キタブ=アッカの指導を受けたアルバートは、一週間の後、四大元素融合の境地に到達した。

 ――それはすなわち、「本鍵の試練」が終了したことを意味していた。


「これで試練は終了だ。おめでとう」

 仮想空間から解き放たれたアルバートを、キタブ=アッカが祝福する。

「……え、それで終わりですか?」

 アルバートが、気の抜けた声でそう言う。

「なんじゃ、納めの口上でも欲しかったか」

「そこまでは求めませんが、正直なところ、拍子抜けだなあと」

「注文があったなら200年前に言ってくれ。今さらどうしょうもないわ」

 キタブ=アッカは、そういって鼻をフンと鳴らすと、

「さて、これからおぬしの為すべきことは、箱を開け、宝を得る、それだけだ。

 ちなみに、試練は達成されたゆえ、この『箱』に戻ってくることはできない。

 依頼者とはそういう契約であったからな」


(短い間ではあったが、得たものはまことに大きかった)

 そんな思いがアルバートの胸中によぎる。


「大変お世話になりました。この御恩は決して忘れません」

「我も久しぶりに、箱以外の存在と会話ができて楽しかったぞ。

 それでは、達者でな。

 ――ああ、そうだ、箱の中に鍵を一本入れておいた。

 それは、箱自体の本来の意味での鍵だから、適宜使うがよい」

 

 アルバートは改めて師に一礼すると、慣れ親しんだ箱を後にしたのであった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ここで、時を少し遡る。

 アルバートが「本鍵の試練」に突入してから数日後のこと、ナツメ事務所にて。


「ただいま」

 ユースケが、応接室に入ってくる。

「おかえり。それで、何かわかった?」

 そう答えたナツメはと言えば、デスクにふんぞり返って絵本を読んでいる。

 どうやら文字の勉強のつもりらしいが、それは同時に、本日も依頼がゼロだった

ことを表していた。


「うん、いろいろとわかったよ」

 そう言って自らのデスクに腰かけたユースケは、痛みで顔をしかめる。

「どうした?」

「なんだか寝違えたみたい。二、三日前から首のうしろが痛くて痛くて……」

「う、運動不足が祟ったんじゃないの」

「いや、面目ない……」

「それでは助手のユースケくん、至急、調査結果を報告したまえ!」

「はいはい、所長閣下の仰せのままに……」


 この日、ユースケは図書館で、今回の件に関する情報収集を行っていた。

 依頼人のアルバートが宝を得るべく苦戦している一方で、ナツメ事務所の二人が

直接的に手助けできることが無くなってしまったからだ。

 ナツメ所長は「事務所としてできることはすべてやったし、あとはアルバートに

任せておけば良い」との見解を示したが、ユースケ助手は「それでは申し訳ない

から、できることだけでもやっておきたい」と譲らなかったのである。

 

「――それでは、まずは『鍵を咥えた鹿』アタラヌ家について御報告申し上げます。

 代々陸運業を生業としていたアタラヌ家は、従来、家格としては二流もいいところでしたが、七代目の当主であるコヴィック氏が辣腕を振るい、一代にしてウェスタンブル議会の議員にまで上り詰めたのであります!

 そんな得意絶頂のアタラヌ家、しかし、追い風は止むもの、月は欠けるもの――」

「助手くん助手くん、報告は主観を交えず簡潔に頼むよ」

「あ、ごめん、助手プレイが思ったより楽しくて、つい……」


 ユースケは、ごほんとひとつ咳ばらいをすると、

「まあ、そのコヴィックさんは不治の病で程なくして亡くなってしまって、結果、

その一人息子が跡を継いで八代目当主となるのだけれど、彼の評判は最悪。

 無頼を気取って取り巻き引き連れ、市中において悪行三昧。つまりは桃太郎侍に

切り捨てられるようなワルだね!

 そんなだったから、コヴィックの葬式も待たずにお家騒動が勃発、八代目当主も

そのドサクサにまきこまれて毒殺されてしまい、その身代は雲散霧消。

 で、その八代目の名前がドライアン」


「最近どこかで聞いたよね、そいつの名前」


「キタブ=アッカ師がアルバートさんに最初に会ったときに言っていたそうだね。

 、と。

 けれども、本人は箱を手にする前に殺されてしまった。

 だから、誰も箱を開けることができず、こうして僕たちの目の前にあるわけだ」


「……これってさ、もしかして遺産だったんじゃないの?キタブ=アッカに箱の作成を依頼したのは、ドライアンの父親であるコヴィックだったんじゃないかな」

「僕もそんな気がする」

「ねえ、ユウちゃん、すっごい切れ者の親父って、箸にも棒にも掛からないバカ息子に、どんなものを遺すんだろう」


 その言葉を聞いて、ユースケは急に自分の頭を搔きむしり始めた。

「ちょ、ちょっと、ナツメさん。僕、今すごく気になっていることがあって……」

「なにさ」

「僕たち、箱の中身を『財宝が無限に湧き出る魔道具』みたいなものだと思っているけど、それって正しいのかな?」

「違うの?」

「冷静になって考えてみたらさ、ツッコミどころが多すぎるんだよ!

 現実に財宝が無限に湧き出たとしたら、希少価値が無くなってしまうじゃない。

 金でも銀でもプラチナでも、大暴落してしまって、元も子もないよ。

 それに、伝説級の魔道士が3人も揃って、そんな俗なものを作るかなぁ」

「うーん、『尽きることがない宝』なんだよね?もしかしたら、不老不死に関する

魔道具とか?」

「……なるほど、それなら外道三師の伝説にも関わってくるし、可能性はあるね。

 でも、それを手に入れたはずのコヴィックは病気で亡くなっているんだよなあ。

使いこなすだけの魔力が足りなかったのかな?いやいや、大前提として、そんな至高の魔道具を一般人がどうやって入手するのさ!?」

 そう言ってから、ユースケの動きがピタリと止まった。

「おーい、ユウちゃん、どうした?」

「キタブ=アッカは『魔道具』とは一言も……それでいて、魔道的素養が必要な『宝』……ああ?ああ、ああ!外道三師が集まって錬り上げたって、相談して

制定したってことか!?

 これ、アルバートさんには黙っていた方がいいんだよね、多分……」

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