双子までやってきて、

『コーディを泣かせたって聞いた! 酷い!』

『クレアって昔っから冷たいよね。自分のことしか考えてないっつーか』

 などと暴言も吐かれ。

 さらには両親から呼び出され、

『リオくんがかわいそうだとは思わないのかい。愛し合う番との間に子どもを設けられないというのは、大変な苦しみだ。それを、助けてやろうとは思わないのか』

『独身主義なら問題ないでしょう。大した仕事をしているわけでもなし、十カ月くらい休んで産んであげたらいいじゃない』

 などと散々言われ、クレアは切れた。

 なので、もう家族とは絶縁し、何を言われようが一切耳を貸さないことにしている。

 人の体を本当に何だと思っているんだ。妊娠で死ぬこともあるんですけど!?

 それもこれも、クレアに番がいないから。番求婚されないから。フェロモンがないから。

 好き勝手言われるのだ。

 それだって本当は納得いっていない。フェロモンのひとつやふたつや求婚のひとつふたつみっつよっつで、なんで私がこんな風に言われなくちゃいけないんだろう。

 大した仕事していないんでしょうって。

 ああ、本当にはらわたが煮えくり返る……何も知らないくせに! ギルド職員だって倍率凄いし、冒険者に適正な依頼を回し、彼らの個人情報を適切に扱い、災害級指定のスタンピードの折は、国の正規軍と連携し、マニュアルに従って多くの差配が必要で、人の命を預かるような仕事なのだ。冒険者が怪我をした時は、保証関連業務だって私たちが行う。

 大した仕事じゃないなどと言われたくない。

 大体、クレアだって、気の合う人がいれば恋人になってみたかったが、この世界ではフェロモンが全てだ。

 誰からも選ばれないのだから仕方ないし、クレアだって別に誰も今のところ選びたいとは思わない。

 もうすぐ三十歳だし、周囲からどう言われようが自分の食い扶持は自分で稼いで、信託でもして老後も問題なく過ごせるようにしよう。そう自分の人生を設計して、日々暮らしていることが、あんな風に言われないといけないなんて道理はないだろう。

 特に趣味らしい趣味もないクレアは、食べるのが好きだったから、ランチくらいは楽しみたくてこうやって昼休憩は外に足を延ばしている。

 でもこうして、番求婚を目の当たりにすると、色々苦い思いがしてしまい、駄目だな、とアイスコーヒーをテーブルに置いた。

 人の幸せをねたむようになったら終わりだ。他人を自分の幸せのために道具扱いするうちの家族みたいになっても相当終わりだとは思うけれど、どっちにもなりたくない。

 クレアはため息を吐いて、残りのアイスコーヒーを飲み干した。

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