彼女は僕の血を喰らう。
宮塚恵一
僕と彼女らの食卓。
「じっとしろ」
カーテンをしっかりと閉じて、月明かりも指さない暗い部屋の中。僕は
「う……ッ」
赤いワンピースを身に纏った眞弓は、白く柔らかい手で僕の頬に触れる。ひんやりとした感触が肌に伝わった。
僕は眞弓に噛み付かれ、首が抉れるのではないかと思うような痛みに耐える。耳元では、じゅるじゅると眞弓が僕の血を啜る音が聴こえる。暫くの間、眞弓は口から唾液を零しながら僕のうなじに吸い付き続けた。頭が少しぼーっとする。普段からの疲れもあるけれど、以前よりも眞弓から吸われる血の量が増えているような気がする。
「ごめん……ッ。そろそろ」
僕は降参を訴えるレスラーのように、眞弓に覆い被さられたまま、ソファをバシバシと叩く。
「ああ」
ひとしきり血を啜り、眞弓は僕の首筋から口を離した。僕はホッと一息吐つく。彼女の口から、唾液と血の混ざった液体が溢れる。
僕はポケットの中からハンカチを取り出すと、眞弓の唾液でぬらぬらと濡れる自分の首を拭く。それから、血に塗れる眞弓の口元をそっと拭った。眞弓は僕の手からハンカチを滑り取り、残りの血と唾液を自分自身で拭き取る。
──もう何度繰り返したから分からない、僕と眞弓の、儀式のようなやり取り。
血を吸われて気力の減った体を休ませたいところだけれど、沈黙は長くは続かない。
「ねえ、ちょっとズルくない?」
ぼんやりとした視界の中、影の中からリコが現れた。下着だけを身に纏ったリコが現れた瞬間、眞弓は舌打ちをする。
「黙れ。俺が俺の餌をいつ喰らおうが、俺の勝手だ。お前の知ったことではない」
眞弓は強い口調でリコにそう吐き捨てた。
「その理屈なら、あたしだって」
リコはもぞもぞと僕の足下に移動する。眞弓は心底気に入らないとでも言いたげにまた舌打ちをして、リコの頭を蹴った。
「痛い!」
「俺の餌だ。丁重に扱え」
「だからって蹴るな!」
リコはぶつぶつと文句を言う。眞弓は僕に覆い被さりまた首筋を噛んだ。今度はさっきのように血が出るような強さではない。眞弓はくすぐったいくらいの甘噛みをしながら、まだ残った血を舐めとっている。
僕の足下からリコの溜息が聞こえた。リコは僕に覆い被さる眞弓と僕との間に顔を突っ込む。リコの手によって、ジイイ、とズボンのチャックが開けられた。リコはゆっくりと僕のズボンをずり下ろし、露わになった僕の性器を咥える。吸い付くような圧力で僕の股間に刺激が加えられる。血を失い、興奮しにくくなっている筈の体に活力を無理矢理湧き立てられるような感覚。そのまま血が全身を巡るのを感じる。そして僕の性器は勃起して、その勢いのまま絶頂した。
「ぷはぁ」
リコは僕の性器から口を離す。それからさっき眞弓の口を拭ったハンカチを手に取ると、自分の口元も拭う。
「ご馳走様。あんたもいつまでそうしてるの」
リコは僕の首筋を舐め続ける眞弓の腹を、さっきの意趣返しかのように蹴った。眞弓は
ようやく一息つけると溜息を吐いた僕は、天井を見つめた。
しばらくそうしていると、部屋の扉が開く。
「お疲れ様。毎日毎日大変だね」
「ヒメちゃん」
部屋の入り口から、小さな女の子がソファでぐったりとしている僕を見下ろしていた。
ヒメちゃんは一見すると中学生くらいにも見えるが、実際の年齢は教えてもらえていない。とは言え、僕と眞弓も本当は高校生であることをヒメちゃんには言っていないし、素性を知り得ないのはお互い様だ。
「あの二人、下でまた殴り合いの喧嘩してたんだけど、どうにかならない?」
「そう言われても……」
僕があの二人に力で敵うのは無理だ。何せ、吸血鬼とサキュバス。どちらも本気になれば、片腕一本で人間一人消し炭にできるだけの膂力がある。
「まあいいや。ご飯できたよ」
「ありがとう」
僕は怠ったい体を何とか起こして立ち上がる。眞弓に血を吸われ、リコに精気を抜き取られ、ヒメちゃんの振る舞う食事で何とか血肉を回復させる。
──この生活も、もうどのくらいになるっけ。
ヒメちゃんに先導され、フラつく体を壁で支えて階段を降りながら、僕はぼんやりと記憶を辿る。
「来たね。ほら、早く食べよ。あ、口移ししてあげよっか?」
「戯け者。俺の餌だ。気安く話しかけるな」
下の階では、眞弓とリコが二人、大の字になって床に寝転がっていた。リコは服を着たようで、簡単なシャツとスカートだけ身に付けていた。
二人とも息絶え絶えだ。ヒメちゃんの言っていた通り、殴り合いの喧嘩をしていたようだが、どちらとも傷一つついていないのは、彼女らが異常に頑丈だからだ。
気付けばここに来て、もうひと月は経つ。いつまでも続けられる生活ではないと分かってはいる。けれど今は、自分のできることを──。
そう思い、僕は彼女ら三人と改めて食卓を囲んだ。
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