【13-1】事件の結末(1)

「犯人はやはり渡会恒わたらいひさしなんでしょうか」

清宮沙耶香せいみやさやかへの訊き込みを終え、県警本部に戻る車中で、天宮於兎子てんきゅうおとこは助手席の鏡堂達哉きょうどうたつやに向かって呟いた。


「そう思う根拠は何だ?」

「最初におかしいと思ったのは、渡会が二酸化炭素中毒で亡くなった二人が<殺された>と言っていたことです。

あの事件は、事故として世間に発表されているので、彼がそれを殺人だと知っているのは、犯人だからではないかと思いました」


鏡堂はその言葉を聞いて、「それだけか?」と彼女に続きを促した。

「もう一つは、三つの事件の現場に居合わせたのが、今のところ渡会だけだからです。

もちろん澤村さんの殺害現場に、黒部、松木の両名がいなかったとは言い切れませんが。

そして清宮さんには、爆破事件のアリバイがありそうですから」


「清宮の証言が事実であればそうだな。

黒部、松木の二人も、澤村殺害時のアリバイを調べて見れば分かるだろう。


お前の言う通り、現時点では渡会が犯人である可能性が一番高いだろうな。

しかし。」

そう言って言葉を切った後、鏡堂は厳しい表情で口を開く。


「今回の事件が、犯罪であることを証明すること自体が不可能だ。

あるのは容疑者たちが現場にいたという事実だけで、それは状況証拠にすらならない。

そもそも俺たちには、犯行手段を証明する術がない。


去年からこれまでに、この町で起きた事件は、確かに普通ではあり得ない方法で殺人が行われた。

しかしその方法はいずれも、俺たち人間の五感で感じることが出来るものだった。

しかし今回の犯行手段は、多分そうだろうと推測出来るだけで、証明することは不可能だ」


「つまり犯人と判っても、検挙することが出来ないということでしょうか?」

「そうだな。無理やり引っ張ったとしても、検察が立件することは到底出来んだろう。

仮に容疑者から自供を引き出したとしても、犯行方法を裁判で明らかにする方法がない」


そう言って鏡堂は、唇を強く結んだ。

車中に重い沈黙が流れる。


暫くその状態が続いた後、鏡堂がおもむろに口を開いた。

「しかし渡会が犯人だとしたら、このまま放置することは出来んな」

その言葉に天宮は、「何故ですか?」と言って彼を横目で見た。


「奴の犯行動機は明らかではないにしても、リゾート計画に関わっていることは間違いないと思う。

その場合、まだ奴の標的になりそうな相手が残っている」

「嵯峨議員ですか!」


「その可能性は高いと思うが、嵯峨に注意を促すことすら俺たちには出来ない。

そして犯行手段が気体を自在に操ることだとすれば、それを阻止することも不可能だ」

「高階部長を通じて、嵯峨議員に注意喚起することは出来ないんでしょうか?」

「根拠のない推測だけでは、さすがに高階さんも動けないだろうな」


言葉ではそう言いつつ、鏡堂は考えていた。

――渡会が動く前に、先手を打つしかないな。しかしどうやって。

無言になった彼を見て、天宮はその意図を悟る。

「鏡堂さん。また新藤課長の時のように、一人で何かしようと考えてますね」


その強い口調に、鏡堂は少し狼狽え気味に答える。

「何を言ってるんだ。

そんなことは考えてないよ」

しかし天宮の追及は止まない。

「嘘ですね。顔に書いてあります」


断固とした口調でそう決めつけた後、天宮は車を路肩に寄せ、停止させた。

そして鏡堂に向かって、訴えるような目を向ける。

「今回の相手は、これまでの誰よりも危険です。

だから一人で無茶しないで下さい」


「お前な」

鏡堂は何か言いかけたが、天宮が眼に涙を浮かべているのを見て、言葉を失ってしまった。

「渡会が犯人で、その力が私たちの想像通りだとしたら、彼と対峙するためには相当の準備が必要だと思います。

鏡堂さん、何か考えがあるんですか?」


そう言われると、鏡堂には確固とした計画がある訳ではない。

結局、「今考えてるところだ」とお茶を濁すしかなかった。


そんな彼を見据えて、天宮はきっぱりと言い切った。

「私にも少しだけ考える時間を下さい。

その後で鏡堂さんの考えとすり合わせて、最善の策を練りましょう。

いいですね」

そう言って天宮は、鏡堂の返事を待たず車を発射させた。

すっかり彼女のペースに乗せられて、鏡堂は憮然と黙り込むしかなかった。


***

その翌日。

鏡堂と天宮は、県警本部内の小会議室で向き合っていた。

渡会恒わたらいひさしへの対応を協議するためだった。


「鏡堂さんは、渡会をどうするつもりなんでしょうか?」

鏡堂は一瞬口を結んだ後、おもむろに口を開く。

「奴の口から、自供を引き出そうと思う」

「でもそれは、結局無駄になるんじゃ」

そう言いかける天宮を彼は遮った。


「もちろん奴を起訴することは出来ないだろう。

それに逮捕することすら無理だろうな。


ただ、奴自身が本当に犯人であることを、確かめることは必要だと思う。

そして出来れば、奴の自供を録音して、高階さんに聞かせるつもりだ。

そして何らかの対応を取ってもらえるよう、高階さんを動かす」


「そのために、渡会と直接対決するつもりなんですね?」

そう言いながら天宮は、昨日の緑川蘭花みどりかわらんかとのやり取りを思い出していた。


それは以前、彼女と食事を共にした時の、約束に関することだった。

鏡堂が事件の犯人に対して、何か無謀な行動を取ろうとしたら、必ず自分に相談するように言われていたのだ。


天宮はその約束通り蘭花に連絡を取り、事態が急を告げていることを知らせたのだった。

その時蘭花は、天宮に一つの作戦を授けた。

そして今天宮は、その作戦を口にする。


「鏡堂さん。

渡会が犯人で、犯行手段が気体を操ることであれば、狭い場所で彼と対面するのはとても危険だと思います」

その言葉に対して鏡堂は、「だから?」という顔をした。


「ですから渡会を広い場所に呼び出して、そこで対面するようにしませんか?

もちろん澤村さんの例もありますから、広いからと言って安心は出来ませんが、少なくとも狭い室内よりは、彼の攻撃から逃げるチャンスはあると思うんです」


その提案に鏡堂は肯いたが、一方で疑問に思うことを口にした。

「お前の言うことは分かるが、どこに渡会を呼び出すんだ?

それに奴を、その場所にわざわざ呼び出す理由も必要だろう」


「場所は、〇〇市民会館の玄関フロアがいいと思います。

あそこだと、かなりの広さがありますし、天井も高いので空間としても大きいですから。

それからフロアの隅に、一卓だけ対話スペースがあるので、話を聞くのに丁度いいと思います」

実はその場所は、蘭花から指定されたものだった。


「場所はいいが、渡会を呼び出す理由はどうする?」

「かなり苦しいんですけど、二酸化炭素中毒の事件について疑義が生じたので、当日の状況について、現場を見ながら訊きたいというのはいかがでしょうか?」

こちらは昨晩天宮が、必死で考えたものだった。


彼女の説明を聞いて、鏡堂は顔を上に向けて考え込んだ。

計画の実効性について頭の中で検討しているのだ。

そうして暫く考えた後、口を開いた鏡堂は、念を押すように言った。

「お前も来るつもりなんだよな」


「当然です」と即答する天宮に、鏡堂は厳しい口調になる。

「お前がついて来るのは仕方がない。

しかし渡会の挙動に少しでも不審を感じたり、何か周囲に異変を覚えたら、即座に逃げろ。

これだけは絶対に守るんだ。いいな?」

その言葉に天宮は、口を強く結んで肯いた。

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